ハロークオンさん、ハローハロン湾
「里香さーん」
「あ、グエンくんよ」
「グエンじゃなくて、クオンって呼んでくださいってば。ベトナム人みんな振り向くよ」
「そこだけは日本人が抜けないんだよねぇ」
何やら玄関口が騒がしい。例のグエンくん(今の会話を聞く限り名前はクオンらしい)が到着されたらしい。
どうやらクオンさんは日本語が堪能なようで安心したけど、本当に初対面の人とこの異国を観光するの!?
私は完全に出るタイミングを失って、ドアの前でウロウロしてしまった。
「何やってるの?クオンくん待ってるじゃないの」
「うげっ」
母親に見つかって背中をぐいぐいと押され前に出る。
クオンさんは思ったより若く見えた。
「娘のハルカでーす!クオンくん、今日はハルカをよろしくね」
「ハルカちゃん、今日は任せて」
「あ、ありがとう、ございます」
じゃあ、いってらっしゃいと笑顔で手を振る母を睨む。なぜ、あなたはついてこないの・・・。
***
「僕の名前はクオン。25歳のグエン・リー・クオンです。ベトナム人はグエンばっかりだからクオンって呼んで」
「ハルカです。クオンさん今日はお世話になります」
「じゃあバスのところまで行こうか」
クオンさんは簡単にいうと陽気で人懐っこく、私とすぐに打ち解けようとしてくれた。
人見知りで緊張しいな私をぐいぐいと引っ張ってくれて、気がつけばクオンさんのことを色々知ることができた。
クオンさんは日本に留学経験があって、日本語が上手。そしてお寿司が好き。
ベトナムではツアーガイドとか通訳者をしていて、私の両親とは仕事で出会ってから仲良くしてくれているようだった。
3時間ほどバスに揺られ、クルーズ船の乗り場に着く。
「食事は船の中で出るからね。ハルカちゃんはえび好き?」
「好き!」
ハロン湾は魚介類が名物みたいで、昼食はエビ・貝・魚・イカなど盛りだくさん!4人用のテーブルで、カップルと同席だった。
食べ物もカップルと分けることになるんだけど、クオンさんがカップルとの会話を通訳してくれて楽しかった。
昨日まで現地の人とのコミュニケーションは全て親任せだったから、クオンさんの通訳があってこそだけど、自分が相手と話が通じているっていうことがなんだか嬉しかった。
食事を終えデッキに出る。
「わー!」
40分くらいかな、それくらいしか経ってないのにもう周りは海に囲まれている。遠くまで岩、岩、岩・・・。
そしてその間をたくさんの船が行き交っている。
「すごいでしょう。こういうクルーズたくさんあるよ。それにタイタニック号みたいに泊まれる船もあるよ」
とにかく景色がすごい。
ここに辿り着くまでに、バスに3時間も乗っていたからか開放感もすごい。
あの岩の向こうはどうなってるんだろうと思いを馳せる。
なんだか異国というか、違う世界にきたようだ。
「ハルカちゃん!見える?あの岩」
「うん」
「あれなんに見える?」
クオンさんの指さした先にある岩、二つの岩が向かい合っている。
正直にいうと、何にも見えない・・・。
「全然わからない・・・」
「あはは、あれはね闘ってる鳥だよ。闘鶏岩っていうの」
「い、言われてみれば・・・!」
頂上に生えている木の緑がトサカっぽい気はしてきた。ちょっと嘴っぽいのも見える気もする・・・。想像力って大事。
「次はあれ!」
「んー・・・。人かなぁ」
「あはは。おしい、あれはゴリラ岩だよ」
「ゴリラ・・・」
ほとんど正解でいいんじゃないでしょうか・・・。
隣で景色を見ていたおじさんとクオンさんが話している。一瞬私の方を見て、2人で笑った。
言葉がわからないから、なんでそんなに笑ってるのかわからないのが悔しい。
「ハルカちゃんがあの岩を人に見えるって言ったら初めて聞いたって笑ってたよ」
「そうだったんだ」
「この次の洞窟は絶対に行ったほうがいいよって言ってる」
「洞窟があるの?」
「うん、綺麗だから一緒に行こうよ」
「うん!」
おじさんは手を振って船内に戻っていった。
「風が気持ちいいね」
「そうでしょう。でもこの時期でよかったよ。もう少しするとここら辺は台風がすごいから楽しめなかったと思うよ」
船が一時的に止まる。
クオンさんと下船してたどり着いたのはティエンクン鍾乳洞。
私は日本の日原鍾乳洞の散策でヘロヘロになったことを思い出して、そっとクオンさんの袖を掴んだ。
「怖くないよ。子供でもこれるから大丈夫よ」
優しく微笑むクオンさんを信じ、足を進めた。
「わー!綺麗!」
クオンさんの言う通り、散策はそんなに大変なものではなかった。
ライトアップされている鍾乳洞は本当に綺麗で、神秘的だった。
いろんな形の石があって、またまたあれが何に見えて、これは何でといった感じに石の形の解説が始まった。
日本でも何々に見えるとかよくあるけど、それって世界共通なんだなぁ。
言葉はわからなくても、感じることは同じなのかもしれないって少し思った。
あっという間にクルーズは終わりの時間を迎え、私とクオンさんはバスに長く揺られながら家に着いた。
「おかえり。ご飯できてるわよ」
お父さんも帰ってきていたようで、部屋の奥から出てくる。
「グエンくん、今日はありがとうね」
「僕のことはクオンって呼んでってば」
「またやっちゃったね。どうも苗字で呼んでしまうんだよなあ」
「クオンくんもご飯一緒に食べていって」
「本当?嬉しい!僕里香さんのご飯大好き」
「やーん嬉しい」
クオンさんも一緒に夜ご飯を食べ、今日見てきたことや感じたことを話した。
ハロン湾に沈む夕日がとても綺麗だから、今度行く時は泊まれるクルーズ船に乗るといいよとクオンさんが教えてくれた。
「そういえばハルカちゃんはいつ帰るの?」
「3日後かな」
「オサムさん、里香さん、ハルカちゃんにタンロン水上人形劇場とか見せた?」
「そういえばまだ行ってないな」
「えーー!絶対に行かなきゃだめだよ!ハルカちゃん、僕が連れていってあげる、明日は早く寝て5時に出るよ」
「ええ!5時!?」
「うん!絶対だよ!がんばれ!」
5時って起きたことないよ!ちらっとお母さんの方を見るとウインクされた。なんでよ・・・!
「朝ごはん食べたら一回家に帰って眠っていいから、ね?」
「昼からお母さんたちも合流しようかなぁ」
「ママ、ナイスアイデア。みんなで水上人形劇場に行こうか」
あれよあれよと予定が決まる。
クオンさんが帰るときに、明後日は絶対に5時に出発するからねと念押しされたのだった。




