プロローグ それでも……
失ってしまった聖女の能力、そして正教会に対する不信感。
元聖女は『聖女の能力を失った』だけでなく、普通の人が使える魔法も使えない『物凄く弱い存在』
現在の選択肢は正教会の申し出があった、エルミーナ卿との婚姻ということなのだろうか・・・
あの教義の厳しい正教会が、「能力が無くなったから普通の女として『婚姻』をして幸せになれ」というのは怪しいし、そんな話は聞いたことがない。
いや、そんなことはどうでも良い。
本当は、みんなから何度も言われる『神から見放された』という言葉への絶望感。
「そんなことはない……、誰か助けて欲しい……」
今、私は最初は作り話と思っていたメイドのサミエールが幽霊の話をしていたのを思い出し、その噂を確かめるために娼婦が流している河原の裏通りを訪れている。
半信半疑だったが、サミエールの話は本当だった。
いや、もしかすると、これは夢なのかもしれない。
夜の薄暗い月明かりの中で私は片腕の幽霊に「ある聖女」のことを聞いている。
「こんなところに、女一人で来るなんて、さすが聖戦騎エイル様」
「でも、あなたの探している聖女レミー様は死んだんじゃないの?
だって正教会が盛大に葬送の儀をやっていたじゃない。」
私の先代の聖戦騎である「聖女レミー様」その名は忘れたことはない。
私を聖戦騎として育ててくれた恩人だった。そして悲しい別れがあった……はずだった。
なのに、今ここに居るのは幽霊ではない、そして別人でもない、長年一緒にいた私には断言できる。
しかし、彼女は、レミーとは名乗らず、ここでの名前「ねこ」と名乗る。
「今、聖女レミー様に関して話せることねぇ ……」
「誰だって、聖女になりたくて、聖女に生まれた訳ではないのよ。
生まれたときは皆一緒だったわ、でも聖痕が現れ聖女に選ばれた。
それを喜びとして精一杯聖女として生きてきたのよ。」
「ある時、レミーは戦いの中で聖痕ごと右腕をなくした、そして聖女の能力が消えた」
「そして『聖女の能力』を失ったと知ると『神を冒涜したんだろ』とか『神を裏切る行為をしたに違いない』とか裏でいろいろ言う人が居て、いろいろ悪いレッテルを張られた。」
「そして正教会も『神の加護を得られなくなった者』という理由で、あっさり『縁を切る』と言い渡された。」
彼女の、その後の話は悲惨の一言だった。
英雄として死んだことにされて、実際には生きていられると困るので、命を狙われ死にかけたようだ。
しかし、それに続く言葉は私をさらに驚かせる。
「実はここには、『いろいろな理由で能力が無くなった元聖女』が身元を隠して集まっている」
「驚くことじゃないわよ、聖女の能力を失ってしまった元聖女が殆ど存在しないと思っている方がおかしいのよ」
「そして、ここ以外にも隠れるように住んでいる元聖女、奴隷に売られた元聖女、レミーのように命を狙われている元聖女とか、悲惨な元聖女達が沢山いるのよ」
「多くの人が『元聖女』というだけで『神の加護がない』『神を冒涜した者』という理由で人の中で生きることすら許されないらしい。」
「おまけに、そういう『元聖女』には何をしても許されるという考えを持っている輩は多い。」
「元聖女が、どんなに惨めでも、私たちは生きることを選択している。」
「それは『自分を聖女に選んだ神』を信じているから……」
「馬鹿だと思うでしょ?……未練よね?…………、でもいつか……」
この時、私の疑問はハッキリした。
私は今までと同じだ、なにも変わっていない。
そして私が信じ仕える『神』も変わっていない。
たぶん、正教会で教えられた『神』ではなかったようだ。
そう私の『神』も、彼女たちと同じで『私を聖女に選んだ神』だ。
生きていること自体が『神の加護』なのだ。
生きていることで何かが出来るのではないか……
そして、ここから長い話が始まる。