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14話

「ポコ、お父さん、今度の休み公園に連れて行ってくれるって?」


「ううん、公園じゃなくて東の丘にピクニックに行こうって」


「そっか、楽しみだね」


「一緒にお弁当作る」


「そうだね」


 僕がカインから初仕事を受け取っている間、ポコは父と話をしていた。父はポコの頭を目いっぱい撫でて、一生分抱きしめているようだった。


「痛いよ」なんて笑い交じりで言うポコの声が聞こえてきて、父の謝る声が聞こえていた。


 先ほどまでは感じていなかった孤独と不安が僕の心を悪い色に染めていく。ポコに伝播する前に何か楽しいことをしよう。


「ポコ、少しお散歩しようか」


「お化けが出るよ?」


「僕はお化けに嫌われているから、僕と一緒に居ればお化けは出てこないんだ」


 ポコを一人にすることは出来ないが、フォルテに渡すものがあつた。カインの、半人前なりの、仕事の成果で、本当は自分で渡したかったはずだ。渡して、手入れの方法を伝えて、フォルテが感動する様を自分の目で見たかったはずだ。


 僕はそれを托された。だからこそ、フォルテの姿を目に焼き付けて、カインに伝えないといけない。


 それに、この剣が役に立つのは、今夜だ。僕たちの町に夜が明ける保証はない。


 魔物大発生が真実だと仮定すると、かなり運が良くて町の半分が被害に遭い、町を守るために出かけた男たちの半分が死ぬ。残った半分の内、更に半分は仕事が出来ないほどに怪我をする。


「あれ?ピクニックのリュックを背負っていくのかい?」


 ハインツ邸へ向かうべく、準備したリュックを背負ってランプの火を落としていたら、赤いリュックを背負ったポコに気が付いて、思わずそう尋ねた。


「アルトも背負ってるから」


「そうだね、今日は散歩だけど、リックとルルが寂しがるもんね」


「うん」


「じゃあ、行ってきます」


「行ってきます」


 暗くなった自宅に挨拶をして出ていく。外は思ったよりも騒がしかった。


 そこら中から、慌てる大人や、ぐずる子供の声が聞こえてきて、不揃いな装備で武装した男たちが町の入口に向かって走っていく。


「あっ、エマおばさん、こんばんは」


「こばんは」


 道すがら、非常用のリュックを背負ったエマおばさんと出くわす。


「あら、丁度今迎えに行こうと思ってたのよ」


「ありがとうございます。ですが、用事があって」


「用事?」


「ハインツ邸に届け物がありまして」


 そういうと、エマおばさんは「丁度よかった」と言って、両掌を合わせた。


「ハインツ邸と、公民館に、皆避難しているの。私たちは公民館よりもハインツ邸の方が近いから、一緒に行こうと思ってて」


 それは良い具合でしたね、と相槌を打ち、ハインツ邸へと僕らは向かった。


 そこは多くの町人が集合していたが、活気というものは無く、一様に不安と恐怖に支配された顔をしていた。


 殆どの人が床に座り込み、体を丸めている。


「領主の家と言っても、貴族の雇われだから、そこまで広くないんだ。足の悪い老人とか、移動に不便を感じる人を重点的に匿って、元気な人は公民館に行ってもらっている」


 これは、ここに避難してきた際、フォルテから聞いた事情だった。


 フォルテは今、ヴィランダおばさんと一緒に避難民を統率し、管理している。


「ねえ、アルト。お腹が空いた」


 ポコに言われて夕食を摂っていなかった事を思い出した。


「そういえば夕食がまだだったね。台所を借りれないか聞いてくるよ」


「ポコも行く」


 見渡すとフォルテを見つけた。この町に黒髪の人間はハインツ邸以外に居なかったから、よく目立つ。


「忙しい所悪いのだけど」と切り出すと、フォルテは「管理って言っても寒そうな人に毛布を貸し出すだけで、俺自身は暇だよ」と返された。


 夕食を摂り忘れたことと、台所を借りたいことを申し出ると、フォルテは快諾してくれた。


「ところで、その細長い袋は何だ?」


 台所で準備をしていると、フォルテが僕の荷物を気にしてくる。


「ああ。落ち着いた頃に渡そうと思っていたんだ。今が丁度いいかもしれないね。剣、出来上がったみたいだよ」


 カインの初仕事をフォルテに渡したら「マジ?!やっとか、ずっと待ってたんだ」と、よく晴れた夜の星みたいに目を輝かせて、急いだ様子で中身を取り出す。


 それは僕の物より長く、真っ直ぐ伸びていて、切っ先だけが狭くなっていた。武器屋や冒険者が持ち歩くロングソードと呼ばれる形状のようだ。


「おおお、これが剣かあ……感激だなあ。アニメでしか見たことがないぜ」


「アニメって何?聞いたことないけど」


「ああ、え―っと……魔法で動く絵本みたいな感じかな。子供も、大人も楽しませてくれるんだ」


「それは、また、夢の中の話?」


「そうだよ」


「この、剣身の溝、本当にあるんだな」


 剣身に彫られている、鍔元から切っ先近くまでの溝を指さす。


「突き刺した時に抜けなくなるのを防ぐために彫られているって、父さんが言ってた」


「へええ」


 それから、僕が家から持ち込んだ芋を温め直してる間、フォルテは剣を鞘から抜いて「ヘヘっ」と笑って鞘へ戻し、また鞘から抜いて「むふっ」と笑って鞘へ戻し、また抜いてニヤっと笑って鞘へ戻していた。


 カインに「気持ち悪いほど喜んでいた」と伝えないといけない。


「それで」


 17回目の出し入れが終わったあたりで、フォルテに話しかける。


「今一つ、どういう状況か呑み込めていないんだ。教えてくれるかい?」


「あれ?回覧板読んでない?」


「先週に回ってきたやつなら」


「それが最新だよ」


「それは読んだよ」


 先週回ってきた回覧板には、南採掘場の先、叫びの森で魔物が大発生しているので、近づかないようにと書かれていた。その対策要綱として、このエドラント地方を統括する貴族へ騎士団の派遣要請を出していると。大体そういった内容だった。


「結局騎士団はどうなったのか、とか。魔物大発生の理由とか、魔物じゃなくて魔族の話とか、そういうことで何か分かったことあるなら」


「う―ん……ここには町の人が居ないからいいかな。アルトにだけこっそり教えるよ」


「ポコは聞いちゃ駄目なの?」


 僕の足元で薪を仰いでいるポコが、少し悲しそうな目でフォルテを見上げた。


「ポコちゃんは……誰にも言わないって約束してくれる?」


「約束できるよ。ポコ、誰にも言わないよ」


 右手を挙げ、背筋を伸ばすと、薪を仰ぐためのうちわが僕の頬に直撃した。ポコが約束をする時によくしているポーズだ。このポーズをした時の約束は10回の内、7回位守られる。


「じゃあ……結論から言うと、この町は捨てられたと俺自身は判断している」

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