凶作の村でなんとかする
『お気楽生産者』の更新は不定期です。
書き上がった順番に予約更新します。
今年は日照りが強い。
例年ならば間もなく小麦の借入時期になるのだが、今年は実入が弱く、予想の半分も収穫することができない。
それにも関わらず今年の春、領主は秋の収穫時に納める税について増税することだけを告げて領都へと戻って行った。
村の横を流れる川も、今や水のない枯れた川になっている。
このままでは、運良く僅かばかりの収穫があったとしても、来年の種籾すら取り上げられてしまうだろう。
…
……
──村の集会所
今日は定例の村民会議。
例年ならば今年収穫した小麦や大豆などを計算し、倉庫に来年用の種を納める作業をしているはずである。
だが、今年はその収穫がほとんど見込めていない。
もう借り入れを終えて脱穀も終わっているはずなのに、まだ刈り入れどころか収穫すら出来ていない。
「はぁ〜。川が枯れなければ、こんなことにはならなかったのだが」
「井戸ももう殆ど水が出ない、俺たちの飲み水でさえ足りなくなってきているぞ」
「隣の村から小麦を借り入れるというのはどうだ? ファーベ村はまだ収穫が見込めているらしいぞ」
「それでも、隣も生きていく限界ギリギリだな。こうなると村を捨てるしかないだろう」
ここ最近の会議は、いつもこんな感じ。
不満しか出てこない、どうしようもない。
結果、会議は何も決定せずに終わってしまう。
村の青年を何人か領都に送り出し、今年の税金を減税してほしいという嘆願書を持たせたものの、まだ帰ってくる様子もない。
「来月には徴税官が来る。その時に頭を下げるしかないか……」
「そうなると、種籾も何もかも持っていかれる。その時点で、俺たちの村はおしまいだ。もう、村を捨てるしかないか……」
「種籾だけならいい、あの領主のことだ、財産を差し押さえるぐらいはやらかすぞ、最悪、村人を奴隷として連れて行く可能性だって……」
そうはいうが、若い奴らはともかく年老いたものたちでは、この村から出て他に行くあてもない。
領都まで向かって冒険者になる方法もあるが、その報酬でも今年の税金をどうにかできるとは思えない。
「はぁ……今日の会議は終わりだ。また後日、みんなで知恵を出し合うしかないか」
村長が話を終えると、1人、また1人と肩を落として家路に着く。
最後に村長が集会所を出たとき、村の入り口に子供が立っているのを見かけた。
………
……
…
西に向かったら、ここの村につきました。
簡単に言っちゃいましたけど、あの丘にあった不自然な洞窟を出て、もう一週間は経っています。
僕たちの世界って、遥か昔に異世界から来た勇者が魔族から勝ち取った世界だそうです。
だから、言葉はニホンゴとか言う言語がコモン語として使われていますし、文字だってニホンゴ文字というのを使用しています。
通貨単位だって、エンという共通語で統一されています。まあ、1000エンで買える物価は王国によって差異はあるようですし。
因みに鞄の奥には、ばっちゃん達が餞別で金貨の詰まった袋を入れてくれていました。
中には白金貨も入っていて、少し驚きです。
なんだかんだ言っても、村の人達は親切です。
そんなこんなで、見たこともない村までやって来ました。村の入り口に向かうと、初老の男性が立って待っています。
「旅の冒険者かな? それにしては随分と若いようだが、この村になんの用事かな?」
「ええっと、冒険者ではないです。旅をして見聞を広めているところでした、東の方から来ました。何処かに止まる宿はありますか?」
「宿はないが、空き家ならある。こっちにあるからついてきなさい」
良かった。
暫く野宿ばかりだったので、久し振りに屋根のある場所で休める。
それにしても、村は立派なのにどうして活気がないんだろう?
