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17話

 割れた窓から緑色の小人が、まるで土石流のように流れ込んでくる。10歳に満たない子供のような背格好、醜くしわの刻まれた顔には不釣り合いなほどの大きい鼻が付いている。むせ返るような糞尿の臭いは彼らの体臭だろうか。


 話で聞いたことのある特徴は、目の前のそれらに、ただ一つを除いて該当していた。


「ゴブリンがこんなに凶暴なんて聞いたことがない」


 僕は思わず気持ちを漏らす。


 森の浅い所に住むゴブリンはひどく臆病で人間を見ると慌てて逃げてしまう。ただ、群れが飢えた場合に限って人間を襲うと語られる。


 住処を出てまで人里を襲うなんて、おとぎ話の冒険譚にさえ登場しない、出来の悪い創作だ。


 しかし、その創作は現実に起こっていた。


「くそ! きりがないな!」


 窓の近くに立ったフォルテは次々と入ってくるゴブリンを倒していく。


 剣を振るえば首が飛び、蹴りをくりだせば背骨を砕く。一方的な展開は戦闘ではなく、と殺という方が適当だった。


 まさに一騎当千だが、現実はそうもいかない。


 フォルテ一人がゴブリン千匹に相当していても、限界がある。打ち漏らした多数のゴブリンが手近な人に襲いかかる。


「嫌ぁ!」


 貸本屋の娘、ケイティの声がした。彼女に組み付いたゴブリンは左手に持ったお粗末なナイフを高々と掲げていて、今にも振り下ろして、彼女の命を奪おうとしている。


 僕は無我夢中に、カインから貰った剣を振るった。


 型とか、セオリーとか、そういうものはない。ただ、力任せに振るった。


 刃がゴブリンに食い込み、筋肉を切り裂き、背骨に到達すると腕がしびれた。生き物に危害を加えたことはあるが、それは食用にするニワトリとかの小型の家畜だ。今回のこれとはわけが違う。


 この光景は、今まさに僕がもたらしたものだと、手に残る感触が教えてくる。


 なんとも言えぬ不快感と共に、町の人が無作為に襲われているこの状況を作り出した人物の考えをおもんばかる。


 国王が直接魔物の群れを管理するわけがない。仮にそうだとすれば業の深い命令だし、危険性を考えると、どうでもいい捨て駒を使うのが妥当だ。


 飴を与えるか、人質でも取って無理矢理やらせたのだろう。


 その彼らの気持を考えると、ますます許せない気持ちになり、同時に真実が知りたくなった。


 国王がやらせたのか、大公爵がやらせたのか、推測の域を出ることはないが、いずれにしても僕たちのやるべきことは変わらない。


「あ、ありがとう、アルトくん」


「危ないから、逃げて」


 一人でも多く、この災害から生き残る。


 言うことは易く、行うことは難しい。弱肉強食というシンプルな論理に基づいた現実が目の前にあるだけだった。


「こっちよ!」


 先程オーガによって壊された出入り口ではヴィランダが避難の誘導をしている。


「アルト、早く」


「フォルテ、あなたも早く来て!」


 ポコとヴィランダの声が聞こえると、僕とフォルテは目配せをして避難を開始した。


 外に出たところで状況に大きな差はないのだろう。


 そう考えながらオーガの巨体を乗り越えていく。


 案の定、外に出たからといって何かが良くなるわけではなかった。戦線が押し返されてきたようで、男の姿もちらほら見える。


 町の中では多種多様な魔物が我が物顔で徘徊し、窓から家財道具を放り投げたり、面白半分に棍棒を振り回して破壊の限りを尽くしている。


 幸いなことは、魔物が町の人に興味を示さないことだ。時々、思い出したように何かを探すような素振りを見せることが奇妙に感じた。


 町を訪れる冒険者、特に子供を嫌がらない者に色々な話を聞いてきたが、その中の、どの話とも食い違う。


 魔物は基本的に人間の町を避ける。人間の町を襲うのは、相当に飢えているときだ。


 どちらの場合も、まず襲われるのは人間で、その中でも特に弱いもの、例えば女子供や老人を優先的に狙う。


 そこまで考えて、あの時に感じた違和感を思い出し、たまらず振り返った。


「フォルテ! 前に父さんが鑑定できなかった鉱石は結局なんだった?!」


 いくつもの叫び声にかき消されないように声を張り上げる。


 フォルテは、別のオーガに踏み潰されそうになっている親子を助けるべく、その手を引いているところだった。


「え! 何が?!」


「鉱石だよ!」


 オーガの足音が響き、地面が抉られて巨大な足跡が残された。もしもフォルテが親子を助けていなかったと思うとゾッとする。


 オーガは、親子も、フォルテも気にする様子がなく、何かの目的のために歩いて行った。


 親子はフォルテに礼を済ますと走り去っていく。


「やっぱり、何か探しているんだ」


「悪い、アルト。それで、さっきなんて言ったんだ」


 足元に落ちている石を拾い上げたフォルテが話しかけてくる。


「ああ、いいよ。間が悪かった。前に、うちの父さんに鑑定を依頼した鉱石はどうなったの?」


 その言葉を聞いたフォルテは「ああ、あれか」と言うと手に持った石を思い切り投げる。


 石はその速度を減衰させることなく真っ直ぐに飛んでいき、数十メートル先にいるオークの頭を貫いた。


 オークは、持っていた錆びきった剣を落とし、今まさにその剣でなぶられそうになっていた配達屋の一人娘が泣き叫びながら逃げていく。


「あの鉱石なら、うちの金庫に入っているよ」


「やっぱりそうか」


「どういうことだよ?」


「魔物たち、あの鉱石を探しているんだ」

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