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緋眼の英雄  作者: krasiu
1/3

冒険の幕開け

見切り発車した作品なので、えっ?って思うところも多いかと思いますが、そういう時は優しくご指摘頂けると助かります。

 ガタンッゴトンッ。


「後どれくらいで着きますか?」


 小刻みに尻を打つ痛みに顔をしかめながら、黒髪黒目の少年は御者台で馬の手綱を引く男に話しかける。

 男は手綱を片手に持ち替え、ゴワゴワした髭に手を当てた。


「そうさなぁ……後二時間ってところだなぁ。んん、そういや坊主は……何のためにソライユまで行くんだ?……いや、聞くまでもねえか」


 ケラケラと男は面白そうに笑う。

 対して少年は、恥ずかしそうに頭の後ろへ手をやった。


「まあ……お察しの通りです」


「だろうなぁ。おめえさんくれーの若えもんなら一つしかねえよな」


 軽く後ろを振り返っていた男が前に向き直り、圧倒的な存在感を放つ()()へと目を向ける。

 つられて少年の目も御者台を通り越した。


 雲を突き抜けるほど高く、遠近感が狂わされるほどの巨大さと、汚れなき純白の壁が神秘性を底上げしている。

 神の奇跡(オラクル)とも、純白の乙女(ホワイト・メイデン)とも称される巨塔(ダンジョン)が少年を見下ろしていた。


 ☆


「……ろ、ジス」


「おい、起きろ!ジス!!」


「うわぁぁぁッッ!!?」


 気持ちよく睡眠を貪っていたところに急に耳元で大声を出された事で、ジスと呼ばれた少年ファジス・アレスディアは情けない声を上げた。

 また、その際勢いよく起き上がったせいで勢いのまま椅子ごと仰向けにひっくり返り後頭部を強打した。


「随分と気持ち良さそうに眠っていたな?そんなに私の授業は子守唄にちょうど良かったか?」


 頭を抑えてゴロゴロ転がっているジスの様子をスルーし、眼鏡をかけた女性が青筋を浮かべながら問いかける。


 よろよろと立ち上がったジスは、右隣で大爆笑しているガタイのいい少年と、呆れたように額に手をやっている少女を見てようやく状況を把握する。

 左隣からは、あははは……と乾いた笑いが聞こえた。


「あー、えー」


 じろりと女性の眼光が眼鏡越しにジスを貫く。

 下らない冗談でも言おうものなら、手が早いことで有名なこのサレナ・エルカドール女史に問答無用でぶん殴られるだろう。


「先生のおかげでよく眠れましグボハァ!?」


 くるっと女史がジスに背中を向ける。

 そしてそう思ったのも束の間、次の瞬間にはジスの腹部に強烈な衝撃が走った。

 背後の無人の机を巻き込みながら、ジスは吹っ飛ぶ。


 どうやら下らない事実を言った場合は回し蹴りが飛んでくるらしいと、生涯使うことのないであろう知識をジスはこの時学んだ。


 ☆


「もう!明日はいよいよダンジョンに行けるって言うのに、ジスは気を抜きすぎよ!!」


 ぷんすかと怒る赤髪の少女はカリーナ・マグル。愛称はカレンだ。


「クックック……いやー今思い出しても笑えるぜ」


「あ、あんまり笑っちゃかわいそうだよ」


