5話
「ははは、バレちゃったか。ごめんごめん、癖みたいなもんなんだ。女冒険者はずる賢くないと何かと損するからね。この魔物はスクリームデビルという魔族で間違いないよ。商人として保証する」
「それで、もう1つの目的は?」
フォルテの父は腕を組み、片手を顎に持ってくる。いくつかの可能性を考えているのだろう。
魔族というものは厄介で、普通の剣やナイフでは当てることさえできない。加えて、見える人と見えない人がいる。
普通、何らかを討伐した時、その体の一部を証拠品とするのだが、魔族はその特性故に扱いづらいものだ。
「こいつの死体。魔族の死体は教会に持っていって浄化して終わりでしょ?」
「ああ、魔族というやつは剣を振るっても、のれんに腕押しだからな。解体もできないし、下級の魔族はそういう処分が妥当だと聞いている」
下級の魔族は。僕は冒険者でも魔族学者でもないから、魔族の位階については明るくないが、恐らく中級以上の魔族は行政的手続きを要するのだろう。
「行商人のアタシは国のルールとか知ったこっちゃないけど、郷にいれば郷に従え。ただ教会で焼くだけってなら、この死体を買い取らせてもらえないかい?」
「それがもう1つの目的か」
ハインツ家は領主だが貴族ではない。いわば雇われて街を統治しているだけの労働者だ。ハインツ家との繋がりを持とうと考えているならば、ポプリの一連の行動は逆目だ。
他の商人と競争しているとも言っていた。であるならば、死体の買付がもう1つの目的と判断してよいだろう。
「なぜ隠していたか言えば売ろう」
顎に当てていた手を組み直し、スクリームでビルを一瞥するが……
「いいや、悪いけど領主さんからは買わない」
ポプリはメルヴィンの言葉を拒み、フォルテに向かって話しかける。
「ドワーフの掟で『魔物は倒したやつのもの』ってのがあるんだ。骨身に染み付いた先祖の教えがね。だから、例え我が子であっても親にどうこうする権利は無い。誰が倒したか分からないから、小賢しく動いていたんだ。謝るよ」
「隠していたのは死体が高く取引できるから。失礼働いて正門から入ってこなかったのも同業者を出し抜くため。今頃正門のあたりで何人か待機してるよ、アタシと同じキャラバンで来た奴らが」
「ついでに正門にいる商人にも話をつけて人払いしておくよ。あと、買値は相場に少し色を付けるってことでどうだい?」
要約すると、聡く動いていたのは商売相手がフォルテだとハッキリしていなかったからで、勝手に入ってきたのは同じ行商人より早く買い付けるため。
恐らく、鑑定に名乗りを上げたのはこの買い付けを有利に進めるためだ。
最近、魔族は多く発生しているが、死体の取引は話に聞かない。その点から考えるとフォルテの父も相場を知らない。
通常、知らない商材を取引する場合には信頼できる筋に流すか、そこから情報を得て買い叩かれないようにする。
こちらから金額の提案ができない以上、ポプリの言い値を信用するしかない。外にいるであろう他の行商人と競らせてもいいが、その場合更に情報の無い相手との商売になる。それならこの商人にさばいてしまう方が楽だ。
もし僕たちが商売人でこの死体を高く売りたいなら圧倒的に不利だが、結局のところ……。
「と、いうわけだフォルテ。この商人はお前からでないと、買わないらしい。自分で仕留めたものだから、自分で決めなさい」
フォルテは実の父からその様に投げ掛けられると、特に考えるでもなく、こう答えた。
「元々捨てるつもりものだったんでしょ? 売れるなら手間も減るしそれでいいと思う」
そう、結局捨てるものだったのだから、色々考えたところで、どうなろうが構わなかった。
問題は今儲かることではなく、利用価値がないとされてきた魔族の死体を利用する方法があるという情報だ。
「ありがとう、いい買い物になったよ。代金はさっき言った分でいいかい?」
「うーん……アルト、そろそろ喋れるか?」
「うん。正直目は回ってるけど、話は聞いていたし喋れるよ」
「いくらがいいと思う?」
「お金は要らないから、復路の時に珍しいもの譲ってくださいって言えばいいと思う」
「お金は要らないから、復路の時に珍しいもの譲ってください!」
「あはは、逆に高い買い物になっちゃったかもね。分かった、面白いもの見つけて買ってくるよ」
ポプリは心底楽しそうに、満足そうな笑みを向けた。
その後、ポプリはスクリームデビルの死体を縄で縛って持ち帰り、僕らも解散する。平穏なれど騒がしい日々だがこれが日常……というには今日は少しばかり騒がしすぎた。