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第24話 贖罪の山羊


「じょ、冗談……なんでしょ、エルネスト?」


 リンスレットがエルネストを見上げて尋ねる。


「冗談なもんかよ。……なぁ、ブラピ?」

「え?」


 見ると、そこにはアン(・・)ではなくブラピ(・・・)がいた。

 でも、さっき自分で魔力は切れたって……いや、それどころじゃない。

 まさかのまさか、だ。

 その可能性は考えてなかった。

 エルネストたちは……いや、エルネストたちも――


「ギルドの人間……だったのか……?」

「ごめん、ダイスケ……」


 ブラピがうつむきながら答える。


「さすが。そこの獣人とは違って理解が早いな、ダイスケは」


 まだ頭は混乱しているが、そのエルネストの発言に俺の気分が悪くなる。


「……名前を言ってやれよ」

「あ?」

リンスレット(・・・・・・)だろうが……! 獣人(だいめいし)で呼ぶな……仲間だろ……!」

「ぷ」


 くすくすくす……。

 俺がそう言うと、エルネストが吹き出し、笑い始める。


「……な~んでおまえがキレてんだよ、ダイスケ」

「はあ?」

「おまえは合格だってのに」

「ご、合格……?」


 わけがわからん。

 何を言ってるんだ、こいつは。


「ダイスケ……たしかおまえ、ギルドに所属したいんだろ? ……なら、合格だ」

「ど、どういう……?」

「おまえはこの件が片付き次第、すぐに所属できるようオレから提言しておいてやる」

「……な、なにを?」


 俺がそう言うと、エルネストがブラピを見た。


「おいおい、ブラピおまえ、ダイスケに何も教えてなかったのかよ。不親切なやつだな」

「いや、言おうとしてたさ。……けど――」

「ははーん、なるほど。そんな暇はなかった、と……」


 エルネストはそう言って、肩をすくめた。


「ま、しゃあねえか。……すこし長くなるが、本当のことを教えておいてやる。ただし――」


 エルネストはそこまで言うと、顎をくいっと動かし、合図のようなものを出す。

 すると、フィデルが穴から飛び降り、ドスン、と豪快に降りてきた。


「そのまえに、リンスレット(・・・・・・)……」


 じぃ、と粘っこい視線でリンスレットを見るエルネスト。


「せっかくボロボロになってんだ。おまえはここで始末させてもらう」

「え……」


 リンスレットの呆けるような声。

 しかし、なんとなく現状を理解しているのか、彼女はその場からフラフラと後ずさった。

 さっきまで元気に振舞っていたが――

 よく考えたら、あんな技を二度繰り出したんだ。

 いくら頑丈なリンスレットでも、まったくの無事なわけがない。


「お、おい、エルネスト……!」


 たまらず、俺はエルネストに声をかける。


「大丈夫だ、ダイスケ」

「な、なにが……!」

「見たくないなら見なくていい」


 その声色はリンスレットに向けるものと全く別。

 とても優しいものだった。


「いや……だから……!」

「おまえには……そうだな。あとで酒でも飲みながら、ゆっくりと教えてやるよ。もう城の外の獣人は粗方片付いたはずだ」

「ど、どういう……?」


 リンスレットと俺の声が重なる。

 俺はリンスレットの顔を見るが、彼女は気にも留めていない。


「ああ、その際、おまえの面白い能力ってのも教えてくれよ」

「だから、そういうんじゃなくって! この状況を――」


 俺たちのやり取りとは関係なく、フィデルがリンスレットに近づいていく。

 一歩、二歩、三歩……。

 フィデルが進むたびに、リンスレットはそれより遅い速度で後ずさる。


「い、いや……やめて……やめてよ……なんで……こんな……」


 もはや泣き出してしまいそうなリンスレット。

 声は震えており、完全に怯えている。

 俺も立ち上がろうとするが、脚が震えてうまく立ち上がれない。

 なんだこれ!

 なんなんだよ、この状況!

 どうするんだ、俺!


