綿毛(たんぽぽ)2
馬車の中で、シロンが調査結果を色々説明してくれる。
「私も現地で確認しましたが、顔はやせていましたし、髪の色は白髪になっておられましたが『レミー様』に間違いないと思います。」
その言葉を聞いて安心するとともに、早く会いたい気持ちが大きくなってくる。
「どんなことが、レミー様に有ったのか……それを聞いていいのか……、でも今の私も……」と呟いていた。
「それと正教会を物凄く警戒しているようなので、近くに馬車を止めて歩いていきます。」
「正教会の者と分かると会うことすら出来ないかもしれません。」
「そうそう、そこでは、レミー様は「ねこ」と名乗っておられます。」
「そして周りの者は、彼女たちの「はは」と言う意味で「ねこはは」とか「ねこまま」とか呼んでいるようです。」
その話を聞いて、少し安心した。
「皆に慕われているのでしょうね、昔から人の世話が好きな人でしたからね」
「それと『そういう商売』ですから『そういうこと』をするかどうかは別で、会うためにお金が必要ですので準備しました。」
「1夜の密会で30セルマですので60セルマを渡しておきます。」
私はローブを羽織り、顔を隠すようにして、馬車を降りて「ねこ」の居る所へ向かう。
そして掘っ立て小屋とも言えない粗末な小屋の前に立った。
これは本当に人の住む所なのか?
細い木の柱のようなもので支えているが、筵で屋根をつくり、同じく筵で周りを囲い、床は無く下に筵と布団が引いてあるだけの場所だった。
夏は暑く、冬は寒いだろう........「こんな所で暮らしているなんて……」
突然私たちは娼婦たちに取り囲まれ「『ねこはは』」になにか用事でしょうか?」と詰め寄られた。
私は毅然と「会って話がしたいだけです」と答えた。
代表して話している女が「なるほど女性ですね、まあ、そういう趣味の方もくることもありますが」
「でも正教会関係の方なら帰ってください、私たちには正教会は必要ありませんからね」
私は、「聖女ではありませんし、正教会とも縁はありません」と答えると、
代表者の女は「そのローブやその下に来ている衣装は聖女が身に着けるものですよ。」強く言い寄って来た。
私は、ローブを広げ腕を見せて「私は元聖女です、ごらんの通り聖痕は消えてます。」
「剣も武器も持っていませんし、元聖女なので魔法も使えません」
「ついでに言うとお荷物ですから、正教会からも縁を切られました」と笑いながら答えた。
誰が言うともなしに「エイル様?」という小さな声と「亡くなったのでは」という声が複数聞こえてきた。
代表していた女は納得したのか「こちらにどうぞ」と案内してくれた。
粗末な小屋の中にその女は居た、
「あれま珍しいね、今日のお相手は女ね。」
「女でも色々楽しませる方法は知っているから、支払った分楽しませてあげよう、決して損はさせないよ」
「これで足りますか?」と60セルマ払おうとしたが、「ねこ」さんは怒り始めた。
「馬鹿にするんじゃないよ!!多く貰っても嬉しくはないんだよ、私は物貰いじゃないわよ」
なんだか懐かしくておかしくなってきた、「シロンと2人分のつもりよ、でも相変わらず自分の思う正しいことには厳しいですね。レミー様」
「何のことかしら、レミー様って数年前に死んだ聖女でしょ、私の名前は『ねこ』よ」
「しょうがないわね、2人、でも、まっ、今夜だけなら相手してあげるわよ」
「それと30セルマだけ貰っておくわ」と30セルマを返してくれた。
「本当に話だけで良いの?、色々と楽しいことも出来るのよ?」とか言いながら左手が顔をさすってきた。
揶揄われていると思ったが「いえ、結構です」と顔を赤らめてしまった、
『ねこ』は「ふふふ、幽霊が幽霊に話をするなんて、本当に滑稽なことね。」と小声で呟いた。
「エイ……お客さん、少し臭うね……」
「もしかして監禁部屋にいたんじゃないの、かわいそうに、そこの川で水浴びするかい?」
「夜だし、誰も見やしないさ安心して水浴びしておいでよ、石鹸と髪石鹸は2セルマだけどおまけしておくよ。」
お言葉に甘えて、水浴びをした。
月明かりが優しく照らす川に入り、水は少し冷たかったが心地よく、風もさわやかで、久しぶりに生き返った気分だった。
レミー様と一緒に野外戦闘訓練をしていた時のことを思い出した、最近なかった心休まる瞬間だった。
少しして、「ねこ」さんは「私の知っている『聖女レミー様』に関して話せること……」と話を始めた。
「まず、聖女ってなんだと思う?」
「誰だって、聖女になりたくて、聖女に生まれる訳ではない」
「生まれたときは皆一緒だった、でも聖痕が現れ聖女になる。」
「『神に選ばれた』それを喜びとして精一杯『聖女』として生きる。」
それを聞いて、「私も同感です、本当に嬉しかったし精一杯頑張ろうと思ったものです」と答えたが『ねこ』は「実は、それは見せかけなのさ……」という。
「聖痕が現れなかった友達は、レミーに聖痕が現れたとき、レミーのことが羨ましそうだった」
「でも今になって思えば、あの子たちの方が『神に選ばれた者達』で偉大なんじゃないかと考えるようになったよ……」
