1話
「やあ、よく来てくれたね」
そろそろ35歳になろうか、と言うには少し老け込んだ男が僕と父を出迎えた。男は僕の父よりも少しだけ身なりが良く、少しだけ大きな家に住んでいる。
男は、羽織っている上質なマントから手を伸ばすと、父はその手を握り返す。
僕が生まれてから何度も見てきた挨拶の形の1つで、主に親しい間柄で行われることが多いものだった。
「アルト、俺は少し話があるから、ハインツのせがれと遊んできなさい」
この家に連れてこられると、家主のハインツと父が何かの話をしている間、遊びの許可が出る。相手はもっばら家主の息子で、その名をフォルテと言う。
フォルテは僕よりも2つ年下で今年10歳になるのだが、なんというか、とても変な奴だ。
やたらと難しい言葉を知っているし、行動も一見すると子どもっぽいのだが、どちらかというと大人が子供の姿になっているような印象を受ける。
「それで、南の採掘場からこの鉱物が採れたんだが、どう見る?」
父と僕を出迎えた時の柔和な笑みから、鋭い眼光へと変わる。整えられた黒い前髪から覗く眼が、真剣なものへと変わっていた。
「妖精結晶の様にも見えるけどな。詳しく見てみないと何とも言えん」
父らが応接間のような部屋に入っていくのを見届けてから、フォルテの部屋に向かう。
ハインツの持っていた鉱物が気になった。4色に光るものだったからか、前に見た『妖精結晶』と異なっていたからかは分からないが、何故だか嫌な感じがしたのだ。
「どうぞ」
ノックをするとフォルテの声が聞こえた。入室の許可が出されたのでドアノブを捻る。
「ああ、いや、待ってくれ」
僕はドアノブを戻した。
「ドアの前に立っている君が誰か当てようと思う。そう、さながらシャーロック・ホームズのように!」
まただ。常々彼は「この町は娯楽が少ない」と、こぼしていた。彼の見ている夢の世界には、大声で歌う場所や、触ると遠くの景色が見える石板などが流通しており、多くの母親が安全に出産することができ、多くの学ぶ機会が存在する。そういう町のようだ。
シャーロック・ホームズというのも、その夢の世界の住人なのだろうか。
ともあれ、彼にとっては娯楽が少ない町のようで、暇を見つけては今回のように異次元的な遊びを始めるのだ。
「君はアルトだろう!」
勢いよくドアが開かれた。
「そうだよ、よく分かったね」
シャーロック・ホームズこと、フォルテはその父に似た黒髪の少年だ。彼の父とは相対し、その髪は短く、重力に逆らっている毛束もある。似ているのは通った鼻筋と、吊り上がっていあるがパッチリとした目元だ。
何もかも、僕とは対称的な彼は「ははは、簡単なことだよワトソン君」と何かの定形文の様に笑って語る。
「アルトだけど」
「階段を上る足音が小さかった。メイドのナターシャや父上ならもう少し床板が軋むはずだ。それに、その靴についた鉄粉が鍛冶屋の息子たる君の動かぬ証拠。え―と、それから……」
「全部結果論だろう? 僕がこの家を訪ねてきた時に開いていた窓は右側だったけど、今は左側が開いている。きっと君が暇を持て余していた時、君の父さんが僕らを出迎えた声を聞いたんだ。それでこの遊びを思いついた。その時に窓から声を聞いたという事実を隠すために窓を開めたけれど、僕のスキルが『瞬間記憶』だと知っている君はバレてしまうと思ってまた開けたけど、逆の方だった。どうかな、シャーロック君」
「待て待て、それじゃどちらがホームズだか分からなくなるだろ」
「そう? 君の夢の世界のシャーロック・ホームズはこういうキャラクターなのかい?」
「九分九厘正しいよ、ハア。同じくらいの歳の子供で、唯一話の合うのが俺より賢いなんて、運が良いのか悪いのか分からないな」
「運については分からないけれど、君の賢さについては僕も驚いているよ」
「アルトに言われてもあまり嬉しくないけれど」
「そんなことより今日は何をして遊ぶんだい?僕としてはこの前に聞いた夢の続きが気になるけれど」
「いや、今日はアメリカンコミックヒーローごっこをしよう。この世界なら、かなりの再現度で出来ると思う」
僕の友達はやっぱり変な奴だった。