緋眼の悪魔
洞窟が薄暗くて良かったのかもしれない。
何故なら刀身に映った、カレンへ刃を向ける自分の顔を見なくて済んだから。
「……ジス?」
ジスの顔を見るカレンの顔には困惑と恐怖がありありと浮かんでいた。
「……ごめん……カレン」
再度謝罪を口にすると、ジスは鋒をカレンの首筋にあてがう。
そのまま少し力を込めると、カレンの柔肌に鋒がほんの少し埋まった。
ジスが短剣を引くと、傷口からたらりと赤い線が一筋ひかれる。
「……下がっててくれ」
ジスはカレンから離れると、ハイゴブリン達に向かって一歩踏み出す。
そして、短剣に付着したカレンの血を舌で掬い取った。
その瞬間、ジスの目の奥がチカチカと明滅する。
変化は一瞬だった。
髪の毛先が燃え上がるように赤くなり、黒色だった眼が鮮やかな緋色に染まる。
ジスの緋眼がハイゴブリン達を貫いた。
そして片腕しか使えない少年は、ゆらりといっそ無造作とさえ言える軽い足取りでハイゴブリンへ近づく。
「グギャギャギャ!!」
不意に近づいてきたジスが不気味に映ったのか、耳障りな嗤い声を引っ込めハイゴブリンはジスに棍棒を振り下ろす。
ジスがくるりとその場でターンすると、棍棒はジスの背中を撫でて地面を打ち付けた。
「……起きろ、短剣」
ジスがそう呟いた瞬間、短剣の刀身がジスの毛先と同様に赤く色付き、揺らめく焔のような刃文が浮かび上がる。
それに呼応するように、ジスの緋色の眼が輝きを増した。
「……行くぞ」
ハイゴブリンに向かって、ジスは紅蓮の刃を振るう。
本来短剣では、筋肉鎧とも称されるモンスター達の分厚い筋肉に阻まれダメージを入れることは困難である。しかし、
「グキャァァ!!!??」
ジスの短剣が赤い軌跡を描く度にハイゴブリンの口からは悲痛な叫び声が上がった。
逆手に短剣を構えたジスは、身体ごと押し付けるようにハイゴブリンの胸に短剣を突き刺す。
そしてハイゴブリンの身体を蹴り飛ばすようにして短剣を引き抜いた。
すると傷口をなぞる様に焔が立ち上り、ハイゴブリンを灼く。
勿論ハイゴブリン側も黙ってやられていた訳ではない。
他の二体も参戦し、棍棒を振るうが独楽のように舞い踊るジスは血を流しながらも致命傷だけは尽く避ける。
ついには有効打が当たらないことに苛立ったハイゴブリン達が乱雑に棍棒を振り回してくるが、ジスは冷静に見切りそして、その隙を見逃さなかった。
地面を叩いて、その反動で一瞬止まるその隙を突き、ハイゴブリンの親指を斬り落とす。
「ギャァァッ!!?」
親指が欠損したハイゴブリンは棍棒を握れない。
リーチの有利がなくなったハイゴブリンに対し、ジスの剣速はさらに加速し、ハイゴブリン達はその身を焼かれる。
「グ……ギャ……」
一体、また一体とハイゴブリンが結晶体に変わっていく。
最後の一体となったハイゴブリンが、憤怒の形相でジスに両腕を伸ばす。
「グキャァァォォォ!!!」
「ハアァァァッッッ!!!」
ジスは裂帛の気合と共に短剣を振るい、ハイゴブリンの腕を斬り払う。
そしてハイゴブリンの懐まで侵入すると、胸の中心に刃を突き立てた。
胸の中心から火柱が上がり、ハイゴブリンの全身が炎に包まれる。
ハイゴブリンは弱々しく苦悶の声を上げ、膝から地面に崩れ落ちると、パリィンッと結晶体になった。
ハイゴブリン達だった結晶体が、経験値としてジスに吸収される。
「……ガフッ」
ジスは、地面に落ちたそれが血塊であると認識した瞬間、意識が朦朧とするのを自覚した。
「……ジス!?」
とても立っていられず、その場で倒れ込んだジスを見てカレンがジスに駆け寄る。
どうやら血を流しすぎたようだ。
「まだ……まだ、終わってない……」
震えながら顔を上げ、洞窟の奥を睨みつけるジスの目は黒色に戻っていた。
「いいえ……もう大丈夫よ」
カレンはそう言いながらジスの頭を膝の上に乗せ、恐る恐るジスの髪を撫でる。
すると洞窟の入り口側から、ガチャガチャと金属を擦り付ける音が響いてきた。
これは冒険者がつける鎧の音だ。
(助けが……来たのか……)
危機を脱したのを感じて、急速に意識が闇に引き摺り込まれていく。
ジスの意識が完全に落ちるその間際、
「ティア、ジスを回復してあげて。…………ティア?」
「……………緋眼の悪魔」
という会話が聞こえた。
☆
数百年前、英雄と呼ばれた四人のダンジョン踏破者がいたのは有名な話だが、その裏にもう一つ、英雄達と同時期に存在した人物の有名な話がある。
本名は不明。
強さと人気を兼ね備え、人々から愛されていた四人の英雄達に刃を向けた極悪人。
会う度に変わる髪の色と、何より特徴的なのは全てを見透かすような緋色の双眸。
国中を震え上がらせ、指名手配をかけられた大罪人の名を人々は恐れを込めてこう呼んだ。
────緋眼の悪魔と。
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