9話
「どうして嘘だと思ったんだい?いや、あえて言い換える。どうして嘘だとバレたんだい?」
「正直、割と当てずっぽうで言いました。ただの勘です」
ポプリはきょとんとした後に、プッと吹き出して、あははと笑った。「これは一本とられた」と言いそうで、僕も「一本とってやった」と思っていた。
「こんな子供の勧誘のために一週間滞在するなんて、やっぱり変ですよ。行商人って町から町まで品物を運んでお金を稼ぐんでしょう? それなのに突然現れた魔族の素材まで仕入れたがる時点で妙だなって。ポプリさんの扱う商材が何か分からないので、ただの憶測だけで言いますけど、特別名産の無いこの町に一週間も滞在してるなら、商材は加工品とか、宝石とか、そういう腐らない物ですよね。僕なら早く換金したいと考えますし、換金できないなら空荷に等しい。じゃあ僕なら仕入れたいと思います。滞在するだけ赤字が増えますから」
「本当に、商人として仕込みたい逸材だよ」
「多分、僕を勧誘したのは完全には嘘じゃないと思います。多分、僕が15歳になっていれば本当に勧誘していたと思う。だから、今のはダメ元で聞いてみたんじゃないかと」
「満点じゃないけど正解だ。君が15歳だったとしてもダメ元だったよ。そこの領主の息子や妹さんかな? 彼女を置いて行商人になるわけないと思っていたからね。危ない職業だし」
僕は言われて振り返った。すっかり忘れていた、いや、忘れていたわけではないのだけれど、強いて言うなら、時間が経つのを忘れていた。ポプリの話は知らないことが多く、新鮮で、刺激的だった。
「アルト遅いよ、もう、全部洗い終わったのに」
「ポコちゃんがむくれてたから連れてきたぜ」
そこにはフォルテとポコが居た。二人共、洗い終わった食器を持っている。
「ああ、ポコ、ごめんよ。フォルテ、ありがとう。ポコがむくれているのは僕のせいなんだ」
「そうなのか?」
「うん、少し話し込んでしまったから。ポプリさんとの会話は面白くて、つい」
「あはは、光栄だね」
そう言うと、「それじゃあ」と言ってポプリは立ち去っていった。
「アルト、抱っこして」
ポコは機嫌を損ねると、概ねの場合において抱っこをせがむ。それに応じてやると、概ねの場合において機嫌を直す。
僕だけでなく、家族全員に対してそうだった。きっと母に抱かれたことがないから、無意識にそういうのを求めているんだと思っている。
ついさっき、キャラバンへの誘いを断ったばかりだが、どこか後ろ髪の引かれる思いだった。それも束の間、ポコの重みを感じると、やはり断って正解だったと思った。
「うん、ごめんね、ポコ」
「いいよ」
「それで、フォルテ、急にどうしたの」
「暇だったから、遊びの誘いに」
「いつも言ってるもんね。『変化がなくて退屈だ』って。でも折角だけど洗濯をしなくちゃいけないんだ。僕が話し込んでしまったから、滞っていて」
「ポコも手伝う」
「ポコは食器を洗ってくれたから、もう十分だよ。遊びに行って大丈夫」
「手伝う」
今日は頑固な日だ。ポコはたまに頑固になる日があった。友達と喧嘩をした日や、雨が続いた日など、ポコにとって嫌な日に我を通すようになる。
今日はキャラバンに誘われて少しだけ満更でもなかったから、胸がチクりとした。
「じゃあ俺も手伝うよ、3人でやれば早いし、その分早く遊べる」
「助かるよ」
洗濯物を持って、また洗い場に戻ると、フォルテの母と会った。
「あら、アルト君、いつもフォルテと遊んでくれてありがとう」
「ベリンダおばさん、こんにちは」
「こにちわー」
「ポコちゃんも、いつもありがとうね」
「どいたしまして」
ふふ、と僕たちの姿を見てフォルテの母は笑みをこぼしたが、なんだか優れないようにも見え、尋ねた。
「えっ?そう見えるかしら?だったら気のせいよ」
気のせいではないだろう。フォルテの父は領内、町の内政や予算の管理、徴税などをしており、母は別の領地へ情報交換に行くことが多い。世間一般では逆の役割が多いようだが「適材適所」ということで、柔和で話しやすいベリンダが担当しているようだ。
その情報交換の場で何か雲行きの怪しい話を得たのだ。
今朝、主婦らがいつもと変わらない話題で交流していたことから考えると、まだ公開されていない情報である。
ベリンダが帰ってきたのは5日前だ。だとすると、かなり根の深い案件に思えた。
どんなに聞いても子供の僕には教えてもらえない。いや、町内に非公開とされているから、子供じゃなくても無理か。
きな臭いことにならなければいいのだけど。
そう、思った時、聞きそびれていたことを思い出した。
ポプリがこの町で足踏みしている理由は、ベリンダと関係がありそうだ。