復活の乙女
馨くんとの図書室当番をしていた時だった。図書室に入ってきた石井先輩を見て私は瞬時にカウンターの下に隠れた。
「バレバレなんですけど。なんでまた隠れてんの?」
「下に栞落としちゃって・・・。先輩こんにちは〜」
「当番終わるまで奥で勉強して待ってるから。逃げないでよ」
「えっ。あ、はい」
先輩は私の頭にポンと手を置いて髪の毛をぐしゃぐしゃにした後、本当に図書室の奥へと消えていった。
久しぶりに会った先輩。相変わらず優しい手だった。
結衣ちゃんが頭にチラついてしまうけど、前のように先輩が話しかけてくれたことに嬉しさを感じている自分もいて戸惑った。
「戻ったよ、ってハルカちゃん何があったの?髪の毛ぐちゃぐちゃだけど・・・」
棚の整理から戻ってきた馨くんが驚いていた。
「石井先輩が来て」
「え、それで?」
「頭ぐちゃぐちゃーって」
「なにそれ。今更なんなの・・・」
ため息をつきながら馨くんは私の乱れた髪の毛を優しく撫でて整えてくれた。
「それで?なんの用事だったの?」
「当番終わるまで待ってるって」
ピクッと馨くんの動きが止まった。
「そうなんだ」
それっきり馨くんは話さなくなってしまった。図書室は静かに、がルールだからあまり気まずさは感じなかったけど。
「中川ちゃん、終わりそう?」
「あ、もうちょっと」
「もう後は先生来るの待つだけだから、ハルカちゃん行っていいよ」
「馨くん」
「おっありがとうね。じゃあ中川ちゃん行こう」
馨くんに変な気を使わせてしまったなと思いながら先輩と一緒に歩く。
「ずっと2人っきりになりたかったんだ」
急にそんなことを言うもんだから、驚いて立ち止まってしまった。
「せ、先輩が結衣ちゃんと一緒にいるからですよ」
「結衣ちゃん?あーあの子ね。本当粘り強いというか、なんというか・・・。中川ちゃん目当てに教室行ってもあの子が来るからさぁ」
どこか面倒くさそうな先輩に違和感を感じる。先輩優しいのに彼女には厳しいタイプ?
「中川ちゃん大丈夫?またあの子にいじめられてない?」
いじめられはしてない。敵対視はされてる自覚はありますが。
「なんかあの子俺のこと好きらしいね」
「え?好きらしいって、付き合ってるんですよね?」
あんまり先輩が他人事のように話すから、私は思わず聞いてしまった。
口に出してしまって、すぐに取り消したかった。
先輩の口から直接聞くなんて、失恋した身にはちときつい。
「え、どこ情報それ」
「え」
「え」
思っても見なかった言葉が返ってきて、目を丸くしてしまったが、先輩も目を丸くしていた。
「あ、あのー・・・結衣ちゃんと付き合ってるんじゃないんですか?」
「付き合っていません」
「え」
「いや、本当どこ情報よそれ」
「いやいや、キスしてたじゃないですか!私見ちゃったんですから!」
「え、してないんですけど」
「え」
頭がフリーズしている。確かにあの時キスをしていた。結衣ちゃんだってそう言っていたし、何より私は直接見てしまったと言うのに。
「先輩、嘘つきなんですか?」
「本当本当!濡れ衣だって。いや、まぁ抱きつかれてキスされそうになったことはあったけど、すぐ引き剥がしたし、神に誓ってキスはしてない。ほら!食堂で水ぶっかけられた日だよ」
私は自分の感情を完全に見失っていた。
私勝手に失恋してただけ?結衣ちゃんと付き合ってないって分かって、嬉しい?
でももう正直先輩のこと考えたくないくらい傷ついてたし、もういっかって諦めてた所もあったよ、ね?
「なんかあの子俺のこと好きって言うから、これで無下にして中川ちゃんとばっかり会ってたら知らないところで中川ちゃんが嫌がらせ受けるかなー、なんて先輩だから心配してこうなったんですけど・・・」
先輩の言葉に驚きっぱなしだった。結衣ちゃんと話してたのって仕方なくってこと?
「えー!!逆に悲しかったですよ!」
「悲しかったんかい。中川ちゃん本当かわいいな。ガツンと言っても良かったんだけど中川ちゃんが仕返しされないか見張れないし。一応俺的には平和的解決を目指してみた」
「全然平和じゃなかったです・・・」
完全に脱力してしまった。
なんだ、なーんだ。
2人は付き合ってなかったのか。しかも先輩は私のために色々考えてくれていたんだ。
「なんで私のためにそんなことを・・・」
「だって中川ちゃんって守りたくなるんだよ」
私は先輩のこの優しさや表情に弱い。もう諦めてた気持ちがまた膨らんできた。
先輩、やっぱり私、まだ先輩のこと・・・。
「と言うことで、俺はフリーでーす。まぁ受験生だから彼女なんて作ってる場合じゃないけどね」
ずきん、と胸が痛む。
上げて落とされた気分だ。
でも、そうだよね、先輩受験生だもんね。しょうがないことだし、自分でも分かっていたんだから。
結衣ちゃんと付き合ってないのなら、静かに先輩のことを思い続けてもいいってことだよね。
それが分かっただけ、いいじゃない。
失恋したと散々騒いでみんなに慰められたことを思い出し、実は勘違いだったみたいです、なんてどうやってみんなに伝えようか私は頭を悩ますのであった。
***
僕は隠れて何をやっているんだ。
先生に鍵を渡して帰ろうと下駄箱まで来たら、ハルカちゃんとあの先輩が話しているところを見かけてしまい、咄嗟に隠れてしまった。
今出て行くのって、かえって不自然だよな。
受験生のくせにわざわざ後輩を待ち伏せして話したい、なんて何を考えているんだ。
もしこの場面を里中さんがみていたら、またハルカちゃんが嫌がらせをされるんじゃないかと僕はキョロキョロとあたりを見渡してしまった。
2人は話し終わったのかあの先輩はハルカちゃんの頭をひと撫でし(馴れ馴れしいと思わない?)自転車で帰って行った。
確かに寮はすぐそこだけど、なんだよ、送って行くくらいしなよ。もう暗いんだから。
僕はなるべく自然な風にハルカちゃんに近づき、声をかけた。
いや、かけようとした。
あの先輩を見つめるハルカちゃんの表情は、見るからに恋する乙女で。
一瞬声をかけるのに躊躇ってしまったのだ。
「あ、馨くん」
「ハルカちゃん」
僕が声をかける前にハルカちゃんに気づかれてしまった。
「先輩と話せたよ、先に行かせてくれてありがとう」
ハルカちゃんは優しく微笑む。最近のどこか陰りのある笑顔じゃない。
良かったと心から思う反面、今日先輩と話をさせるんじゃなかったとも思ってしまった。
彼女を笑顔にするのは自分ではない、それが急に現実的に感じて心がざわめいてしまったからだ。
新太には余裕ぶってあんなこと言ったけど、今の自分には一ミリも余裕なんて感じない。
「ハルカちゃん」
「何?」
「あ、いや。暗いし寮まで一緒に行くよ」
「えっ!ありがとう」
『まだあの先輩のこと、好きなんでしょう』
言葉を飲み込めて良かった。
今、ハルカちゃんに聞いてどうする。
聞かなくたって、見れば分かるじゃないか。自分の好きな子なんだから。
僕は今ちゃんと笑えているのか。




