11話
「待って、フォルテ、待てってば」
「魔物と戦うにはやっぱ剣が必要だろ!オラ、ワクワクしてきた!間違えた。ビクビクしてきた!」
本当は戦いたくて仕方がないみたいだった。フォルテを見ていて思うのは、それでも戦闘狂いではない。基本的に喧嘩はしないし、争いは嫌がる性質だ。
ただ、魔物と聞くと、心の内の何かが疼くようだ。
どこか生き急いでいるようにも見えるし、そういう性分なのかもしれない。
「フォルテは魔物と戦うために武器が欲しいんだろう?わかったよ、引っ張らないでくれ」
「分かってくれて某も嬉しいぞよ、サンチョ・パンサ」
「アルトだけど」
「それで、何か妙案があるんだな、申してみよ。サンチョ・パンサ」
ようやく僕の裾はフォルテから解放された。裾は何となく間の抜けた感じに伸びていた。「あれ?しばらく見ないうちに慎重伸びた?」と尋ねてしまいそうだった。
「僕たち向けの大きさの武器なんて、売ってないよ。それより僕の父は鍛冶屋だから」
「なるほど、確かに!」
サンチョ・パンサの主人は、天啓が降りたように進路を変えた。
しばらくして工房が見えてくる。さすがは職人通りといった様子で、そこら中から、のこを引く音や、かんなの音が聞こえてくる。
どの工房も筋肉が肥大化した、いかにもな職人が出入りしており、時折見習いらしい子供が出入りしている。
「おや、アルト君じゃねえか」
「こんにちは」
父の工房に入ると、入り口近くで作業をしている火目付役の作業員が声をかけてくる。逞しいひげがフサフサと揺れ、鋳造釜のたゆたう炎がその頭に反射する。
「旦那ァ!せがれが来ましたぜ!」
とびきり威勢の良い声が上がる。
すると、金槌の鳴き声が止み、一つの人影が陽炎に揺れた。
「おう、アルト。お前が工房に遊びに来るのは久しぶりだな」
「中々顔を出せなくてごめんなさい、家の事とかが結構大したことで」
「いいや、よくやってくれている。俺がしてやれればいいんだが。それで、今日はどうした」
フォルテと僕、2人に目配せをしながら尋ねてくる。
「おじさん、一週間前はありがとうございました!実は剣が欲しいんです」
フォルテから剣が欲しいという言葉を聞くと、父は目を丸くして、その口角を上げていく。
「ハッハッハッハ!そうかそうか、フォルテもアルトもそういう歳になったか!」
豪快に、快活に、嬉しそうに父は笑う。
「だが、駄目だ」
しかしその目つきは鋭いものとなった。
「どうして!おじさんは名工だと父上から聞いています」
「その評判は正しい。俺は名工だし、ここらの工房では一番だ。だから、子供の剣を打っている暇はない」
なるほど、という顔をしていると、フォルテが僕に「何か察したんなら教えてくれよ」と言わんばかりにせっついてきた。
「フォルテの聞いた噂、あれが本当だからだと思うよ」
「アルト、お前、どこから……なぜ知ってるんだ?機密のはずだが」
「フォルテから」
「ああ……どこから漏れるか分からないな。その話は俺たち大人が対処する。口外するなよ」
「もちろんだよ、父さん」
「おじさん、お願いだよ、僕は母さんを。アルトはポコちゃんを、見てなくちゃいけないんだ」
「剣を持つことに反対するつもりは無いが、手が足りない。子供を守るのは大人の務めだ。お前たちは心配しなくていい」
しくじった、場所が悪かった。ここは工房で、多くの職人が働いている。作業員一人一人にどこまで話が伝わっているか分からないが、魔物大発生の件で忙しくなっているなら、父は大人の男としての矜持を保たなければならない。
ここで子供の言う事を鵜呑みにしたら、理解のある良い父親にはなれるが、全体の仕事を管轄する頼れる親方では無くなってしまう。
そして、職人として、一度言ったことは曲げられない。
ここで金銭を支払い客になれば、切り口になるかもしれないが、それは父親としての側面が許さない。であれば諦めて町の武器屋で手に入れるしかないが、多分僕らは叱られるだろうし、丁度いい大きさの物があるとは限らなかった。
「親父!……じゃなかった、親方!手が足りないなら俺が打つよ」
顔を黒く染めたカインが皮手袋をしてやってくる。
「カイン、お前、また皮手で顔を拭ったな。目や鼻に鉄粉が入ると危険だからやめろと言っただろう」
「ごめん、親方。気を付ける」
申し訳無さそうなことを言いながら、特に申し訳無さそうではない兄が、革手袋を外しながら話を続ける。
「今、手が足りないんだろ?発注いっばい来てるって言ってたじゃないか」
「お前は半人前だ。まだ早い」
カインが一歩詰め寄るが、父は全く動じない。
「武器は自分の身を守るためのものだろ?兄が弟を守ったって悪くないはずだ」
親として嬉しいからか、あるいは職人として口答えする半人前に反感を持ったのか。真意は不明だが、その言葉に父の眉が少しだけ動いた。
「……わかった。そこまで言うなら打ってみろ。ただし、これはお前が勝手にやることだ。工房の仕事ではない。もちろん、工房の稼働時間内にはやらせないし、俺は手を貸さない。やるなら全員が帰った後に勝手にやれ。ただし、忘れるなよ。武器は道具だが、命綱でもある。有事の際に武器が壊れ、それでアルトやフォルテが死んだら、それはお前が殺したということだと心に刻め」
父はそれだけ言うと、翻って仕事へと戻っていく。
「はい!ありがとうございます、親方」
仕事に戻る父の背中。それを礼で見送るカインの姿は、まさしく兄の姿だった。