第16話 羽虫が如く
アンがそう尋ねると、リンスレットは俯きながら口を開いた。
「そう……よ……あたしが、あなたたちギルドに依頼したの」
「そうか君が――君だったのか……」
アンがそう言って目を伏せる。
「いや、二人だけで納得されても……というか、エルネストは知ってたのか? リンスレットがミィミの王女だって」
「知っていたわ。だからこそ、この作戦をあたしに任せてくれたの」
その瞬間、エルネストとリンスレットの会話が思い起こされる――
◆
『リンスレット、いけるな?』
『……うん。任せて。あたしのやるべきことはわかってる』
『完璧だ』
◆
あの時、エルネストが言っていたのは、このことだったのか。
「……でも、ブラピは気づいてなかったんだよな?」
「そうだね」
アンがゆっくりとうなずく。
「ボクが知っているのは、『この国の王女がギルドに助けを求めた』ということだけだ。王女がリンスレットという名前だったのも、レジスタンスに所属していたことも知らなかった……」
「それは……あまり口外しないほうがいいって、エルネストに言われてたの」
リンスレットがブラピに頭を下げる。
「ごめんなさい、ブラピ。あなたを騙すつもりは……」
「いいよ。気にしなくていい。……信頼はしてくれていたけれど、ボクという存在はどこまでいっても、部外者だからね。気に病む必要はないんだ、リンスレット王女」
アンはそう言うと、リンスレットに優しく微笑んだ。
「そもそも、ボクが反政府組織に入ったのも、そのほうが動きやすいと思ったからだしね」
「そうだったのか……」
今回の事の流れが、だいたいわかってきた。
人間を完全に奴隷として扱おうとしている父親と、それに反対する娘。
娘は自分だけでは何も変えられないと思い、外部に助けを求め、さらに家を出てレジスタンスに所属した。
ブラピはそれに応じ、娘同様にレジスタンスに所属。
結果、何の因果か、発注者側と受注者側が同組織で、鉢合わせた……というわけだ。
ただ、ひとつ気になることがある。
それは――
「リンスレットのお母さんで……さっき言っていた、えっと、名前が……」
「サーヤ妃かい?」
アンが尋ねてくる。
「そう、その獣人に託されたっていうのは、一体どんな願いだったんだ?」
「それは……いや、その前に、ひとつ言っておかなくてはならないね」
「な、なんだよ……」
「……サーヤ妃は人間だよ」
「……ああ、そうなんだ……」
……うん?
いま、なんか変なことを言わなかったか?
「……って、人間!? 人間と獣人が……?!」
なんてこった。
この流れでぶっこむのはアレだけど、やっぱり出来るんだ。
人間と獣人って。
「そう。サーヤ妃は獣人ではなく人間で、かつケィモ王の配偶者なんだ」
「え? それじゃあ、リンスレットって……もしかして、獣人と人間の――」
「いいえ、あたしはサーヤさんの実の娘じゃないわ」
「そ、そう、なんですか……?」
ホッとしたような、残念なような……。
「あたしは、サーヤさんの前妻……アルマとお父様との子どもなの」
「あるま……?」
またここで新キャラの登場か……。
「……サーヤ妃を殺害した張本人だよ」
「さ、さつがっ……!?」
再び頭がパンク寸前になる。
いくらなんでも強い言葉をぶっこみすぎだ、この人たち。
「そう。ちなみに、アルマ元妃は、サーヤ妃を殺害した罪で、すでに死刑にされている」
「で、でも、なんで、サーヤ妃を殺したんだよ……」
「……そもそも、アルマが王妃になったのは、権力の為だったの」
「権力……?」
「そう。貧民だったアルマは、常日頃から貴族に憧れていた。だから、いろいろな手を使って、その地位まで成り上がった……と、あたしは聞いてる」
「そ、それはそれで、すごいバイタリティだな……」
貧困の出が一気に皇族に……。
こう聞くだけだと、物凄いサクセスストーリーだが、やはり裏があるのだろう。
それも、おそらく血生臭い感じの。
「ええ、その点だけならね。……でも、嘘なんてものはいずれバレる。やがてアルマは過去に行った残虐行為が発覚し、その地位をはく奪されたの」
「残虐行為……」
「そう。自分に楯突く者や、邪魔になりそうな者を――」
「い、いや、そこまでは言わなくていい!」
俺は手をあげて、リンスレットの言葉を遮った。
あの声のトーンで大体わかってしまうからな。
生々しく語られても、俺の精神がどうにかなってしまうだけだ。
「そ、それで、次に王の妻になったのが……」
「サーヤさんよ」
「なるほど……」
