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13話

フォルテと一緒に父の工房へ出かけた日から、ゆうに半月は経過しただろうか。


あの日からカインの帰りは遅かった。以前は、仕事の終わりを知らせる夕刻の鐘が鳴れば、それから半時もしない間に帰ってきていたものだが、夜始めの鐘が鳴る頃に腹を空かせて帰ってくる様になっていた。


何故か、父の帰りもその頃合いで、帰ってくると決まって「仕事が多くて稼ぎ甲斐があるなあ」と独り言を呟いていた。


ごおん、と、今日も夜始めの鐘が鳴ったので、僕はポコの手を借りて食器を並べていく。


「ねえ、アルト。今日も、お父は『仕事が多くて』って言うかなあ?」


「そうだね、ポコ。言うと思うよ」


「明日も、言うかなあ?」


「そうだね、言うと思うよ」


「明後日も、言うかなあ?」


「明後日は言わないんじゃないかな、お休みの日だから」


「お休みの日だったら、みんなで公園に行きたいな」


「そういえば今日は、春の月の折り返しだね。暖かくなってくるだろうし、父さんとカインが帰ってきたら、聞いてみようか」


冬の月が満月で終わり、同時に春の月が始まる。やがて月は無くなり深淵の夜が来て、また少しずつ月は大きくなる。春の月の、深淵の夜を超えると、いよいよ夏の月を意識するようになる。


今年の夏はポコを連れてコオリモロコシの収穫を手伝いに行こう。農家のコンスウェイラさんは守銭奴だけど、農作物を分けてくれるから。


「お父たち、遅いね」


「そうだね、今日は少し、遅いね」


温め直した蒸かし芋の湯気が段々と少なくなっていく。父は「冷めた」と言うが、僕やポコ、カインにとっては丁度良い頃合いだ。これ以上冷めると、ぬるくなってしまう。そうなった場合、父は「冷たい」というのだろうか。


芋の湯気はますます、薄くなり、遂にその存在が消えてしまった。


僕とポコの間には沈黙が流れていて、時折ポコが「まだかな」というので、その度に有名な英雄物語から一節を語ってあげた。本当はポコよりもずっと幼い子供が母親から寝物語に聞くものだ。


僕は聞かせてもらった。しかし、同じ話を女の子にして喜ばれるのか、それは分からなかったが、ポコはニコニコしながら聞いてくれていたので、失敗ではなかったのだと思う。


結局、玄関は開くことはなく、夕食の雰囲気を壊す警笛が鳴り響いた。


ピイイイ。


夜の町に甲高い音が鳴り響くと、そこらじゅうで窓やドアを開ける音が聞こえてくる。


ざわざわという雑踏が町を埋め尽くす。


「アルト、鳥が鳴いているよ。何の鳥かなあ」


僕は立ち上がりながらポコに返事をする。


「あれはアブナイドリという、鳥の鳴き声だよ。この鳥が鳴くと、町の外にはお化けが出るんだ」


「お化けがでるの?怖いよアルト」


「大丈夫だよ、お化けが家の中に入ってこないように、お父さんとか、皆がお化けと戦うんだ」


服、干し肉、水筒、火打石など、町の外に逃げなければならない事態を想定して荷物をまとめていく。


「何の準備をしているの?」


「ピクニックの準備だよ」


ポコを怖がらせたくなかったから、僕は嘘を吐いた。するとポコの顔に笑顔が咲いた。


「ピッピッピ~♪ピクニック♪」


ポコが作詞をして、ポコが作曲したピクニックの歌が聞こえ始める。時折、この吟遊詩人は何かを思いついて、家中から色々な物を持ってくる。


「アルト、あのね」


「どうしたの」


「リックとルルも連れて行っていい?」


遠慮がちに差し出されたその手には、カエルの形をした木彫り人形が、二つ収まっていた。


少し大きくて、綺麗な造形のものがカインの彫ったリックで、不格好で出来の悪いものが僕が作ったルルだ。ポコの中では、この二つは両方オスだけど、結婚しているらしい。その話を聞いた日、僕はどういうことか分からず、一睡もできずに朝を迎えた。


「そうだね、2人は大事な友達だ。ポコのリュックの中に彼らのテントを張ってあげようね」


「うん」


ポコは、いつの間にかリュックを背負っていた。それを借り、リックとルルを大事に入れてあげる。最後に「これがテントだよ」と言いながらハンカチを掛けた。


「アルト!ポコ!無事か!」


勢いよく開かれたドアは、父と、兄と、夜の冷えた空気を招き入れた。


「お帰り、父さん、カイン。遅かったね」


「お父の好きなお芋、冷めてるよ?」


リュックを背負ったポコが、今帰ってきた父に飛びついた。


父と兄は余程慌てて帰ってきたと思われる。二人は未だ作業用の前掛けを着けたままで、血縁を象徴する白い直毛は煤で汚れていた。


「アルト、待たせてごめん。やっとできたんだ」


カインが、その両手に抱えた二つの細長い袋の内、短い方を渡してくる。2週間前に引き受けてくれた物だろう。こんな日に出来上がるなんて、運命じみたものを感じずにいられなかった。


「『剣は自信がない』って言ってたから、乱暴に使っても壊れないようにと思って、頑丈に作ったから、少し重いかもしれない。その代わり、刃がつぶれても根棒の代わりにはなるはず」


「ありがとう」


受け取った袋は、ずしりとして、重かった。決して軽々振れる様な物じゃなかったが、しっかりと握れば振り回されるほどでも無さそうだ。


「中を見てもいい?」


「もちろん」


鞘から抜くと、少し短い銀色の剣身がランプの光を反射して輝いた。飾り気がなく、真っ直ぐだが、先端に向かって緩やかにカーブした両刃の流線型。切れなくなったら刺せばいい、刃がつぶれたら殴ればいい。農具みたいなコンセプトで作ってくれたようだ。


「今は片手剣、成長したら短剣か、鈍みたいに使えたらいいと思って、短めに作ったんだ」


「この位の方が使いやすいよ。繰り返すけど、剣は苦手だし、戦うのも怖いから」


その話をしていると、父の出かける準備が終わったようで「カイン、お前も支度をしろ」と言ってきた。


カインは慌てたように作業着を脱いで、木と鉄板を組み合わせたような、胸と腹しか守れない防具を着込んだ。


「本当は初めての仕事だから、自分で渡したいんだけど、これはアルトからフォルテに渡しておいてくれ」


身支度を整えたカインがもう一つの袋を僕に渡してくるので、受け取った。


「ちゃんと手入れしろよって、言っておいて。あ、そうそう、作ってる最中にスキルも分かったから、帰ってきたらちゃんと伝えるよ。多分びっくりするぜ」


それだけ言うと、カインと、父は松明を持つ。父は僕のところに来て、頭を撫でた後、強く抱きしめた。


「行ってくる」


カインと父は出て行った。月の無い夜が全てを飲み込んでしまうような気がした。

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