15話
「どういうこと」
フォルテは「この町は捨てられた」と言った。
魔物の大発生というのは、大雨の洪水の様なもので、さながら自然災害である。もちろん、各市町村ごとにその対策方針があり、その中に「国家支援依頼」という項目も存在している。
ポプリが足止めされ、ヴィランダが帰還してから半月以上。ハインツ家が何もせず傍観していたとは考えにくい。
フォルテの母、ヴィランダは他の領との交流、視察の中で魔物の大発生が迫っていることを察知し、そのまま支援依頼を出したと考えた方が納得できる。
「じゃあ、支援依頼は出ていたんだね」
「話が早くて助かる」
「それにしたって色々と気になることがあるんだけど」
「知ってる範囲でなら答える」
現状について謎が多すぎる。僕が知っている皆が、それぞれ対応していたならば、今の状況は起こり得なかった。
ハインツ家は雇われだが勤勉な領主である。要綱に沿った対応をしたはずだ。忘れていたとは考えづらい。
この町を含む複数の都市を所有している貴族、こちらは信用できない相手だが、今回の件で誤りがあったとは思えない。自分の所有する町が無くなれば税収が減るし、事後対応に回らなければならない。損が多く、利が少ない。
ヴィランダの帰還から2週間の空白期間も気になる。
通常、魔物の大発生といえば、確認できる規模になった段階で、その群れはかなり大きくなっている。
群れは肥大化し、いずれ生態系的な限界を迎える。そうすると『調和崩壊』を起こし、周囲の土地へ波紋のように広がっていく。
聞いた話が本当であれば、『調和崩壊』が迫ってくると、群れからあぶれた魔物の個体が近くの町を襲うらしいが、この2週間、僕たちの町へ魔物が迷い込んだという話は聞かない。
そういえば、町の行動規範から逸れている知り合いが居たことを、僕は思い出した。
「ポプリは?」
「うわ、思わぬ角度からの質問だ。話についていけないからな、その癖」
「ああ、ごめん。考えをまとめていると、つい」
「まあ、いいけどさ」
フォルテはポプリの動向を知っている限り教えてくれた。この点においては町人の僕よりも領主の息子たるフォルテの方が詳しい。
その話によると、ポプリはこの町でキャラバンを解散し、今も滞在中のようだ。
「……滞在中?フォルテ、ポプリはまだ滞在中なの?」
「報告書を父上に内緒で読んだ限りだと、宿の出立手続きはしていないし、部屋もまだ借りてるっぽかったな」
「ごめん、出立手続きと報告書の兼ね合いを知らないんだ。それは、今朝とか、昨日に出掛けて帰ってない場合、滞在中とされるの?」
「スマホやインターネットが無いからなあ、連絡付かないし、宿泊時の手付金が無くなるまで滞在中とする場合が多いんじゃないかな」
今、聞きなれない言葉が飛び出したけど、この際気にしないことにする。どうせ『夢の話』だから。
ともかく、ポプリは未だ滞在中という扱いである。人柄を詳しく知らないが、行商人だから利回りと身の安全に聡いはずだ。
であれば、これから魔物の群れに飲み込まれる危険がある場所には居ない。滞在中ということは前払いした宿代、手付金をそのままにしている。つまり。
「ああ、やられたなあ」
と、思いをこぼしてしまった。
「ん?ポプリが何か悪さをしたのか?」
「ああ、いや、彼女も被害者だよ」
「ポコ、お前の兄ちゃんが話下手すぎて困るから解説してくれ」
「お芋おいしいね」
早ければ昨日、遅ければ今日の昼間、ポプリは危険を察知して町を出た。
キャラバンを解散しているのは、この町での滞在が長期化したことと、集団での移動が困難な状況にあるからだろう。
平たく言うと、この町は危険だが全員で出られないので個人で逃げる判断をし、最後のメンバーの出立を見届けた後にポプリは慌てて避難したのだ。
キャラバンの移動を制限出来るのは国と、領地を管轄する貴族だけだ。よって、街道は封鎖されている。街道が封鎖されているから、キャラバンは通れない。だから、ポプリはキャラバンを解散した。これで辻棲が合う。
「大体の悪者は分かったよ」
フォルテが「誰?」と聞いてくるので「国」と答えた。
まず、人為的か否かは不明だが、魔物大発生があった。
初期段階のそれをヴィランダが察知して、国に支援依頼を出した。国は何もせずに「早期に対処した」と、うそぶいた。魔物大発生で得られる利益が、僕らの町が生み出す利益よりも大きかったからだ。
発生した魔物の素材で得られるような一過性のものではない。恐らく、僕たちの町が魔物に飲み込まれることで、国は継続して得られる利益がある。
「国家支援依頼を出して、『南の町から騎士団を出しました』って言われた?」
「部分的にそう」
確定した。国はこの町に流れの魔物が来ないよう、こっそり処理していた。実は何の対処も、対策もせず、ただ調和崩壊が起こるのを待っていた。
街道封鎖は、この町の人間を逃がさないためだ。国の悪行が漏れ出るとまずいから、ではない。もし、情報規制のためだったら、兵士を駐屯させるとか、やりようがある。つまり、「多少逃げても構わないが、全員で町を捨てられると困る」ということだ。
当たっている保証がない考えを、かいつまんでフォルテに伝えると「アルトがそういうなら、多分合ってるよ。お前外したことないもん」と返ってきた。
そして。
「つまり僕たちは魔物の餌にされたんだ」
そう伝えると、フォルテの顔は赤く染まっていった。