4.わらしべの歌
時間によって人の巡りは変わるものだ。
朝に探して振るわなくとも夜に好転することがある。逆もまたしかり。
意気揚々と二人は情報を集めに街に繰り出した。
「情報、ありませんね」
「ですねぇ」
茶店の長椅子にならびながら、二人は揃ってため息をついた。
そっと流し込む茶は香ばしく、喉を潤していく。
コトコト回る水車と柔らかな風に耳を澄ませる。
そしてポツリと、少女が呟いた。
「先生。あの職人さんを一人にしていいんですかね」
「寝てる間は来ないようから大丈夫でしょう」
「不思議ですよね、起きている間だけ襲われるなんて」
「今回からみるに、生活時間が狂っているだけともみれますが」
「たまたまですよ。解決したらすぐに戻りますって」
職人はあの晩、夜食を腹に納めるなり寝入ってしまったのだ。
起きて、材料を新たな部屋に移しては部屋にこもりすぐ寝入ってしまう。
ああも派手な隈を作る生活はさすがに不味いだろう。
ようし、と意気込む少女に、そっと先生がささやく。
「それにしても」
ピクリ、と少女の顔がひきつり、
「怒ってましたねぇ」
先生は頭を掻きながらあっけらかんに言い放って。
少女がぐうの音もなく頭を抱える姿に、笑った。
耳の痛い話をチクチク言うのは、先生のお決まりの行動だ。
落ち込む姿が”いい”のだと言う。
いまも喜色をこらえきれずに、口端が微かにつり上がっているだろう。
なんと悪趣味だと、少女は思う。
それでも落ち込むことは避けられない。
屋敷の惨状に反省しきりなのは確かだから。
影の怪物に荒らされた部屋は、壁がぶち抜かれて大部屋となってしまっていた。
踏み荒らされた材料はことごとくが壊れ、数少ない生き残りも傷をこさえてしまっている。そうなっては商品にはならないそうだ。
もう慣れたと職人が笑うなか唯一不満を示したのは、壊された両手ほどの小さな木箱。
いたわるようにそっと抱えあげたかと思うと、そのまま新たな部屋にこもってしまった。
箱の中身を聞く暇もなかったのだ。
「三味線の命と言っていましたが何でしょう」
「おや? わからない。本当に?」
ひきつったような、上擦ったような。すっとんきょうな声を先生は上げる。
唖然とした顔と心底残念そうな眼差しに、少女は椅子の上で後ずさった。
「なんですか、なんですか!」
「そっか、いや、そうなのかぁ」
「はっきり言ってくださいよぉ」
これ見よがしに、先生はため息を重ねる。
「さっさとぶっとばせればばよかったんですよぉ!」
「まあまあ。職人の命があるだけいいじゃないか」
けらけらと先生は笑い、少女の頭を撫でた。
「よく作品は残るというが、それは死んだあとの話さ。"腕"が残るのが一番だ」
「やめてくださいよ、先生」
揉みくしゃになりそうな、乱暴な手つきに抗議をあげようとして、
「せんせい……?」
ふと見上げたその瞳は、どこか遠くを見つめているようだった。
「……ここの団子、包んでもらうか」
「ご機嫌取りですか?」
「うまいもんは、分けてやりたいじゃあないか」
唐突な言葉は、どうにもぎこちない物言いだった。
少しは申し訳ない、と思うこともあるのだろうか。
────ならそもそもやらないでほしいけれどね。
少女のため息をよそに、おうい、と茶屋の老婆を呼び寄せる。
「団子をな、いくらか包んでくれ」
「はいはい、あんたたちの分もね」
「分”も”?」
おや、と首をかしげた時。
「ずいぶん元気なさそうねぇ」
背後から、歌うような声がした。
振り向けば、それは弾き手だった。
声も弾み、鼻唄まで奏でている。
「そちらはずいぶんご機嫌なようで。なにかありました?」
「なあに、こっちのことさ」
そう言って二つの包みを胸に抱く。
ひとつは昨日もあったもの。恐らく三味線。
だがもう一つも同じように結構な量だが、何をくるんでいるのか。
「ずいぶんと行き詰まっているみたいだねぇ」
「ううむ。行動範囲は広いようで存外種類は少ない。材木屋、三味線に弦、革など。ほとんど三味線に関係あるものばかりだ」
確認するように、先生は言葉を重ねる。
「三味線回りにはやましいことはなにもない。この騒ぎこそがやましい位だ。だからといってもとの長屋や回りの人に聞いても、浮いた話もない。これじゃあ手詰まりだ」
ため息混じりに首を振り、顔をあげた。
そこにいるのも、その道の関係者だ。
「せっかくだしあなたからも話を聞こうか。彼のことで何か知ってるかい?」
問いに、弾き手は面白そうに笑みを浮かべた。
「そうさねぇ、こんな話は知ってるかい?」
首をかしげる二人に、得意そうな顔つきで続ける。
「あいつ、いい人いるって話だよ」
「そこのところ詳しく」
ぐい、と迫った少女に弾き手も悪戯じみた笑みを浮かべて。
「まったくなぁ……」
楽しそうならまあいいか、と先生は一人茶をすすった。
◆ ◇ ◆
女は三人よらずとも。
メジロが花をついばみ、スズメがさえずる。
茶の香りをのせ、のどかな春風が吹き抜けていく。
手に乗るスズメと戯れていた先生の耳に、ささやくような弾き手の声がのった。
「──それじゃあね」
「おや、もういいのかい?」
「あなたたちはまだお仕事中でしょ? 邪魔しちゃ悪いじゃない」
私はこれから宴席だね、と跳ねるように去っていく。
のんきに手を振る少女の頭を撫でて、先生は立ち上がった。
さあて、と伸びをひとつ。
きしむ体に鞭をいれると、また声がかけられた。
今度は茶店の老婆である。
「ちょっとあんた、お代もらっとらんよ」
「ああ、包んだ団子の分」
取り出した銭を渡すが、老婆やおら首を振った。
足りないらしい。
「茶のほうは最初に払ったはずだが」
「さっきの姉さん、知り合いなんだろ?」
だから、と差し出す手と共に告げたのは。
思わず目を丸くした先生は、肩を震わせる。
「あの包みは団子かぁ!」
腕に抱えるほどの包みだ。どれ程入っていたことか。
吠える先生の後ろで、少女はそっと串を隠した。
◆ ◇ ◆
「だいたいねぇ、あんな離れで手伝いもなしってところで怪しかったんです!」
「全く……これじゃあ足が出てしまうよ……」
「まだ言ってるんですか!?」
「そっちこそまだ言うのかい?」
ぶつくさと言いながら、二人は足を進める。
二人が向かうのは町の外れにある家だ。
弾き手曰く、職人に"浮いた話"が一つあるのだと言う。
相手はそれなりの家のお嬢さんだそうだが、
「というか、だ。昨日はそんな話微塵も出なかったんだが、どこから出たのか聞いたかい?」
そう問われるなり、はしゃいでいたはずの少女が、しぼむように静まっていく。
どうしたのかと先生が怪訝そうに覗きこむと、濁らせた表情で、口を開いた。
「……出会いのきっかけ、あの人だそうですよ」
ポツリ、と呟かれた言葉に、せんせいもげんなりとして空を見上げる。
「おいこれ、仕込みじゃないだろうなぁ……」
「さすがにそれは無いと思い、たい、です」
少女も言葉を濁らせて。
ため息が、二つ響いた。