「この小屋なら好きに使って構わない。井戸は共用だけど、枯れ始めた水が少ない、できる限り節約してくれると助かる」
「あ、はい、ありがとうございます」
「それで、何日ぐらいこの村にいるのかな?もし長期なら、井戸の使用料だけでも少しもらえるといいのだが」
なるほど、確かに水は貴重だからね。
「一週間ぐらい身体を休めたいのですよ。銀貨10枚で良いですか?」
「そんなにはいらんよ。3枚もあればいい。村のみんなには話をしておくから、ゆっくりとするがいい」
「ありがとうございます。あと、雑貨屋さんか食料を売っている店はありますか?」
そう問いかけると、村長さんは暗い顔になった。
「雑貨屋はあるが、食料は殆どない。今年は日照りがキツくてね、穀物類は殆ど取れなかったのだよ。保存食程度ならあるが、足りなければ近くの森に行けば食べられる果実もある。ああ、もし行くのなら狩人に話をしておいてくれ、狼がでる事もあるからな」
「そうですか、わかりました、ありがとうございます」
村長さんは笑いながら帰っていく。
でも、日照りで穀物が取れないのか。
井戸も枯れているって話していたよね。
折角、お世話になるんだから、少しだけ手伝ってあげようかな。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
翌朝。
家の外に出て、適当な地面を軽く足踏みしてみる。
──カーン
足から放出した魔力波が、少しして戻ってくる。
「岩盤があって、その上に地下水が流れているんだ。でも、その岩盤の下にはもっと大きな水脈があるみたいだよなぁ……」
折角だから、井戸を掘ってみようかな。
村ではよく手伝わされていたから、やり方はわかっている。
鞄から大きなスコップを取り出して、力一杯地面を掘る。
黙々と掘る。
横壁は魔力で硬質化して崩れなくして、さらにどんどん掘る。
掘った土は一度鞄に入れておいて、後で何処かに捨てればいいよね。
──ザックザック
10mぐらい掘れたので、ここから斜め上に向かってトンネルを掘る。
いくら僕でも、垂直に10mなんてジャンプ出来ないからね。
暫く掘って地上まで上がってみると、大勢の人が僕の掘った縦穴に集まっている。
「あの、何かありましたか?」
「い、いや、これは君が掘ったのか?」
「はい。あと20mも掘ったら岩盤が出ますから。その下には地下水脈がありますから、そこまで掘っちゃいますよ」
鞄から水筒を取り出して水を飲む。
疲れたので休暇、鞄からオーク肉の干したものを取り出して齧り付く。
その間にも、村の人は斜めの作業用穴から地下へと向かい、驚いた顔で戻ってくる。
さぁ、あと少し頑張ろう。
──サクサクサクサク
午後になると岩盤にたどり着いたので、鶴嘴に持ち替えて岩盤を割る。
一時間もすれば岩盤の裏まで穴が空いたので、またサクサクと掘り進む。
「んんん? 土が湿ってきた……水も上がってきたから、この辺りでいいかな?」
よくみると水がどんどんと上がってくる。
岩盤の穴もどんどん水浸しになるので、急いで斜めにトンネルを掘って地上に向かう。
縦穴の深さ6mぐらいまで、どんどん水が上がってくるので、これで作業はおしまい。
「おおお、この井戸は君が掘ったのか?」
「あ、村長さん、小屋を借りたのでお礼に井戸を掘ってみました。普段使っている水脈よりも深いところまで掘り込んだので、暫くは水も枯れることはないと思いますよ」
うん。
僕の住んでいた村の井戸掘り名人のドワーフさんから教えてもらった方法だから、間違いはないはず。
水脈操作とか言う魔法があるらしいから、それの応用だって聞いたことあるし、僕も試したらうまく行ったから大丈夫だよね。
「そ、そうか、ありがとう。何もお礼はできないから、その小屋は君のものにするといい。好きなだけいてくれて構わないからね、ええっと……」
「エリオンです。僕の名前はエリオン」
「そうかい。本当にありがとう」
最後の方は、泣きながら握手していた。
なんだか恥ずかしいけど、村の人たちが縦穴の周りを足で固めて滑車とか取り付けている。
斜めに掘った作業用穴は後でちゃんと埋めようと思ったけど、そこも周りを固めて雨水が入らないように屋根をつけるんだって。
「水の心配も無くなった……あとは、小麦だなぁ」
井戸を作っているおじさんが困ったように呟いている。なので、その枯れた小麦畑を見せて貰った。
「土に栄養が無いなぁ。水はなんとかなるから……あ、良いものがあった」
──ガサゴソ
鞄から『植物の成長剤』を取り出してみる。
僕のいた村でも、作物が足りない時はこれを使っていたんだ。
うちの村長さんの作った成長剤なら、種を撒いてから一日で刈り入れ出来るまで成長していたけれど、僕はまだまだ未熟だからそんな凄いものは作れない。
「エリオン君。畑を見て何をしているのかな?」
「あ、村長さん。これ、僕が作った植物の成長剤です。種を撒いて水をあげてから、この薬を少しだけ畑に撒いてください」
使い方を説明して成長剤を手渡す。
受け取った時の表情は驚いていたけれど、すぐに優しい目に変わった。
「こんな辺境の村で、生きるのも何とかしてきたけれど。君みたいな優しい子供には久しぶりに出会えたよ。ありがとうね」
また握手して村長さんが畑に向かった。
鍬で地面を耕し、水を撒いてから種を植える。
もう一度水を撒いてから成長剤を垂らす。
──ニョキッ
少しして、いきなり芽が出る。
村長は地面に蹲み込んで生えてきた芽を確認する。
「そ、そんな……こんなことが起こるなんて……」
そう告げている最中にも、ゆっくりと芽は伸び始めていた。
すると村長は立ち上がって、村人に向かって叫ぶ‼︎
