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栄冠は誰に輝く  作者: 伊那野氷菓
第一試合 入学編
3/6

二回表 入学祝い

「葉山くん、先生の話はちゃんと聞かなきゃダメだよ」


「……ごめんね」


時刻はだいたい正午を回ったぐらい。帰りのホームルームが終わった直後に、僕は隣の席の女子生徒に叱責を受けた。社交辞令の上では謝っておいた方が良いと思ったので、一応形だけの謝罪はした。


この女子生徒は、三嶋由香といった。中学校からサックスをやっているらしく、自己紹介では高校でも吹奏楽部に入ると話していた。


ああ、嫌なこと思い出す。


吹奏楽部と聞いて、僕の頭は勝手に連想ゲームを始める。僕の中で吹奏楽部というワードは、奏を想起させるものなのだ。


奏は小学生の頃からトランペットを吹いていた。彼女の母親が元吹奏楽部の人で、使っていた楽器を譲り受けたのだという。


僕は中学の内申で1をとったことがあるほど音楽に疎い人間だが、それでも奏の演奏はとても上手だと確信を持って言える。


あいつ、高校でも吹奏楽やんのかなぁ。


三嶋さんは「よろしくね、葉山くん」と言い残して教室を出ていった。彼女も吹奏楽部に入って、奏と出会うのだろうか。


もしそうなれば僕と奏は共通の知人を持つことになり、人間関係も少しややこしくなってくる。僕にとって好ましくないことだ。静かに高校生活を送りたい僕としては、これ以上奏と接点を持つことは避けたい。


「おーい、遥輝〜」


ふと、廊下から聞き慣れた声が聞こえた。僕は荷物を適当に鞄に詰め込むと、早足で教室を出た。



「初っ端から災難だったな」


「あぁ。俺が世界そのものだとしたら、人類は滅亡寸前に追い込まれてる」


自分でもよく分からない例えだなと思いながら、僕は隣を歩く人物の横顔を見た。平塚翼(ひらつかつばさ)。小学校から今日に至るまで同じ学校に通い、何なら所属していた野球チームまで同じの腐れ縁だ。


「俺、函南と同じ一組だから。何かあったらとりなしてやるよ」


「余計なお世話だ」


翼は恐らくちゃんと()かしていないであろう長髪を揺らしながら、いたずらっぽく笑った。中学最後に会った時から散髪していないのだろう。いい加減切れよ。


「神様、安寧静謐な高校生活を送ろうとするのは間違いなんでしょうか」


天を仰いでも、蛍光灯の灯りが眩しいだけだ。


「しょうがねぇだろ。俺たちが奇跡的に鵠沼第三(ここ)に受かっちまったんだ」


「あの時は神様の存在信じたんだけどな」


中学での学業成績は、僕も翼も下から数えた方が早い人間だった。それに対して同じ中学でも奏の成績はトップクラス。何で進学校たる鵠沼第三に受かったのか、未だに不思議でたまらない。


一階まで降りると、直ぐに下駄箱に辿り着いた。僕たちはピカピカのローファーに履き替え、桜の花びらの絨毯の上を歩いていった。



鵠沼第三高校への通学手段は電車が主だった。歩いてすぐの所に小田急と江ノ電の駅があるが、僕たち二人はそのいずれも使わない。登下校に費やす時間は恐らく五分もない。


「なぁ、お前の新居に行っていいか」


「悪いがパスで。まだ引越しの残骸が片付いてないんだ」


あのマンションに引っ越したのは本当に入学直前のことだった。テレビとか布団などは出しておいたが、細かいものはまだダンボールから出してすらいない。


周りを見渡してみると、新入生の動きは何処かぎこちなく思えた。これから三年間通う道を、探り探り歩いているように見える。


「あ、そうそう」


おもむろに、翼が自分の鞄を漁り始めた。貰ったばかりのプリントや文房具が、煩雑に詰め込まれているのが見えた。だが、その中に、明らかに異質なものがあるのが見えた。


……こいつ、初日からとんでもねぇものを持ってきやがった。


翼はそれを鞄の中に入れたまま、僕だけに見えるよう見せてきた。今更ながら、その顔に躊躇いはない。


「親父がカートンで買ってきて、一箱だけパチッてきた。やるよ、"入学祝い"だ」


指すが翼、よく分かってるじゃないか。僕の好きな銘柄。


"入学祝い"は、紛れもない(たばこ)だった。

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