「――話が違うぞ、エルネスト」


 ブラピが、フィデルとリンスレットの間に立ちはだかる。

 フィデルも足を止め、ブラピの顔を静かに睨みつける。


「おいおい……何やってんだ、ブラピよぉ……」


 エルネストが顔を手で覆いながら、悲観するように言う。


「……どけよ。おまえの仕事はオレたちの邪魔をすることじゃねえだろ? 見届けること……それだけだろうが」

「どかないよ。王女は……リンスレットは見逃してくれるって約束だったじゃないか。そもそも、当初はこんなこと――」

「チッ……なんだあ? 情でも移ったかあ?」

「そんな話はしてない」

「……作戦変更だ」

「なに?」

「ミィミ国の獣人は一匹残らず殲滅(せんめつ)する。これが上からの指示だ」

「……そんな指示は聞けないね」


 ブラピが毅然とした態度で言い放つ。


「ははは……じゃあ、なんだ? オレたちに楯突くのかよ?」


 エルネストにそう尋ねられるブラピだったが、何も答えない。


「冗談キツイぜ、ブラピよぉ」

「……それに、王様を倒したんだからもういいじゃないか」

「あ?」

「親人間派のリンスレットをミィミ国の元首にすれば、問題は解決するだろう?」

「おいおいおい。おいおいおいおいおいおいおい……ブラピよお……どうしちまったんだ、おまえは……」


 深い、深いため息をエルネストがつく。


「そんなのは知ったこっちゃねえんだよ。俺たち実働部隊はそんなの考えなくていい。俺たちは上から与えられた命令に、ただ黙って従えばいい。……ちがうか?」

「これがギルドのやり方なら、ボクにも異議を唱える権利はあるはずだよ」

「あのなあ……駄々こねてもしょうがねえんだよ、面倒くせえ。そもそも、この状況でおまえに何が出来るんだ?」


 ブラピはそれ以上何も答えない。


「……退くんだブラピ」


 いままで一切喋らなかったフィデルが口を開く。


「気持ちはわかる。オレだってツライ。……だが、これがオレたちの仕事だろうが」

「フィデル……」

「感情を殺せ。……おまえらしくもない」

「ボクは……そう簡単には、割り切れないよ……」


 ブラピがこぶしを握り締めて俯く。


「……なら、どうするつもりだ?」


 エルネストが口を開く。


「その獣人を匿って、今度は俺たちと敵対するのか?」

「そ、それは……」


 エルネストにそう言われ、ブラピがはじめてたじろぐ。


「……ち、ちがう! ボクは君たちとは敵対したくないし、かといってリンスレット王女をこのまま処理するのも違うんじゃないかって言っているんだ!」

「わッかんねぇヤツだな! おまえも!」


 ここで初めてエルネストが語気を荒げる。


「おまえは殺さなくていいから、そこで見とけって言ってんだろうが! 簡単だろ!」

「そういう話じゃないよ!」

「じゃあ何だってんだ!?」

「ゼロかヒャクかじゃないんだ! もっと、中間の道を探ろうって言ってるんだよ!」

「……はぁ」


 エルネストはそうため息をつくと、その場にしゃがみ込んだ。


「もう、面倒くせぇ……」


 エルネストがどこからか取り出した葉巻に――

 火?

 エルネストの指先からボウっと、オレンジ色の火が出ている。

 それを葉巻に当てると、プカプカと煙を吐き出した。


「獣人と……ついでにブラピも殺せ。フィデル」

「え、エルネスト? なにを?」


 フィデルが驚いたようにエルネストを見上げる。


「聞こえなかったか?」

「だが、エルネスト……!」

「殺せ」


 フィデルはエルネストにそう言われると、グッと出かけていた言葉を飲み込んだ。


「両方殺るのはちとキツイかもしれんが……両方とも疲労してる。おまえなら問題ないだろう」


 エルネストがそう言うと、フィデルがまっすぐに二人を見た。


「許せ。これも仕事だ」


 フィデルが口を開くと同時に、ブラピも戦闘態勢をとる。


「ちょ……ちょーっと待ったァ!!」


 気が付くと、俺はいつの間にか立ち上がり、大声を出していた。


「……なんだ、まさかおまえまで裏切ろうって言うんじゃないだろうな?」


 エルネストにそう言われ、俺は尻込みしてしまう。

 そもそもギルドのメンバーじゃないから、裏切るも何も……って話だが、たしかにまったくわからん。

 頭が混乱してるし、何も理解できていない。

 事情を知らなければ、誰が正義で、誰が悪なのかもわかっていない。

 無論、両方が正義で両方が悪という可能性もある。

 けど、俺だって、わからないなりにできることはある……はずだ。


 俺は――俺は、この状況に対して、どう思ってる?


 傍観者でいいと思っているのか?

 目の前でリンスレットが、アンが、殺されそうになっているのを黙って見ているだけなのか?

 二人が殺された後で、エルネストたちと酒を酌み交わして、事情を説明される?

 そうじゃないだろ。

 付き合いは短いが、リンスレットもアンも、大切な仲間だと思っていたはずだ。

 なら、もう答えは決まっているだろ。

 誰につくか? ――ちがう。

 何をしたいか? ――そうだろう。


 動け、俺の足。

 動け、俺の手。

 動け、俺の口。


 やりたいことをしろ、俺!


「お、俺はリンスレットとブラピを――」

「あン?」

「死なせたくない……!」

「おいおい……まじかよ……」

「退いてくれ、エルネスト。俺は、おまえとも敵対したくない」


 エルネストは何も答えない。


「俺たちには対話が必要だ。時間も必要だ。こんなことをしたって、なんの解決にも――」

「は~あ、結局こうなんのか。どいつもこいつも……」


 じじじ……。

 葉巻が先端から一気に灰化していく。

 ぽろぽろと穴から吸い殻の灰が落ちてくる。


「……フィデル。戻れ」


 エルネストがそう言うと、フィデルは一目散に穴の上へ飛び上がって戻った。


「え? てことは――」


 対話に応じてくれるってことか?

 なんだ。

 やっぱり勇気を出していってみるべきだった――


「じゃあな」


 エルネストは吸い殻を床に叩きつけると、手のひらを俺たちに向けてきた。


「……え?」

「あれは……逃げるんだ、二人とも……!」


 背後からブラピの声が聞こえてくる。


「エルネストは火を操る能力を持っている。彼が本気を出せば、アレイダが最期に使った爆弾と同等の威力の魔法を使える」

「……は?」


 なにそれ?

 それじゃあ、ここら一帯吹き飛ぶだろ。


「逃げても遅ぇぜ……! 吹き飛べ……ファイアーボール!」


 オレンジ色と黄色とが混ざった火球。

 バレーボールほどの大きさの球が、エルネストの手のひらから射出される。

 咄嗟の事に体が動かない。

 声も出ない。

 能力も使えない。

 しかもこれ、ブラピが言うには爆弾と同じ威力なんだよな……。

 じゃあ、もう俺、死んだじゃん。

 俺の異世界生活……ここで終わ――


「ぬうおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 地の底から聞こえてくるような声。

 それで我に返る。

 しかし、俺がその声に気付いた時、すでにケィモ王は火球に向かって駆け出していた。

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