そしてさようならベトナム
「はーい、ここがタンロン水上人形劇場です」
「久々に来たねママ」
「こっちに来てすぐに見たもんね」
クオンさんに案内なされながら席に着く。
「本当に水上なんだね」
寺院かな?建物のセットは水に浮かんでいる。大きなプールが舞台のようだった。
舞台に灯がつき、音楽が始まった。生歌、生演奏だ。
「ハルカ、わくわくしてる?」
隣に座っているクオンさんが私の顔を覗き込んだ。クオンさんの表情の方がよっぽどワクワクしていそうだった。
「うん!」
楽しみではあったけど、まさかこんなにこの人形劇が大好きになるなんて、この時の私はこれっぽっちも思っていなかったのでした。
***
「楽しかったねーママ」
「また来ようね、パパ。ハルカはどうだった?」
「楽しめた?ハルカちゃん」
「何あれ・・・」
「え?」
「何あれ何あれ!!どうしてあんな風に動くの?どうして水が出たと思ったら火が出たり、どうなってるの!?」
私は興奮していた。
とにかくすごかったのだ。劇は1時間かからないくらいの時間だったけどあっという間に終わってしまった。
「気に入ったみたいだね」
クオンさんは私の様子を見て笑っている。途中小さな声でクオンさんがシーンや人形の役の解説をしてくれたのも助かった。音楽が絶え間なくなっているから耳元でクオンさんが話してくれて。それにドキッとしたのは今は秘密だ。
「私あの人形の真似できるよ」
クオンさんはそう言って両手をパタパタと上下させながら滑らかに歩き始めた。
「あはは!!そっくり!」
劇の人形の動きそっくりで私は大きな声で笑ってしまった。
「あの人形お土産でも買えるよ」
「え、ほんと??」
クオンさんが指さしたお店に確かに人形が並んでいる。
近くで見ると、ニヤリとしている表情がなんとも不気味で。あんなに騒いでいた心が急激に萎んでいった。
そんな私の気持ちが分かったのか、私を見てクオンさんはまた笑うのだった。
***
帰国当日。
私は起きる予定だった時間よりも早く目が覚めた。なんだか美味しい匂い。
「ハルカ、おはよう」
お母さんがすでに台所に立っていて。
「おはよう。何作ってるの?」
「ママの味よ」
味噌汁をかき混ぜていた。
「なんだかあっと今だったわね」
「そうだね、今日帰るなんて信じられない」
急にお母さんの動きが止まった。どうしたのかと顔を覗き込むと、珍しく真剣な表情をしていて少し戸惑った。
「ハルカ、ごめんね」
「え、何が?」
「高校生っていう時に側にいてあげられなくて」
しおらしく言うお母さんの肩に手を置いた。
そんなことを気にしているのか。日本に残ると決めたのは私なのに。
「こうやって会えるんだからいいじゃん。それに私、寮で暮らすのもとっても楽しいよ。友達もいるし」
「グスッ」
急に後ろからすすり泣く声がして振り向く。
「お、お父さん・・・!」
私たちの会話を聞いていたらしいお父さんが泣きながら立っている。
「ママ、ハルカ、ごめんなぁ。パパがベトナムに転勤になったばっかりに・・・」
「パパのせいじゃないわよ。パパはお仕事頑張ってるもん」
「ママ・・・!大好きだよ」
「パパ・・・!」
「えーっと・・・。そろそろご飯食べようかなぁ・・・」
抱きしめあっている2人をそっとして、私はお母さんの作ってくれたお味噌汁を飲む。美味しい。
***
「元気でね」
「お父さんとお母さんもね」
空港の出国ゲート前まで両親がついてきてくれた。
ベトナムで過ごした日々を思い出すとあっという間だったな。さようならバインミー。
両親に手を振り、出国ゲートに進む。
「ハルカー!」
急に名前を呼ばれて振り向くと、遠くにクオンさんの姿が見えた。
私はクオンさんに手を振る。クオンさんは大きく手を振ってくれた。
「また会おう!日本にも行くね!」
両親とクオンさんは私の姿が見えなくなるまでずっと手をふり続けてくれた。
飛行機が飛び立ち、どんどん小さくなっていくベトナム。
久しぶりに長く両親と過ごせたから、やっぱり寂しい。次会えるのはいつだろうか。
キャビンアテンダントのお姉様にコーヒーをもらって飲む。甘いベトナムコーヒーとは違ってホロリと苦いコーヒーだった。
クオンさんと朝焼けを見た後に飲んだベドナムコーヒーを思い出してしまってなんだか悲しくなった。
さようなら、ベトナム。いいところだった。
高校を卒業したらハルカもベトナムに来ないか。父の言葉がずっと私の頭の中を巡るのだった。
異国の地で私に一体何ができるって言うんだろう。
やっと更新できました〜!本当にお待たせしました!Cani.




