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1.クビになった男が一人

1.クビになった男が一人


 「キミ、クビになってよかったよ。」

 いきなり何を言い出すんだこの男はと思ったが、今の僕は反応できなかった。自業自得反面と、八つ当たりできない僕の心と体が存在したからだ。

 確かに会社をクビになったのは僕のスキル不足と、コミュニケーション不足にあるだろう。転職して入った会社の雰囲気、働き方になかなかなじめず、ハードな内容のスキルが要求され、何を相談したらいいのかわからなかったためだ。それでも、苦手なコンピュータの業界で、前職の会社から通算しての、からの社会人になって数年間、よく働いたと思う。

 会社としても、試用期間のような契約社員を何か月も良く続けたと思う。要らないという声も僕の耳に入っていたのだから、だから、最後の数か月間は何をしたらいいのかやる気がわかなくなっていた。

 しかし、『クビになってよかったよ』発言は驚いた。普通だったら、人間性をさらに全否定されたかのようにブチぎれるかもしれないが、今僕がいる場所がこれから、この問題発言をした男の口からこの後どんなことが語られるか想像がついていた。その発言を聞いただけで、頭に血が上ったのではなく、体が震えていたのがわかった。

 ここは病院の診察室だった。

「うつ病の陽性反応有、不整脈有。薬でしばらく様子を見ましょう。」

問題発言をしたその医者は、こう続けた。まさに不幸中の幸いでしたね。というような表情で。

「再度転職活動をすぐに実施して、新しい会社に勤める選択肢もありでしょう。お金が要りますから。しかし、これを機に一定期間体を休めることも自分からは提案させてもらいます。再就職して、もしもクビになった会社と同じような環境の場合、容体はさらに悪化する、もしくは一度治療しても、また再発するリスクがあります。特に不整脈が悪化した場合はどうなるかわかりますよね。」

 医者はすぐにでも、転職活動をしたい僕の心を悟ったかのように、落ち着いた口調で話しかけた。

「とにかく薬を処方しときます。無理をしないように。」

 医者の言うとおりだった。確かに、何もやる気も出なかったし、動悸も職場へ行くたびにひどくなっていたのだ。


 ここは少し休もう。そう思って、母さんに相談した。

 すると、母さんは次の仕事を持ちかけてきたのだった。

「そういうことなら、次の仕事あげるよ。療養がてら、ここへ引っ越したらどう。ここの家で仕事ができるよ。」

 一枚の紙が母さんから渡される。

 そこに書いてある住所は、3年前に亡くなった祖父ちゃんの家の住所だった。

 祖父ちゃんの家は、千葉の外房にある大きな農家だった。広い田畑には、祖父ちゃんが毎年たくさんの野菜を育ており、傍の海では祖父ちゃんがほぼ毎日船を出して、魚を取っていた。そして、たくさんの野菜と魚を自分の家に届けてくれた。家も広く、母屋と離れが存在し、母屋の長い廊下でよく走り回ってた。そして、広い外の畑で遊べと祖父ちゃんに怒られた。まさに、和風の農家の家だった。

 確か、亡くなる2年前に癌が発覚し、入院する前まで、その広い家に一人で暮らしていたっけか。

 そう考えると5年間も空家の状態だった。今、僕も、母さんも東京に出てきており、隣県であっても、外房まで行くと交通の便があまり良くなく、生前も年に数回遊びに行く感じであった。亡くなってから、いや、入院してからは、それこそ僕は祖父ちゃんの家へ行っていない。おまけに現在は僕も両親の元を離れて一人暮らしをしているのだから、祖父ちゃんの家の現状を知るはずもなく、空家の状態と僕は認識している。

 なるほど、あの広い空家の掃除と管理、そして、一からだけれど畑の野菜つくりをもう一度すればいいのか。野菜つくりなら、祖父ちゃんが話していたし、祖父ちゃんの家に遊びに行った度に、祖父ちゃんから教わっていたから、大丈夫だろう。漁の方も、祖父ちゃんが船に乗せてくれて、海で魚の漁をしていたところも見ていたのだが、亡くなった時、肝心の船を売ってしまったため、漁の方はできないし、かつ船の免許も持っていないので、出来るわけがないが、日々の掃除と野菜つくりだけでなら、なんとか生活のやりくりのめどが立った。だが、毎日見てきたわけではないし、仕事も毎日手伝ったわけではないので、不安だったが、生活できる保障があると分かったため、母さんの提案に同情した。

 房総の自然の中での一人の病気療養生活。悪くない。心も体も元気になって、いろいろ資格を勉強して、また、数年後、東京で再就職しよう。そう思った。


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