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転生したら制作途中の乙女ゲームだった件  作者: 桐生 楓
第二章
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episode03:魔法使い1年生

「....、そんな顔しないでッ!」


 翌朝、自分の情けない寝言で目を覚ました。

昨日の地獄のような空気を思い出して、背筋を寒気が走る。まさか夢にまで見るなんて...悪夢だ。


「私はいつもこのような顔をしていますよ、姫様」


 カーテンを開けながらそんなことを言ってくる理想のメイドさん、もといネリネにため息を付きながらベッドから起き上がる。昨日は名も知らぬメイドさんだったが、ここが「ななまほ」の世界ならば、彼女の名前はネリネだとすぐわかった。ダイヤモンドリリーとも呼ばれる宝石のような花の名前からとった、私の隠れ推しキャラの一人だ。


「寝言にちゃちゃを入れるなんて無粋よ、ネル。」


「失礼しました姫様。朝食に姫様のお好きなワッフルをご用意しておりますので、どうかお許しください。」


 そういってわざとらしくスカートの端を持ってお辞儀をする。主人であり、名付け親の私にたいして酷いメイドもいるもんだ、とじゃれ合うような文句を頭の中で言いながら、食堂へ向かう。

 この浮ついた足取りは断じてネルとの会話が嬉しかったのではない。ワッフルが楽しみなだけなのである。





「さぁミラ。レッスンの時間だよ。」


 今日も今日とて魔法練習である。若干疲れているようなアルビレオを前に、自分から触れに行きたくないが、無邪気を装って質問をする。


「ごきげんようアルビレオ。目の下にうっすら隈があるようだけど一体どうしたの?」


 聞きたくない。聞きたくない聞きたくない聞きたくない。


「んー、昨日は君の時間を半日も無駄にしてしまったことを反省してね。一晩机に向かって考えていたんだ、君がどうやったら魔法を使えるのかを。」


 あーーーーー!ごめんなさい!!!!


「....そう....。」


「...っあ、違うんだよミラ。昨日のは俺の教え方が悪かったんだ。仮にも君を導く立場を任されているんだからね。考えるのは私の仕事だ。」


 人の心を一番えぐるのは、善良な人間の悪意なきフォローかもしれない。弱い弱い私の心を押し込んで、ミラとして口を開く。


「それでも申し訳ないけれど..感謝するわアルビレオ。私のためにありがとう。」


「どういたしまして。それでね、昨日の君は全く、魔力を動かせられなかったから、」


 うっ。また心が痛む


「魔力っていうものがどんなものなのか、わかっていないんじゃないかって思ってね。だから魔力を実際に流して見ようかと思うんだけど...」


 そこまで言ってアルビレオは私の前に居直り、私の左手を自分の左手に引き寄せた。そして真剣な表情で私の目を見つめてくる。


 ―――ッ近い近い近い!!画面越しでないイケメンの破壊力は恐ろしい。それもこんなふうに真正面から見つめられたら尚更だ。


「な、何を…」


 私が言葉を言いかけたところで心臓の辺りが次第に熱くなる感覚が伝わってくる。アルビレオは空いていた右手で炎を出してみせた。


「ミラ、わかる?今、君の内側にある魔力を左手から私の方へ流れるようにしているんだけど…。」


 私はアルビレオの手が重ねられた左手をみる。

確かに自分の内側に籠った熱がアルビレオの左手を介して流れていっている感覚がある。これが魔力…。前世も含めて魔力の流れなんて初めての体験でなんだか感動してしまう。


「昨日考えたが、君の魔力が内にとどまっているのは、そもそも魔力を流す行為自体を今は自分で行えないからかもしれない。ペンダントが壊れた以上、君の魔力は今も増加しているはずだから、私が一旦魔力の流れも含めてやってみたんだ。」


 にっこりと紳士的な笑顔を絶やさないアルビレオの顔には疲労の色がみえる。本来魔法使いは自分の内側の魔力を使うため、他者に干渉して自分を魔力の媒介とするには相当の技術が必要なはずだ。学院主席の彼だからこそできる芸当だろう。


 徹夜の君に向かってミラを演じてひどいこと言って本当、ごめんーーーーー!!!心の叫びは所詮心だ。若干泣きたくなってきた。


「あの...ありがとう。感覚、たぶん分かってきたわ。」


 目頭が熱くなってきた。ちょっと泣きそうな声がでる。いや、私が書いた主人公でもたぶん泣きそうになるから許容範囲だろう。だって彼は最初からミラの命まで考えてやってくれているのだ。


「そっか、良かったよ。」


 アルビレオはそう言って左手を離す。その瞬間、左手から心臓に向かって自分の熱が冷めていく感覚を感じた。


 私が自分の左手を見ていると、今度は頭の上に温かさを感じる。何かと思い、顔を上げると優しく笑いながらアルビレオが頭を撫でていた。


「な、なな…!!」


 ―何を!またもや奇想天外な行動をしでかすこの男。世が世なら、顔が顔なら事案である。これほど秀美な顔に設定した私に是非感謝してほしいものだ。


「あっ、ごめん。つい弟に昔やってた癖が...。」


 彼が言っているのは最初に会った3人を攻略したあとに出てくる風の魔法使い、アルキオーネのことだろう。隠しもしない私の好きを詰め込んだ推しキャラでもある。


 頭の上から手が離れ、仕切り直しだというようにアルビレオが息をつく。


「じゃあ、さっきの感覚を忘れないうちにミラも魔力の流れをもう一回おさらいしようか。」






「行くわよ...」


「うん。いつでもどうぞ。」


 だいぶ低くなった太陽が庭園を朱く照らす夕方、一日練習した成果をアルビレオに披露する。

すぅっと深呼吸をし、胸の熱に意識を向ける。大丈夫、感じられる。

その熱を左手に流し、手のひらから熱を、炎を―――放つ。


「――また、眠れない日が続きそうだね。」


 やはり意気込みだけでどうにかなるものではなく、出来ないものは出来ないのである。

昨日と同じような沈黙に、アルビレオが困ったように笑う。

しかし、昨日と今日は決定的に違うのだ。


「っ待って!」


 席を立とうとするアルビレオの手を、私は慌てて掴む。


「どうしたの?今日はもう、―――熱い?」


「そう!炎は出せなかったけど、熱は出せたの!魔力、動かせてると思う!」


 きっとこの成果はアルビレオの求めるラインに全然届いていない。それでも私には大きな進歩だ。

なにより私のために寝ずに考えてくれたアルビレオの努力を無駄にしたくなかった。


「はは。一日やって、これって...ふふ。」


「これが今日の精一杯なの!でもこれは大いなる一歩だわ!あなたのおかげよアルビレオ!」


 私がそう言うとアルビレオは笑いながら、また私の頭を撫でる。


「よく頑張ったね、ミラ。君があきらめなかったからだよ。」


 今日は私も良く眠れそうだ、ありがとう。そう言ってアルビレオは昨日より少し嬉しそうに帰って行った。



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