3話
僕とフォルテが振り返ると、階段のそばに居たのは小人だった。
目つきはぎょろりとしていて、鼻は大きくひしゃげ、耳は大きすぎて垂れ下がっている。そして、吊り上りすぎた口角から犬歯が見えており、そこから黄色い唾液を垂れ流して、今僕たちが降りてきた階段のあたりを嗅ぎまわっている。
「なんだろう、アレ。魔物かな」
「ぼやけてよく見えねえよ、アルトには見えてるのか?」
「割とくっきりと。夢に出てきそうなくらい邪悪な顔をしているよ。盗賊でもあそこまで酷いのは居ないと思う」
「そんなにか……アアッ! 見えないのが口惜しい!」
「この場合は幸いだと思うけどね。それよりも、ノームみたいだけど何か違うね、武器もないし大人を呼ばうか」
僕とフォルテは邪悪な小人を前に、何かされたらすぐに避けられるような体勢で打ち合わせている。
見たこともないその小人がどんなやつなのか、こちらに敵対してくるのかさえ分からないから、僕は少し恐怖する。しかし、フォルテはそんなこと気にもしていないようだった。
例えば、新しいおもちゃを与えられた飼い犬のような興奮を、フォルテから感じ取ることができた。
「大丈夫、多分なんとかできる気がする」
こぶしを握り締めて、今にも殴ってやるぞという雰囲気のフォルテがそう言った。その恰好は武術家の見よう見まねのようで、不格好だったが、まるで守られているようで不思議と安心できた。
「本当は剣の方が得意なんだけど」と言いながら小人に向かって走っていく。
フォルテの接近に気が付いた邪悪な小人は、何か鳴き声のようなものを上げてこちらを見る。
それから、小人は叫んだ。いや、吠えたといった方が的確だ。
雷に打たれた大木が裂けるような鳴き声が周囲に響き、僕の視界は明滅する。
金づちで頭を叩かれたみたいに目の前が瞬いて、世界が白と黒だけに見えた。ひどく気持ち悪く、まるで胃がひっくり返ったようで、たまらず僕は吐いてしまった。
目の前が歪み、地面が近づいてくる。自分の吐しゃ物に向かって倒れこむ中、フォルテがその小人に向かって拳を叩きつけているのが見えた。
「かいしんのいちげき!」
フォルテの拳が小人の鼻を曲げ、頬骨を砕く。小人は空中を3回転くらいしてから床に落ちて、青色に光る液体を垂れ流している。
ぼんやりとした意識の中で僕の父と、フォルテの父がこちらに来るのが見えた。
「今の音はなんだ! フォルテ、無事か?!」
「雷でも落ちたのか? アルト、どこだ!」
父親二人の足取りはよたよたとしていて、おぼつかない。二人とも手すりや壁を支えにして歩いていた。心なしかフォルテの父親の方がやや重症のようだ。
「ム……これは、ノームか?」
「父上は見えるのですか?」
フォルテの父が片膝をついて小人を観察する。特徴からノームと予想するが、土の精霊にしては、確認できる特徴が、いささか邪悪だ。
「フォルテ、お前には見えないか?」
「俺はぼんやりとしか」
フォルテは、僕に言ったことと同じ様な内容を繰り返した。この小人は人によって見え方が異なっているようだ。
「俺も何かが居る程度にしか認識できんな」
僕を軽々と担いだ父がハインツ親子に並んでそう言ので、僕は父とフォルテの共通点を考えるが、体の不調から考えがまとまらなかった。
「それじゃあお前の鑑定スキルも役に立たないな」
「馬鹿を言うな、元々俺のスキルは鉱物専門だ」
「それにしても、フォルテが倒したのか?」
「ああ、えっと、そのう」
自身の父親に尋ねられたフォルテはどうも歯切れが悪い。よくやんちゃをして怒られていると言っていたが、僕が目の当たりにしたのは初めてだ。
「どうなんだ」
「右ストレートでぶっとばしました」
「そうか、叱るか褒めるかはこいつが何者か分かってから決めるのでドキドキしておくように」
「はい」
それにしても、といった様子でフォルテの父親は小人を覗き込むが、やがて首をかしげた。
「ハイハーイ。ここでさすらいの行商人が鑑定してあげましょうか?格安で」
外壁の向こうから女の声が聞こえ、僕を除く3人は振り返った。
僕はぐったりしていた。