「……サーヤさんは本当に綺麗で、気立てもよくて、聡明で……アルマの娘であるあたしにも、優しく、太陽のように接してくれたわ」
リンスレットはそう言って、懐かしむような、悲しむような……。
そんな複雑そうな表情を浮かべた。
そんなリンスレットの表情を見ているだけでわかる。
「いい人、だったんだな……」
「ええ、あたしの憧れの人。種族こそ違うけど、サーヤさんは本当のお母さんみたいだった」
「じゃあ、アルマ元妃の動機は……」
「嫉妬……ね」
よくある話だ。
……いや、『よくある話だ』とかカッコつけて言っても、俺の場合、あくまで物語とかでしか聞いたことはないけど、その理由は腑に落ちた。
けど、一点だけ、引っかかりもする。
「でも、人間を自分の妻にするくらいの王が……なんで、こんな政策を……」
これだ。
これだけがどうしても腑に落ちない。
話を聞く限りだと、ケィモ王は(あくまで俺基準だが)まともな獣人に思える。
そんな王がなぜこのような、まさに読んで字のごとく、非人道的な政策を……。
「それは……わからないわ。だから、あたしも家を出たの」
なるほど。
これで話は繋がったわけか。
「でも、これだけは言える。サーヤさんが亡くなってから、お父様も変わられた。あんなに人間が好きだったのに、いまではもう……」
リンスレットはそう言って、悲しそうに目を伏せた。
……なんだ。
早とちりしていたけど、王獲りとはつまり、王様を納得させることだったのか。
ずっと国家の転覆と、元首の殺害をだと勘違いしていた。
いまなら、リンスレットの葛藤も、エルネストたちの願いもわか――
「だから、パパを殺してでも止めないと……! そう誓ったのよ!」
「あれ?」
なんか思ってたのと違うな。
いや、実際は、当初と変わらないわけなんだけど……あれ?
リンスレットが俄然、ヤル気満々になってる。
ギリギリとこぶしを固めて、牙をむき出しにして怒っている。
「だからアレイダ、そこを退きなさい! 今なら半殺しで許してあげる! ただし、そのふとい尻尾はあとでじっくり煮込んでムシの餌にするけどね!」
「いや、こわいな!」
『……ふぁあ~……、話は終わったの?』
アレイダはわざとらしく欠伸をすると、ひらひらと口の前で手を動かした。
当然、リンスレットがこんな煽りに耐えられるわけがなく――
「あ、あらあら……! 随分と余裕じゃない……?」
ビキビキビキ……!
リンスレットのこめかみに太い血管が浮かぶ。
「もしかして、自分も獣人になったから、私に勝てるとでも思っちゃってるわけ?」
『ふふふ……どうかしらね?』
「ぶっ殺すわよ」
ドスの利いた声が下水道に重く響く。
どう見てもブチギレ寸前……いや、もうキレてしまっている。
『というか、そもそもワタシはあんたたちに引導を渡しに来たのよ。諦めなさいってね』
「そういえば……さっきから思ってたけど、ずいぶんと政府側の戦力を評価するんだね」
俺の隣。
いつの間にか、ブラピ姿に戻っていたアンが口を開く。
『あら? さっきのあなたのほうが可愛いかったのに……』
「ここは些かニオイが……ね。……それよりも、質問に答えてくれるかい? さっき、君がなにを言いかけていたのか」
『……そうね。実を言うと、昨日の夜くらいまではずっと迷ってたのよ? ワタシ』
「迷う? ……一体何の話だ?」
『もちろん、このままレジスタンスとして政府に楯突くか、あんたたちを裏切るかよ』
「それは……どういう……?」
『結果、こうして、あんたたちに見込みがないから裏切った。それだけよ。……さっきも言ったけど、ワタシは諜報員として色々な物を見てきた。……見せられてきた。あんたたちの敵方である、政府にね』
「そうだ……」
俺が自然に、ぽつりとつぶやく。
「そういえば、ずっと妙だったんだ」
「……ダイスケ?」
ブラピとリンスレットの声が重なる。
「なんでアレイダは捕まったのに、平然とレジスタンス側にも顔を出していたのかって」
『……うふふ、ようやく気付いたみたいね。それも、部外者であるダイスケが』
アレイダが楽しそうに笑いながら続ける。
『なぜワタシを諜報員と理解していたうえで、自由行動を許したのか。なぜ政府がさっさとあんたたちを潰さなかったのか……わかる?』
アレイダの挑発的な視線、言動、仕草。
なんとなくわかってしまった。
その瞬間、嫌な汗が俺の背中を伝う。
「……もしかして――」
『そう、あんたたちレジスタンスは、政府にとって取るに足らない……取り立てて対処する必要すらない、羽虫みたいな組織だってことよ!』