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栄冠は誰に輝く  作者: 伊那野氷菓
第一試合 入学編
5/6

三回表 取引

約三時間の高校生活に、未練など抱きようもなかった。法に触れることを、しかも中学の頃から行っていたのだ。退学なんて当然の報いだろう。


それなのに、僕が(たばこ)をやっていることを知った奏の第一声は「見逃して欲しい?」だった。


そこにどのような意図があるのか。少なくとも問答無用で教師にチクって退学させようとは思っていないことに、僕は蜘蛛の糸のような可能性を感じ取った。


その可能性を汲んだ以上、いちいち潔く命乞いを拒否しようという考えは、すぐに僕の中から消え失せた。


「……見逃して欲しいです」

入学式から数日が経った日の放課後、僕はクラブハウス棟の前に立っていた。奏に突き付けられた要求を満たすためだ。


僕の未成年喫煙を黙秘する条件として奏が突きつけたのは「野球部に入部すること」だった。理由は話してくれなかったが、あまりに予想外な要求に僕は拍子抜けした。


海岸沿いの住宅地をくり抜いたような立地の鵠沼第三高校は、グラウンドもかなり狭い。そのせいかこの学校で活動する運動部は、硬式野球部とサッカー部の二つだけしかない。


今僕が立っているクラブハウス棟がある、グラウンドの西半分を前者が使い、東半分を後者が使っているそうだ。よりによって広大な用地を必要とするスポーツが二つ並んで割拠するものだから、当然試合とかは出来ないだろう。


「失礼します」


錆び付いたドアを開けると、埃まみれの小汚い空間が目の前に広がった。ろくに整理されてないロッカーが数台に、適当にしまわれた野球道具。部室の惨状を見ただけで、ここが弱小野球部であると確信した。


「お、入部希望者か?」


中央のテーブルの奥に腰掛けた、ユニフォームを着た野球部員が立ち上がって出迎えてくれた。優しそうな風貌の人だった。


それと同時に、彼の側に立っていた男子生徒が僕の顔を見、驚いた表情を浮かべた。


「あれ、葉山くんじゃん」


「……すみません、どちら様ですか」


思わず敬語を使ってしまった。制服を着ているということは多分新入生なのだろうが、面識もないのにどうして僕の名前を知っているのか。


「クラスメイトなのに覚えてないの? 藤堂拓磨だよ! 一年四組の藤堂拓磨!」


藤堂拓磨(とうどうたくま)と名乗った小柄な男子は、泣きそうな顔をしながら怒りを顕にした。確かにそんな名前の奴がいた気がする。


「なんだ、二人は知り合いか」


テーブルの右端の方で数Ⅲの参考書を広げていた野球部員が口を開いた。肌は浅黒く、如何にも高校球児という雰囲気がする。参考書から察するに、三年生だろう。


「ええ、同じクラスなんです」


「どうやらそうらしいな」


「じゃあこれを機に名前覚えて」


藤堂拓磨。チビ、(うるさ)い。よし記憶した。


「二人とも、部活体験に来てくれたんだよね」


「と言うより、僕は入部する気で来ました」


藤堂はそう言って入部届を机に置いた。優しそうな顔つきの先輩が「確かに」と言ってそれを受け取った。


「俺は主将(キャプテン)九里凌太(くりりょうた)です。ポジションは投手(ピッチャー)。よろしく」


九里さんは恭しく頭を下げた。僕と藤堂もつられて頭を下げる。


「副主将の千田和也(ちだかずや)だ。ポジションは捕手(キャッチャー)だ」


浅黒い先輩も自己紹介した。なんというか、完全に入部した後みたいな流れになっている気がする。僕はあくまで今日は様子見のつもりだったのだが。


「それで、二人とも経験者?」


「はい。主に二塁手(セカンド)をやってましたが、一応内野は全ポジションそれなりに守れます」


どうやら藤堂は経験者なようだ。しかも希少価値の高いユーティリティプレイヤーとは、見た目に反して器用なのかもしれない。


「それは頼もしいな。葉山くんは?」


「俺っすか? 俺は……」


僕が自己紹介をするまえに、藤堂が割って入ってきた」


「葉山くんあれだよね。神奈川県ナンバーワンスラッガーだよね」



広角に強い打球を飛ばすバットコントロール。中学生離れした強肩。中学日本代表に選ばれる程の"天才"。


藤堂は何故か自慢げに僕の選手紹介をした。そしてそれを聞いた先輩二人の、僕を見る目がみるみるうちに変化した。


「葉山くん、それマジ?」


「そんなの、ウチなら一瞬で四番打者確定じゃねぇか……」


「いやあの、昔の話ですよ」


テーブルに身を乗り出してこちらを凝視する上級生二人に、思わず後ずさる。


「僕も自己紹介で名前聞いた時は驚いたよ。神奈川だと西海大付属(せいかいだいふぞく)とか、明応義塾(めいおうぎじゅく)とか、数多(あまた)の強豪校から誘いを受けていたって聞いてたけど、まさか鵠沼第三(ここ)に来てたなんて」


多少の誇張はあれど、藤堂の言っていることは事実だ。


僕は確かに"天才"と呼ばれていた。野球を始めてすぐにレギュラーを掴むと、中学二年にして日本代表に選ばれた。誰もが僕がエリート街道を突き進み、プロ野球選手になると信じて疑わなかった。


だが、進路について考え始める中学三年の秋、僕は野球を辞めることを決断したのだった。



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