「希望が出た、エリオン君が植物の成長剤をくれたんだ‼︎ 手が空いているものは畑を作り直せ、水を撒け、種を植えろ‼︎」
その声を聞いて飛んできた村人は、成長を始めた芽を見て驚き、すぐに畑を耕し始めた‼︎
「ええっと、この畑の大きさなら、あと3本有れば大丈夫ですよね、これ、差し上げますから。これで村は大丈夫ですよね?」
「ああ、ありがとう……」
取り敢えず三本の成長剤を手渡して、僕は一旦小屋まで戻る事にした。
流石に縦穴を30mも掘ると疲れるよね。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
畑に成長剤を撒いて3日後。
今日は刈り入れの日、畑一面に広がる小麦の世界。
これが3日前、荒れ果てて絶望しかなかった土地とは思えない。
村人総出での刈り取りで、どうにか収穫は終わることができた。だが、徴税官が来るまでに乾燥と脱穀は間に合わない。
それでも、何もないよりもマシである。
その村人の畑仕事の最中、僕は森に入り薬草を集めることに専念した。
薬草は森の恵み、困った人がいたら手助けをしてあげなさい。そのためなら、森はエリオンに加護を授けてくれる。
困ったことがあったら、街に行ってポーションを売りなさい。それに、エリオンの作る色々な道具は、欲しがる人が大勢いるはずだからとも話していたっけ。
但し、深く欲を出してはいけない。
深い欲望は、その身を滅ぼす。
最後は必ずそう締めてくれたよ。
村にいた唯一の 薬師の言葉を思い出しながら、薬を調合する。
「分かっているよ、薬師のじっちゃん……」
薬草を細かく刻み、すり潰し、水を加えて煮出す。
それを濾過した原液に『魔法を付与する』事で、魔法薬は完成する。
「魔法を付与する時は、どんな効果を望むのか、それを忘れてはいけないってじっちゃんも話していたよね」
──キィィィィィン
次々と薬の入った壺が輝く。
あとは『腐敗防止』と『状態安定化』の魔力の込められた水晶の瓶に入れて完成。
「ふぅ、久しぶりに本気を出して作ったから、疲れたよ」
各種合わせて120本。
それを鞄に丁寧に納めてから、僕は昼寝をすることにした。
魔力が減るとお腹が空いて眠くなる。
これは自然の摂理だって、魔法屋さんのお姉さんも話していたんだよ。
ぐぅ。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
数日後。
領都からキャラバンがやってくる。
これは商会による商用キャラバンではなく、領都から派遣された徴税官のキャラバンである。
見た感じでは護衛騎士の数も多く、ひょっとしたら納める税の不足分を各家から摂取するのが目的なのかもしれない。
「ご機嫌よう、バルドさん。領都から参りました徴税官のアルバニーです。早速ですが、今年の納税分の小麦を頂きます」
ニヤニヤと笑うアルバニー。
その背後では、護衛騎士たちがいつでも動けるように待機している。
「これはこれはようこそいらっしゃいました」
「では倉庫まで案内をお願いしますね。そうそう、今年の収穫分の台帳も確認しますから、それを提出していただけますか?」
「はぁ、それがですね……」
きたきた。
今年はどこの村も日照りで税を納めるのが大変なのは知っている。
だからこそ、我々が来たのだからな。
足りない税の分は財産を没収、それでも不足しているのなら村の若い娘たちを奴隷として引き連れて来いと言う命令ですからね。
ああ、この村にもうら若き女性がいらっしゃいますか。では、そのうちの何名かは私が身請けすることにしましょう。
「やはり、この村も納められないのですか。では、財産を摂取することにしましょう‼︎」
「いえいえ、そうではないのです。今年は刈り入れが遅くなりましたので、まだ乾燥しているところでして。取り敢えずこちらへどうぞ」
頭を下げつつ村長は徴税官を倉庫に案内する。
そこには、刈り取られてまだ間もない小麦が山のように積まれている。
「それでですね、こちらが今年の帳簿になります。来年の量と差異はありませんので、御確認ください」
「……何故だ、どうしてこの村だけが豊作なのですか‼︎ 近隣の村はどこも凶作で、財産を差し出してどうにか免除しているのですよ、どうしてですか‼︎」
悔しそうに叫びまくる徴税官だが、そんな理屈は村長には必要ない。
「はぁ。どうしてと言われましても、今年は井戸を追加して水をしっかりと撒きましたから。ではどうぞ納めください」
「……分かっている‼︎ 乾燥前の小麦は二割増しとなるのだが、それでも構わないのだな?」
「へぇ。どうぞお納めください」
平然と、事務的に告げる村長。
これには徴税官も怒り心頭なのだが、しっかりと税を納めると言っている以上は何もできない。
そのまま作業員が小麦を積み込むと、徴税官は悔しそうな顔で領都へと戻っていった。
………
……
…
徴税官が村から出ていくのを、エリオンは丘の上から眺めている。
万が一のために村長には、追加で成長剤を三本渡してある。
もしも成長剤のことが領主に見つかったなら、エリオンは囚われて無理やり作らされるかもしれない。
そう村の人たちに教えられ、徴税官が居る間は隠れていた方がいいと言われた。
けど、エリオンは隠れずに村から出ることを選んだ。
「ふぅ。また旅の途中に立ち寄るかもしれませんから、それまで皆さんはお元気に‼︎」
村に向かって手を振ると、エリオンは持っていた小枝を立てて指を離す。
──パタン
枝の倒れた方角は北西。
「こんどはあっちの方角か。次の村には何があるんだろう」
鞄を肩から下げて、エリオンは鼻歌まじりに丘を降りていった。
誤字脱字は都度修正しますので。
その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。