 愉快そうに肩を鳴らしている少年はグレイル・ファンス、愛称はグレン。

 そのグレンを注意しているのはセレスティア・ハーデン、愛称はティアだ。


「うぐ……悪かったよ」


 この四人は、この学校に入学した時からの付き合いだった。


 冒険者育成学校。

 その単純な名前の通り、ダンジョンへ挑む者……つまり冒険者を育成するための学校だ。


 数百年前、突如地上にダンジョンと呼ばれる巨大な塔が出現した。

 どうやって作られたのか、どうやってその場所に立ったのか、様々な謎が浮かび上がったが、そのほとんどが未だ解明されていない。

 そんな不気味な存在であったダンジョンに、命知らずにも興味本位で入った者がいた。

 そして出てきたときには、両手に大量の宝を抱えて出てきたという。

 その噂が広まって以降、一攫千金を夢見てダンジョンに入場する者が後を断たなくなった。


 しかし、ダンジョンは夢と同時に大きな危険を孕んでいた。

 それが魔物と呼ばれる化け物の存在だ。

 魔物は人間を襲う習性を持っており、ダンジョン内は魔物の巣窟だった。


 冒険者育成学校は、死者が多く出る状況をどうにかしようとダンジョン内で使える知恵や戦い方を教える場所として設立されたと言われている。


「私はサラ様みたいな立派な賢者になるんだから!邪魔したら許さないからね!!」


「お、カレンはサラ様か。なら俺はガルディオ様だな!」


「ふふふっ、なら私はクラウディア様ですね」


 御伽噺にもなっている、英雄と呼ばれる四人組がかつていたらしい。


 遍く魔法を使いこなし、魔法の祖と呼ばれた賢者サラ。

 どんな攻撃からも味方を守り、またその斧であらゆる敵を打ち砕いた戦士ガルディオ。

 回復魔法のスペシャリストで、献身的に仲間を支えた聖女クラウディア。

 そして残る一人、四人のリーダーとなり、後に聖剣と呼ばれる剣で幾度も苦難を退けた勇者カイン。


 真偽の程は定かではないが、人類史上唯一ダンジョンの登頂に成功したと言われる彼らはあらゆる人々から尊敬されていた。カレンらも例外ではない。


「僕は……いいかな」


 ジスは腰に手をやりながら、そう呟く。


「うーん、ジスは短剣使いだもんね。珍しい事に」


 ジスは腰に差した短剣の柄頭を撫でながら、うん、と頷く。

 ダンジョンで使う武器は特に指定されているわけではなく、何を持っていってもいいが、その中で短剣は珍しい部類だった。


「残る英雄はカイン様だけど、カイン様は身の丈ぐらいもある大剣らしいからな」


「うん……そうだね。なら僕は英雄のように頼もしい仲間達を頼らせてもらうよ」


「おう、任せとけ!」


 ドンッと強く胸を叩きすぎて、咳き込んでしまったグレンを見て、三人は顔を見合わせて笑った。




 翌日、四人の姿はダンジョンの入り口の前にあった。

 引率としてサレナもいる。


「では、これからダンジョン演習を開始する。目的はダンジョン内の空気を体験し、慣れることだ。間違っても無理はするな。目的地は一層までだ。いいか?それ以上は絶対に進むなよ。入って一時間経ったら帰って来い。一時間経っていなくてももし危ないと思ったらすぐに戻って来い」


