12話
「隊長、やはり承服いたしかねます」
南の採掘場の更に向こう側、誰も通らなくなり、捨て去られた旧街道に7人の兵士が居た。6人は男で、1人は少女だ。
隊長と呼ばれた男は自身が討伐した豚頭の魔物、オークから突き刺さった剣を引き抜いて、その死体で剣の油を拭う。
「ソナタ、分際を弁えて発言しろ」
ソナタと呼ばれた13歳の少女は、深く青い色の髪と、凛々しい眼差しの持ち主だった。
「魔物大発生の未然対処の任と聞いています。ですが、群れからはみ出した魔物を討伐するばかりで、群れへの本格的な進攻をしていない現状です。群れは大きくなるばかりで」
「黙れ、兵卒」
一際暗く重たい声で隊長はその言葉を紡いだ。
「……申し訳ありません。出過ぎた発言でした」
「我々の隊への命令は『群れの魔物を町へ行かせないこと』だ。群れを討伐することではない」
「……いくら、そのような命令だからと、2週間前の群れの規模は軽微でした。あの時なら討伐できたはずです。何を、隠しているのですか」
少女の声は震えていた。怒りからか、悲しみからか、それとも目の前の男が怖いからか。
「もうよせ、ソナタ。大人には事情がある、これ以上は立場を悪くするぞ」
別の兵士が少女に近づき、その肩を掴む。
「いや、良い。ロックウェル。この隊で知らないのはこの子だけだからな、教えてやろう。ただし、ソナタ。これから述べることを聞いた上で、今後、勝手な行動をしたり、反論するようなら即座に反逆とみなす」
ごくり、と少女は生唾を飲み込む。
「命令は群れの魔物を『町へ行かせないこと』そして……」
「群れを『調和崩壊させること』だ」
魔物はその種別ごとに動物的な生態系を持つが、魔物大発生と呼ばれる災害にその理論は該当しなかった。最初は一種類の群れでも、その数が大きくなると共生する別種が群れに合流し、その魔物が新たな種を呼ぶ。
そうして、群れは肥大化し、多様性を見せ、最終的に群れは崩壊する。崩壊したら、その場所を捨てて、集まった魔物たちは移動を始める。どこかへ向かうわけでもなく、ただ無作為に被害を広げながら、湖面に石を投じた時の波紋の様に広がっていく。
「そんな、意図的に群れを育てるなんて」
「ソナタ、それ以上は反逆とみなす」
そう言われてしまっては、何も言うことはできず、かといって正義に対して愚かになることもできなかった。
たとえ、騙されている気がしても、群れの魔物を『町へ行かせないこと』という命令に、騎士道精神があるのだと思い込むしかできなかった。
「皆、察しているんだ」
ロックウェルがソナタへ優しく話しかける。
「この場所で調和崩壊が起きれば、群れの半数はオーバチュアの町へ流れ込む。かなり大きい群れだ。町の戦力じゃ防ぎきれない。確実に、全滅する」
ソナタは黙って続きを待つ。
「生き残った魔物から新種が生まれるかもしれない。それが、金になるかもしれない」
「ロックウェル、個人的な見解を国の意見の様に言うな」
「……申し訳ありません、隊長」
「ソナタ、自分の立場を理解しろ。お前は『騎士道』のスキル持ちだ。だから性的奴隷寸前のところを拾われたんだ。よって、お前の命は軽く、国益の為に散らすものだと知れ」
「……はい。……国王様には、感謝しても、しきれません」
少しばかりの沈黙が訪れ、それを隊長の言葉が壊す。
「お前には実力がある。度胸もある。剣も上手い。下手のは世渡りだけだ」
「……はい」
「賢者になるな、愚者になれ。それが幸せに生きる秘訣だ。解ったら持ち場に戻れ」
少女は小さく服従の返事を返すと、足取り重く持ち場へと戻っていく。
しかし、それを隊長が制した。
「……そっちじゃない、お前の持ち場は町側だ。聞いていなかったのか」
「そのような連絡は」
目を丸くした少女は思わず口を開いたが、すぐに言葉を飲み込んだ。反逆とみなさるから、ではない。本当にそんな連絡を受けていない少女は、隊長の意図を理解する。
少女を含め、他の隊員も持ち場に戻っていく。やがて隊長とロックウェルの2人だけになると、今度はロックウェルが口を開いた。
「隊長、良かったんですか?」
「……ソナタはまだ子供だ」
隊長は、やれやれといった様子でオークの死体に腰掛け、その言葉の続きを発する。
「国にとって俺ら傷病上がりなんてのは、いつでも捨てられる駒だ。つまり、家族は養ってやるから餌になって死んで来いって、言われてるのさ」
「……承知の上です」
「俺らは捨て駒、ソナタは厄介な駒だ。正義感が強くて、絵本の騎士様に憧れてる。いや、実際あいつは絵本のような騎士様になれるだろうさ。でも、軍部にとってそんな騎士様は居ても困る厄介者だ。そのくせにスキルが『騎士道』ってだけで成人したら将校扱い。体よく始末するに、今回の任務はうってつけだ。何を狙ってるのかは分からんが、小賢しいことを考えるね、文官ってやつは」
「……隊長がそのような事を言うと、示しがつきません」
「ハッハッハ! お前も愚かしく、自分の心に従ってみろ、人生幸せだぞ」
オークの腹の上に座ったままの男は、おかしそうに膝を叩いてそう言った。
「俺らの死地にソナタを付き合わせる必要はない。俺らに付き合うか、自分の心に従うかは自分で選べばいいことだ。自分で選んだ行動で死ぬなら自業自得さ」
「……ソナタは隊でも大きな戦力です。実際、討伐数の半数はソナタが仕留めています。ここでソナタに出て行かれては大きな戦力不足では」
ロックウェルの言葉を聞いた隊長はその眼光を研ぎ澄ませる。
「大人が子供を頼ってどうする」
隊長は立ち上がり、魔術を使ってオークの死体を焼く。この2週間繰り返し続けてきたルーチンだ。
「『死ね』という命令は受けていない。お前らも、死なせるつもりはない」
日が傾いて、空が茜色に染まる,
何度目かの警笛の音がすると、兵士たちが集まり、魔物を討伐する。
7人の部隊は6人になっていた。