18話
魔物たちは1ヶ月ほど前、より正確に述べるなら24日前に見かけた、あの鉱石を探していると思われる。
フォルテの父、メルヴィン・ハインツが僕の父に鑑定を依頼した鉱石だ。
そのことをフォルテに伝えると。
「はぁ?! じゃあ鉱石を探して町を襲ったっていうのか?」
「確かに町は好き放題やられているけど、魔物目線では探しているだけなんだ。襲っているというのとは少し違う気がする」
「実際に被害が出ているだろ」
「あくまで仮説だけど、あの鉱石は魔物を誘引する力があるんだ。本来の性分を忘れさせるほどの。でも魔物は魔物、その凶暴性はちゃんとある。だから、何かを探す素振りを見せたり、人を襲ったり、ちぐはぐな行動をするんだ」
「じゃあ、あの鉱石をどこか遠くに持っていけば……」
仮説が正しいなら、鉱石を運び出せば魔物の群れがそれにつられて移動するはずだ。
でも、一つの心配事があった。
「いや、魔物たちは『この辺りにあるはずだ』くらいに思ってるんだよ。おおよその位置は分かっても正確には分かってない。あの妖精結晶に似た何かを見つけた魔物たちが次にどんな行動に出るかわからないから、やめたほうがいい」
あの鉱石は南の採掘場で採れたと言ってた。既に、あの時から何らかの作戦は始まっていたのだ。
「未確認の鉱石は貴族様のところに、なんて聞く必要がないね。多分『王都から鑑定士を派遣するから厳重に保管しておくように』とか言われたんじゃない?」
「惜しい。『特に厳重に』と言われたから魔力も通さない特別な金庫に入れたんだ」
「ああ、だから探してるんだ。あの鉱石は特殊な魔力みたいなものを周りに放出して魔物を誘引している。ただ、遮断されているから場所が特定できていないんだ。……ああ、誘引する魔力が不十分だから凶暴になったり、探したり、ちぐはぐなことをしているんだね」
フォルテは下を向いてぼうっとしている。何か考えているんだろうが、ろくな事ではないだろう。例えば「自分がその鉱石を持って魔物の群れを率いれば」とか、そういう生き急いだことではないだろうか。
「……さっきも言ったけど、目標を見つけた魔物がどうなるかわからない。もっと凶暴になるかもしれないし、急に進化したりするかもしれない、そもそも僕の考えが間違っていて、あの鉱石は無関係かもしれない。それに、フォルテが居なくなったら、ヴィランダおばさんが悲しむ」
「……そうだな」
「可能性にかけるより、今、やれることをしよう」
今、やれることは単純であり、一つしかない。
フォルテは頭を垂らし、その表情は夜の闇に飲まれて、あまり見えない。しかし、顔を見なくても、今、フォルテがどんな表情をしているのかは容易に察せた。
「フォルテは強いよ。普通の人よりもずっと多くの人に、助けの手を伸ばせる。だからとても歯がゆいと思う。だから、あえて言うよ」
願わくば、僕の大切な友人が、少しでも楽になれますように。
「僕たちが生き残る為にフォルテの力が必要だ。ヴィランダおばさんや、僕や、ポコを守って街を脱出してくれ」
「……分かった。母上に話そう」
「ありがとう」
ヴィランダおばさんは、屋敷から逃げ出してきた人の点呼を取り、落ち着かせている。
逃げ出した人の大半、7割くらいは好き勝手に逃げ出してしまっており、残っている人はかなり減っていた。無理もない、災害的な恐怖を前に落ち着いていられる人の方が少ないのだから。
しかし、散り散りに逃げても各個で襲われ、町の外まで脱出するのは難しいだろう。
「そういうわけで母上、俺が活路を開くから、みんなを連れて付いてきてほしいんだ」
フォルテが母親に向けて方針を説明する。
それを僕が補足する。
「残酷な作戦ですが、この町はもう無理です」
僕が説明した作戦はキャラバン、商隊と同じ方法だ。
最も強いフォルテを隊の戦闘に置き、正面からの攻撃を受け止める。中央にヴィランダおばさんを置き、その周りに若く健康な者や子供を配置する。外側に、老いた者を配置する。
脱出の途中に逃げ遅れた者が入れば列に組み込む。若い者であれば内側に、男や老人であれば外側に配置し、自力で歩けない者は置き去る。
この案はとても非道だ。それを分かっていて、全ての呪詛を担ぐつもりで提案した。
「それだと、その……まるで老人達を壁にしているみたいだわ」
「みたいではなく、壁にしているんです」
命の価値は平等ではない。それを思い知ったから。
「もちろん、兵隊じゃありませんから、必ず列は崩れるでしょうし、知り合いや家族を助けるために列から抜ける人もいると思います」
「そういう人が出たら、どうしたらいいの」
「放っておきます。この列は『1人でも多く町の外に出るため』の列です。僕は最後尾に付きますので、ポコをお願いします」
ヴィランダも表情に影を落とした。親子揃って、同じ様な顔をする。
ほんのわずか、数秒にも足らない時間沈黙し、ヴィランダは結論を出した。
「……わかったわ。でも、その案を了承したのは私。責任は私が取る。原則に則ってアルト君も中央に居なさい」
その眼光は鋭く、立ち姿は堂々としていた。
「……わかりました」
できるならば、最後尾で後ろからきた魔物を受け止めたかった。非人道的な作戦を思いついてしまった償いとして。しかし、ここでもめても、いたずらに時間が経つばかりだ。
「皆さん、領主代理として宣言します。これから町を捨てて、即座に脱出します。何があっても歩みを止めてはなりません。道中で動ける男衆を組み込みながら、大通りを真っ直ぐ北に進みます」
ヴィランダおばさんは懸命に声を張り、最後に「若者や子供を年長者で囲うように」と付け加えた。
反対意見は出なかった。
僕たちは不格好な列を組み、北門を目指す。
「ねえ、アルト。お父さんとカイン、大丈夫かなあ」
不安げな声が聞こえた。
僕はポコの手を強く握ることしか、できなかった。