 ダンジョンの第一層は、通称初心者層と呼ばれており、最下級の魔物であるホーンラビットやケイブバットなどしか出ないらしい。

 初心者にはうってつけなのである。


「俺たちは先に行かせてもらうぜ!それでいいな!?」


 今日の演習は、他のクラスと合同で行われるものだった。

 横で話を聞いていたもう一つのクラスのリーダー格であるシルグ・アジャスターが興奮した様子で宣言してくる。

 すると、シルグと犬猿の仲であるカレンが咄嗟に言い返そうと前に出るが、ジスがカレンの前に手を差し出して抑え、順番を譲るように手でダンジョンの入り口を指す。


 ふん、とそれが当たり前であるかのように鼻を鳴らし、シルグはズカズカとダンジョンに入っていった。他のメンバーもそれに続く。

 一人の女の子が、入る直前にこちらに向かってお辞儀をしてきたが、手をひらひらと振って気にしていないとアピールした。


「さて……と」


 ジスが振り返ると、ガルルル……と今にも噛みつきそうな様子で睨むカレンがいた。

 身の危険を感じたジスは冷や汗をかきながら、カレンを説得する。


「は、早く入りたい気持ちも分からなくはないけど、ここで揉めても時間がもったいないじゃないか。それより周りを見てみなよ」


 不満たらたらという顔を隠そうともしないが、一応素直に言うことを聞いてカレンは周囲を見渡す。

 すると、ぱぁーっとその顔が明るくなった。


 全身を鎧に包んだ大男や、ツバ付きのとんがり帽子を目深にかぶりローブを羽織っているいかにも魔法使い然とした女性。

 他にも身軽さを優先してますと言わんばかりの軽鎧のみで二振りの剣を腰に差してる人や、パンパンの大きなバッグを背負ってダンジョンに入っていく人もいる。

 さらに冒険者だけじゃなくて、カーンッと槌で金属を叩く音や、道ゆく冒険者に携帯食料の売り込みをかける店員もいて、騒々しさすら感じる賑わいを見せていた。


 先ほどまでのカレンの目には、ダンジョンしか映っておらず、周りの景色が映っていなかった。

 しかし、冒険者の日常というのはダンジョン内の事だけではない。

 カレンが待ち望んでいた冒険の空気は、もう既に周囲一帯に広がっているのだ。

 その事に気づいたカレンは目を輝かせ、キョロキョロと顔を動かす。

 そしてもう一度ジスと目が合うとバツが悪そうに目を逸らした。


「ま、まあ私の心は広いからね!1時間くらい待ってあげるわよ!」


「ははは、ありがと痛ぁ!?」


 カレンは照れ隠しなのか、ジスの脛に思い切り蹴りを入れる。

 ジスは涙目になりカレンに抗議の視線を向けるが、カレンはさらっとスルーし、スタスタとグレン達の元へと戻っていった。


「はぁ……」


 その様子に思わずジスはため息をこぼしたが、すぐに笑みを浮かべるとカレンの後を追って、すっかりテンションが上がったカレン主催の歓談に参加した。


 願わくば。

 こんな時間がずっと続けばいいのにと、ジスは思った。


 ☆


「………遅い」


 サレナが時計を睨みながらそう呟いた。

 前のクラス……シルグ達がダンジョンへ入ってから、既に一時間半が経過していた。

 一層の最奥……二層への階段まで入り口から距離はそう遠くなく、急げば十分もあれば戻って来られるはずだ。

 もしかすると、何か問題が起こったのかもしれない。


「……ジス達はここで待っていろ。私が入って様子を見てくる」


 流石に放置はできないとサレナはジス達に待機を命じ、自身はダンジョンに入ろうとする。

 その腕をとったのは、イライラの募ったカレンだった。


「ええ!?もう一時間半も待ってるんですよ!私たちも早くダンジョンに入りたいですッ!」


 周囲の様子で気を紛らわせるのにも限界があり、予定より半刻以上も待たされたカレンは限界だった。

 むしろ我慢強くないのによく頑張ったと褒めるべきなのかもしれない。


「うーむ……」


 カレンの気持ちもわかるサレナはどうしたものかと頭を悩ませる。


「よし、ではお前らもついて来い」


 悩んだ結果、サレナと一緒にジス達もダンジョンに入る事にした。

 流石にこれ以上待ちぼうけにさせるのは可哀想だというのと、シルグ達は恐らくはじめてのダンジョンで時間を忘れているのだろうと考えたからだ。


「やったぁぁ!!」


 嬉しそうにはしゃぐカレンを見てサレナは目を細めながら、ダンジョンへ入るよう促す。

 我先にとダンジョンへ駆け込んでいくカレンにジス達も続く。

 それを見送ってからサレナもダンジョンへと入った。


 ジスが一歩ダンジョンへ足を踏み入れると、突如謎の浮遊感に襲われ、ガクンっと脳を揺さぶられるような感覚が一瞬した後、ゴツゴツとした岩壁に覆われた一本道の洞窟のような場所に立っていた。

 光源は等間隔に壁に配置された松明だけで視界は薄暗い。


 その道を真っ直ぐ進むと、一気に開けた場所に出る。

 他のみんなの姿もそこにあった。


「これが……ダンジョン」


 ひんやりとした空気と土埃の匂い。

 自分の命が危険に晒されている緊張感と高揚感を同時に孕んだ独特な雰囲気。

 冒険者にとっての……日常的な非日常。


「〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッ!!!」


 初めてのダンジョンで言葉を失っていると、突然上から形容し難い不快な音が聞こえてきた。

 咄嗟に見上げると、薄暗く視認が困難だが真っ赤に光る二つの点と翼のようなものが見える。

 魔物の名前はケイブバット。

 秀でた攻撃手段は持たないが、不快な音を出す鬱陶しさがあるので冒険者から毛嫌いされている魔物だ。


「ちょうどいい機会だ。あいつを倒してみろ」


 サレナが入り口付近で腕を組みながらそう言った。

 どうやらジス達に手を貸す気はないらしい。

 ジスはそれを信頼の証として受け取った。


(まあ、空を飛ぶ相手に僕ができる事なんて殆ど無いんだけどね)


