言ってる場合ですか!
あれから数日、私達は再びダンジョン43階層へと侵入しました。
ここまで来るのにすでに3日かかってしまいましたが、これでも早くついた方です。
ついでに階層を降りながら練習を行い、新技を使えるようになり、これから新種に対して有効なのか実験です。
「じゃあ危なくなったら援護するからね」
「はい、お願いします」
テュファネは離れた位置にある木の上で待機し、いつでも弓を打てるよう構えています。
私も剣を鞘から抜き、森の中からフラフラと現れた魔物の前に立ちます。
柔らかそうな肌に、重そうな体型で薄い体毛、口から涎を垂らし、鋭い眼光で私の方を見ています。
「ふっ…!」
私は地面を踏み込み、魔物との距離を詰めます。
そして魔力を剣に纏わせるように流します。
物体への魔力付与、初めての試みでしたがなんとか物にできました。
あとはこの魔物を斬れるかどうか。
「ケヘケヘケヘ!」
「…っ!」
魔物に斬りかかろうとしたその瞬間、魔物がバックステップで私の斬撃を避けました。
見た目に反して意外に素早い動きをしますね…!
魔物は少し離れた位置から腕を振ります、すると腕が伸びて私の目の前に迫ります。
私は地面を蹴って横に避け、伸びた腕に剣を振ります。
「はぁっ!」
ザンッと剣は腕を切り落とします。
魔力付与で新種に対抗できるようですね。
魔物は怒ったのか私の方へ突進してきます、では、バトンタッチです。
「テュファネ!」
「はいよー!」
テュファネには精霊術で行う、魔素付与を教えています。
魔力で効果があるのなら、魔素でも同じことをできるはずです。
テュファネは私の合図で矢に魔素を纏わせ、魔物に放ちます。
魔素を纏った矢は風を切って進みます。
私が顔を傾けると先ほどまで顔があった場所を矢が通り、風圧で髪が揺れます。
矢は魔物の腹部を大きく抉り取りました。
魔素を纏った矢でも有効ですね。
精霊術は弾かれますが、純粋な魔素をただ纏うだけなら無効化されないようです。
私は魔物が怯んだ隙に急いで近づき剣を振り下ろします。
振り下ろした剣が魔物の頭を切り裂き、血が噴水のように溢れ出ます。
そのままピクピクと痙攣し、地面に倒れ絶命しました。
「これで43階層は何とかなりそうですね…」
常に使い続けねばならない身体強化に比べて、魔力付与は切る瞬間にのみ使えばいいので魔力消費が少ないので、長時間の使用は問題なく行えます。
テュファネは弓を背中に抱いて、木の上から軽やかに飛び降り、駆け寄ってきます。
「やったねアル!」
「この調子で攻略を進めましょう」
「そうだね!この調子で…」
どうしたのでしょうか?テュファネが私の後ろを見て固まっています。
振り返ると、魔物の死体から血が蒸発して煙が上り、酷い匂いが辺り一面に漂います。
「なに…?」
「嫌な予感がしますね…」
血が蒸発しきった魔物の死体はダンジョンに吸収されました。
おかしいです、前はすぐにダンジョンに吸収されましたのに…
「急いでこの場を離れた方が良さそうです」
私達はすぐにその場を離れる為に走り出しました。
すると嫌な予感が的中したようで、周囲全体から呻き声や草木をかき分ける音が聞こえてきます。
前方の草が揺れ黒い影が勢いよく飛び出しました。
その影は私の目の前まで迫っており、すぐさま剣を抜きながら魔力付与を行い、影を切り裂きます。
頬に赤い血が飛び散り、走りながら振り返るとやはり新種の魔物が倒れていました。
まずい、これは非常にまずい。
恐らくですが、一番初めに倒したあの魔物は特殊個体か何かだったのでしょう。
その証拠に今倒した魔物はすぐにダンジョンに吸収されました。
殺されたら仲間を呼ぶなんて、悪趣味な…
「テュファネ!このまま44階層への階段を探します!」
「了解!」
魔物達は違う階層には立ち入りません、何故かは分かりませんが。
何匹いるかも分からないこの魔物達にわざわざ付き合う義理はありませんので、このまま逃げ切らせてもらいます。
「ゲヘゲヘ!」
「うっ!」
斬り損ねた魔物の鋭い爪が、私の頬にかすります。
前方から絶えることなく現れる魔物を斬り、進んでいくには1人では手が足りません。
「テュファネ!」
私は鞄から剣を取り出しテュファネに投げ渡します。
テュファネは剣を抜き、私と共に道を切り開きます。
「いいねこの剣!良い切れ味!」
「言ってる場合ですか!」
テュファネは武器全般の扱いが上手いです、さすが武器が好きなだけあります。
そのまま私達は魔物を斬り続けました。
それから数時間、結局44階層への入り口を探す暇もなく戦い続け、襲撃が落ち着いた頃には周囲は血の海になっており、私とテュファネも全身血だらけになってしまいました。
「気持ち悪い…くさい…」
「セーフポイントまで我慢ですよ…」
セーフポイントとはつまり、次の階層への階段部のことを言います。
あの場所だけは魔物が出ないので、とりあえず一安心できます。
今回のような事例は滅多とありませんが、数時間も戦い続けた後の人間にとって天国のような場所です。
「みつけたよ〜アル〜…」
「早く休みましょうか…」
ようやくセーフポイントを見つけ私達は体を拭き、服を着替えました。
まだ少し臭いますが、これはしばらく取れそうにありません、諦めましょう。
「疲れたね…」
「もう魔力も体力も空です…」
私達は階段に座り込み、怪我の治療を始めます。
大きな傷は負わなかったものの、小さな傷はかなり負ってしまったので、回復の精霊術を使用します。
私達、女の子ですから、傷が残ったら大変です。
少しして治療が終わり、私は鞄から魔力回復剤を取り出します。
この世界には無いものなので貴重ではありますが、さすがに魔力空はまずいので飲んでおきます。
「とりあえず、交代で…」
休みますか、そう言おうとした瞬間、背後、つまり43階層からとてつもない悪寒がしました。
振り返ると階段をゆっくり一段ずつ黒い人の形をした何かが降りてきます。
私達は即座に剣を抜き、構えます。
自然と息が荒くなり、額から汗が一滴流れ落ちます。
一瞬でも目を離してはいけない、そう本能が告げている、そんな気がするほど目の前のモノが何なのか、私達には分かりませんでした。
そのモノは私達の前で立ち止まり、首を傾げます。
そして興味が失せたのか、再び階段を降り始めました。
ぺたんぺたんと足音が遠ざかり、姿が見えなくなった頃、私達は腰の力が抜けその場に座り込みます。
「なに…あれ…?」
「分かりません…なんにせよ関わらないようにしましょう…」
あれが魔物なのか、人なのか、それすら分かりませんが、もう二度と出くわしたくはない類のものなのは確かです。
この先に向かったということは、ダンジョンから生まれた魔物とは違うようです。
あんなのがこの先、大量にいた日には地獄ですよ。
「とりあえず、休みましょう…」
「うん…」
少し不安そうな顔をしているテュファネの頭を撫で、落ち着かせます。
次第に彼女はウトウトし始め、眠ってしまいました。
黒いのの件もありますし、いつも以上に警戒した方が良さそうです。
私は剣を抜き、いつでも戦えるように気を引き締めました。