6話
「なあ、アルト」
父は、僕を背におぶったまま、優しくも威厳の漂う口調で話しかけてくる。父の背でうつら、うつらとしていた僕は意識をはっきりとさせる。
「何、父さん」
「あの行商の女がもう2度とこの町を通らなかったらどうするんだ?」
スクリームデビルの死体を渡す対価の話だ。フォルテに相談された時「お金は要らないから、復路の時に珍しいもの譲ってください」と助言をした。
ポプリという行商人が、もう一度この町を通ると僕は思っていた。
「必ずまた通るよ」
思っていたというよりも、確信していた。
「なぜ」
分かるのか、という言葉まで、父は紡がなかった。
「あの人のブーツは山岳用だった。草の生えない砂利の多い道を渡るための装備が付いていたから、南から来て、北の大きな町を目指しているんだと思う。魔族の素材を欲しがったってことは、今は仕入れ時期。だとするとどこか大きな町で仕入れをして、また戻ってくると思ったんだ」
「もしかしたら根無し草かもしれないだろ」
確かに根無し草で、川を下って海に抜けて、別の大陸へ抜ける可能性もあった。しかし、その確率はひどく少ないか、ほとんど無いとにらんでいた。
「商業ギルドの在籍証明書がこの国発行の色をしてたから、お気に入りの販売ルートを巡行してるんだと思う。気が変わらないとも限らないけど。それに」
「それに?」
「ドワーフは約束を違えないって聞いた」
確信していた理由がこれだった。ポプリは「ドワーフの掟で『魔物は倒したやつのもの』ってのがあるんだ」と言っていた。掟や文化を重んじる姿勢が感じ取れる。
この発言があったからこそ、ポプリがこの町を再訪すると確信した。
むしろ復路の約束を取り付けることで、この町に再訪させることができると思った。そして彼女はあっさりとその条件を飲んだ。
行商人が通れば外貨が入るし、珍しいものも流通する。
名産品というものが乏しい僕らの町にとって、冒険者や行商人は経済を回す存在だ。フォルテの一家が町の統治役を担っている以上、再訪の約束は大きな利益になる。
「『ドワーフの鉄の約束』の話じゃないか。よく知ってるな、誰から聞いた」
ドワーフが僕ら人間に近い社会性を持っているから「話」とされるが、これらは習性に近い。人間が色々な種族と交配できるのと同じように、オーガが人を食らうのと同じように、ドライアドが森を守るように、ドワーフは約束を破らない。
ただ、そういう習性を持っているだけだ。
そして、その「話」は以前に聞いたことがあった。
「この間、父さんのところを訪ねてきた武器屋のおじいさん」
「武器屋の店主は死んで息子が継いだはずだが……先の店主と取引があったのはもう10年も前の話だ。……そうか、アルトにとっては10年前は『この間』なんだな」
ほう、と父は感心したような声を出す。それと同時になんだか寂しそうでもあった。
「アルトは賢い子だ。カインにも見習ってほしいくらいだ」
もし、父がもう少し多弁だったら「鍛冶屋にするのがもったいない」と繋げていただろうか。
僕は兄さんみたいに鍛冶屋の才能があるわけじゃない。それは僕にとって小さな劣等感だった。
「そうしたら、僕は兄さんの作った剣や鎧を売るよ」
「……アルトは賢い子だ」
でも、本当は剣や鎧よりも包丁や鍋を売り歩きたかった。
そういえばポプリは武器らしきものを持っていなかったけど、何を使って戦っていたんだろう。
素手だろうか。