 短剣使いのジスが、ケイブバットに有効打を与えることは難しい。

 だからこの戦場での主役は必然的に、彼女になる。


「炎の花弁よ、咲き乱れろ!灼熱花(ファイヤーフラワー)ッ!!」


 宙を舞うケイブバットへと紅蓮の弾丸が一直線に向かう。

 それを見たケイブバットが回避行動を取ろうとするが、ケイブバットの至近距離で魔法が破裂した。

 至近距離で魔法を受けたケイブバットは、フラフラと高度を下げ、パタッと地面に墜落する。


「どっせぇぇぇぇい!!!」


 ケイブバットは瀕死状態だったが、まだ息の根があった。

 それを見たグレンが、背中に背負った戦斧をケイブバットに向かって勢いよく振り下ろした。


 グレンの一撃を喰らったケイブバットは、ビキビキとひび割れていき、パリィンッと無数の結晶体となって砕け散った。

 そしてそれらの結晶体が、ジス、グレン、カレン、ティアにそれぞれ分割されて吸収される。


 この結晶体は俗に経験値と呼ばれ、冒険者は経験値を吸収する事で強くなれる。

 ジスやティアのようにもし自分が倒さなくても、パーティに所属していれば経験値を分け与えられるが、戦闘への貢献度によって経験値の配分は変わる。

 事実、ケイブバットの経験値はカレンとグレンに多めに与えられていた。


「いえーい!」


 カレンがハイタッチを求めてきたので、ジスは苦笑しながら応えた。

 ジスから見て、カレンは贔屓目抜きでも魔法使いとしてレベルが高いと思っている。

 初めての実戦で問題なく魔法を使えるのもそうだし、直撃は難しいと判断して、範囲ダメージを与える魔法を選択したのも凄い。


 グレンもそうだ。

 ケイブバットがまだ生きていることを確認すると、素早くとどめを刺していた。

 その判断力には光るものがある。


 今回出番はなかったが、ティアも素晴らしい僧侶だ。

 今もカレンとグレンに怪我はないかなど積極的に声をかけ、二人を気遣っている。

 その献身的な姿勢は見習うべきところだ。


 本当にもったいないくらいの仲間達である。


「何してるのジス?置いてくわよ?」


「あ、ごめん今行くよ」


 気づけば、みんなこの部屋を抜けて先に進もうとしていた。

 慌ててジスも追いかける。


 それからは、現れる魔物を今度はジスも参加して倒したり、サレナが一撃で倒すのを見て感心したりしながら進んでいった。

 違和感を感じたのは、四部屋目を抜けたあたりだ。


「この先の五部屋目で一層は終わりだ。ここまでシルグを見かけていないからこの先だろう」


 サレナの言う通り、シルグ達はこの先にいるのだろう。

 時間も忘れてダンジョンを楽しんでいるのだろうか。


「……待ってください」


 急にジスが声を上げる。

 サレナも含め、他のみんなはどうしたのかとジスに視線を向けた。


「何か……匂いませんか」


 ジスは自分が感じた違和感を口にする。

 何かさっきまでと違う、空気の微妙な変化。

 それが匂いなのだと気が付いた。

 洞窟特有の土煙の匂いに混じっている、少しむっとする……()()()嫌な匂い。これは、


 血の匂い


 ダンジョン内で魔物は血を流さない。

 普通の生物と体の作りが違うのだろう、死ぬときも結晶体となり砕け散るだけだ。

 つまり、この匂いの主は……


 ジスがそこまで考えたところで、弾かれたようにカレンが走り出す。


「ま、まて!カレンッ!」


 軽く舌打ちをして、ジスはカレンを追いかける。

 少し行くと、ピタッとカレンが立ち止まった。


「はぁはぁ……。待てって言ったじゃないかカレ……ン」


 カレンの視線の先には、シルグのパーティメンバーで唯一申し訳なさそうにお辞儀をしてくれた女の子がいた。

 そして、




 その体はべっとりと血で塗りたくられていた。




 ジスが女の子と目が合うと、その虚な瞳に少しだけ生気が戻る。


「あ、た、たすけ……」


 その言葉が続くことはなかった。


 ぐちゃりっ


 女の子の頭の上から重量のある何かが振り下ろされ、ただの肉塊へとその姿を変容させた。

 女の子を中心に血煙が舞い、むせ返るような匂いが辺りに充満する。

 生命を否定するその匂いに、ジスは堪えきれずその場で嘔吐した。


 ギヒッ……ギヒッ。


 手に歪な形をした棍棒が見えた。

 全体がドス黒く染まり、今もまた新しい塗料を足したところだ。

 通常、得物を扱う魔物は三層以降からしか出現しないと言われている。

 そんな魔物の代表格。


「……ゴ、ブリン」


 ジス達は目の前で醜悪に嗤う、狡猾で残忍な魔物(バケモノ)と対峙した。

面白い、続きがきになると思っていただけたら感想、ブックマークよろしくお願いします。

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