それ以降は続けてくれなかったが、レミー様自身の話に戻り。
「聖痕の現れたレミー様は正教会に引き取られ、光栄にも聖剣に受け入れられた」
「結果、回復薬の作成や傷ついた人を癒すのではなく聖戦騎として訓練を受け聖戦騎となった」
「いくつもの聖戦を精一杯戦い、自分の正義を貫いていった。」
「そして沢山の戦績を上げ、誰もが認める聖戦騎になった」
「ここまでは在り来たりな誰でも知っている話ね。」
「ある日、新しい聖戦騎候補が3人来た、その内一人の才能にレミー様は驚いたよ」
「訓練とは言え、どんな難しいことも吸収していき、聖剣を持たせると、レミー様以上に本当に自分の体の一部であるかのように使っていた」
「その子は本当に神に愛されていると思えた、それが『エイル』という子だった」
「レミー様は、エイルに教えるのが楽しかった、そしてまだ沢山教えなければと思っていた」
「でも現役の聖戦騎であるため聖戦にも参加していた。」
「ある時、レミー様は、聖戦の最中に、戦闘している近くにいた子供を助けようとして、敵に聖痕のある右腕を切り落とされてしまった。」
「そう聖痕のある右腕を失うと聖女の能力が消えたのさ。」
「あっけないものよね、簡単だよ聖痕が無ければ聖女の能力って使えないらしい」
「その後は、なぜか正教会の暗い部屋に鍵を掛けられ監禁されたのよ……。」
「暗い窓のない部屋の中で何日も何日も独りぼっちで過ごすことを強いられた……」
「たまに司教が『縁談がある』とか言って来るが『親のところに帰りたい』と言い張って、縁談も断り続けたのさ」
「でも、ある日、司教は鍵をかけ忘れていた……」
「監禁されて精神的に参っていたのかな、馬鹿だよね、聖戦騎にあるまじき失策だと後悔している」
「そんな罠に簡単に掛るなんて……レミー様は疑うこともせず、罠にはまった........」
「監禁された部屋を抜け、レミー様は、侍女のクリスティンの所へ行った。」
「クリスティンは最初戸惑っていた、何故ならレミーの葬送の儀は終わり、既に死んだことになっていたから……」
「でもクリスティンは正教会に招かれた頃から侍女であり、直ぐに親友になった中だった、だからレミー様のいう、監禁されていたとかいう滑稽な話を信用してくれた。」
「そして逃げるために必要なものとお金を貸してくれた、それを持ってレミー様は故郷を目指して逃げたのさ……」
「私もクリスティンには世話になりました。」
「でも、レミー様が無くなった後、少しして病死したと聞きましたが・・・」
ねこは悲しい顔をして声を詰まらせながら話していく。
「……病死ね……」
「あの時、会いに行かなければ……」
「そうさ、私が殺したのさ……」
感情の高ぶりか、この時初めて「レミー様」という言葉ではなく「私」という言葉になった。
「故郷を目指して、チェリサス山の麓で追っ手に追いつかれた。」
「奴らはニヤニヤしながら『ここで死んで貰います。大丈夫ですよ、既に葬式は済んでいるからね』と言っていた。」
「『そうそう、侍女に色々聞こうとしたんだけど、最後まで何にも言わなかったよ。』
『侍女は超絶美人だったから、結構楽しませてもらったけどね』と追っ手の男たちは、にやけて笑った。」
「『知らなくても良いことを知ってしまったからね、こんなことになったのさ』と、一人の男が持っている包みをほどいたその瞬間、レミー様の心臓は止まりそうになった」
「その中に包まれていたのはクリスティンの首だった。」
「その顔は、まるで目から血の涙を流しているようだった。」
「レミー様は悲鳴に近い声をあげながら、それを奪い取り、胸に抱えてしゃがみこんで、泣き崩れたのよ、『自分のせいだ』とね」
「クリスティンは侍女だけど掛け替えのない親友だった、その親友が……」
「本当に心が悲鳴を上げるほどの激痛を感じていた」
「その後は、たぶん剣や槍で何度も刺されたりした、でも追っ手にどんな酷いことをされても、心の感じる激痛が大きすぎて、感じることは無かった。」
「結局、相当な出血をしながら、川に捨てられたんだろうね」
「気が付くと、今いる場所に流れ着いて、ここの娼婦たちに助けられていた。」
「聞くと川は真っ赤だったと教えてくれた」
「クリスティンは、そこにある娼婦たちの共通の墓に埋めて供養してくれていた。」
「そして全く動けなかったレミー様が、動けるまで娼婦たちが順番に回復魔法をかけ続けてくれた」
「でもクリスティンのことが頭から離れず、毎日泣いた、動けるようになっても墓の前で泣いた。」
「恩知らずにも、助けてもらった人たちにすら、『なぜあのまま死なせてくれなかったのか』と詰め寄ったりもした。」
「そしたら、レミー様を本当に助けたのは『クリスティン』だと言われたのよ。」
「クリスティンを胸に抱き続けていたため、追っ手は、レミー様の心臓を直接狙えなかったらしく、致命傷を免れたらしい。」
「その話を聞いて、いつまでも墓の前で泣く日々が続いた」
「ここの人は誰もそれを責めたりしなかったし、それどころか『なにも出来ないレミー様』の世話を甲斐甲斐しく焼いてくれたのよ。」