おつまみ
「それにしてもなぁ。まーっさかあのマグナムが、大物連れて帰ってきたかと思えば、世界を巡る旅に出るだなんだ言い出すとはなぁ」
この町に着いて早5時間と経ち、舞は腹を満たしてカウンターに伏して眠り、マグナムは酔い潰れ床に転げていびきをかく。
時刻は深夜2時。町は静けさに包まれ、酒場さえもカウンター上の灯以外はすっかり眠りについている。
「貴方は酔わないのだな」
灯の下の静寂に言葉を投げる。一方ジェイは、能力で宙に酒を生成しては自分のグラスに注いだ。
「自分の酒にゃあ酔えねえもんなのよ。そう言うお前さんも散々飲んでるのに、シラフみてえな真面目っツラしてんじゃねえか」
「酔いは回っている。ただ、何も忘れられないだけだ」
「あーあ、お前さんみたいのは酔わせりゃ何かとボロが出るもんだと思ってたんだがなぁ。つまらねえ野郎だまったく」
「ボロは…出ているかもしれない。先ほどから、色々吐き出しそうなんだ」
「…頼むから吐き出すのは愚痴だけにしてくれよな。ここは毎日毎日荒らされるもんだから、片すのは軽くしかやってねえんだ。手間増やさせないでくれ」
「大丈夫だ。気分は悪くない」
また、会話が途切れた。静けさが漂い始めてから、記念すべき10回目の静寂だ。
それでも両者とも、傍の小菓子をつまみながら刻々と過ぎる時間の合間に小話を入れ続ける。飲み比べをしているのか、ただ眠る気が無いだけなのか。
「なあ、伝達屋。情報交換しねえかい。オレはもう50過ぎた身だ。お前さんに役立つ情報が出てくるかもしれないぜ?」
「断る」
「即答かよ」
「酒場で飛び交う、根も葉もない噂話を話されようとも、役には立たない。こちらが損するだけだ」
「へっ安心しな。俺はーー故郷を捨てた身だ。とどのつまり、元旅人なのよ」
「故郷とはどこだ」
「おーっと、これ以上言っちゃ面白くねえ。ギャンブルだ。この数分間、無駄になるか、はたまたいつかの命拾いをすることになるか」
「…言伝に関する機密を話すことは出来ない」
「それは構わねえよ。お前さん自身の話でもなんでも、ぐだぐだ聞かせてくれれば充分だ。ねんねんころりよ、ってな」
どうやらジェイの方は眠りにつこうとしているらしい。
「俺の話なんて聞くに足らないと思うが」
「んじゃ旅の話をくれ。この雪国の奥の方…ダグラットやらピスクなんかは噂程度しか知らねえんだ」
「興味あるのか」
「ねえよ。眠れるくらい退屈な話でいい」
「わかった。契約成立だ」
彼の拳の上で酒が舞ったかと思うと、サイコロの形に姿を変えた。
「“ダイスラック”。知ってるだろ?」
「ギャンブルの都か。随分遠いな」
「ああよ。地図なんて物は無えから2年は歩いた。まあ、連れが弱っちかったこともあるがな」
「連れがいたのか」
「2人な。さっきここで働いていた赤髪と、今そこでガーガー寝てる黒髪さ」
男が見たのは床の方だった。
「マグナム…」
「こいつに会って何もかも変わっちまったよ。故郷を捨て、ギャンブル生活を捨て、終いには女も捨てた」
「マグナムの何が、あなたを動かしたと言うのだ」
「言葉だ」
「言葉?」
兄が死んだ。弟が死んだ。姉が死んだ。妹が死んだ。俺もすぐに死ぬ。あの野郎もいつか死ぬ。あんたもきっと死ぬ。だったら、全てがどうでもいい。
「嬢ちゃんと同い年くらいの野郎が言う言葉じゃねえ。そんな虚無を並べては、泣いて。次に笑い、また泣く。そしてまた笑う。だが、怒りはしない。全部、自分の中で完結させようとしやがるんだ。ボヤいてばかりで、オレには何も教えちゃくれねえ。…オレはただ、あの国から奴を遠ざけるしか出来なかったんだ」
「……どうやら…あなたのことを、少し勘違いしていたようだ」
「勘違いだぁ?やめな、やめな。勘違いしてくれた方がよっぽど楽だ。善人面なんかしたら、誰かを好き勝手殴れなくなる。…ああ畜生…面白くねえ。他の話するんだったなあ」
「他があるのか」
「んじゃ、決闘姉弟とかは知ってるかい」
「いや、初耳だ」
酒のサイコロは、2の目を上に、2人の女子供に姿を変える。
「数年前、タワータウンと隣町の間でよく目撃された暴君共だ。連絡員・通行客・修行者、なりふり構わず決闘を挑んでは、今後一切の戦闘を拒絶するほどに叩きのめした。防衛屋のやり手が何人かで挑みに行ったらしいが、そん時には場所を移っていなくなっていたんだとよ。情けねえ話だよ、なあ防衛屋?」
眠っている男に言葉を投げてもガーガー言うだけで、ただ無情に駆られた。女子供も呆れ顔をして、溶けてなくなった。
「ともかく、情報提供感謝する。それではーー」
「待った」
旅の話を始めようとするシモンに対し、静止が入った。
「これで最後だ。情報交換と言うよか、お前の言葉で一つ、どうしても決着をつけたいことがある。“先代伝達屋、ヨーゼフ”の話だ」
その男の名を聞くやいなや、シモンの顔を影が覆う。風も無いのに、灯はわざとらしく揺れる。
「あいつに会ったのは、ダイスラックにいた頃だ。もう2、30年前になる。向こうのオレの酒場によく通ってきては、お前みたいに酒にも酔わず、あの国の悪口ばかりを言って帰る。それが2年は続いた。確かに変な奴だが、オレは嫌いじゃなかった。そんで気づけばオトモダチさ。以降、会うことは無かったんだが、最近奇妙な一言を聞いてな」
「………」
「“奴は消えたよ。アリアの欠片と共にな”。酔った雪国のお偉いさんが軽く滑らせた言葉さ。何かマズかったようで、それ以上口を割ることは出来なかったが、今度はテメェがいる。アリアの欠片という言葉、知ってるな?」
「…残念ながら。何も知らないと言い切っていい」
「なんだよああ!畜生っ!!歯痒くて仕方がねえ!!オレが行方を探せとでも言うのかよ!!!」
「ジェイ。舞が寝ている」
感情的になっていた男は、カウンターに叩きつけようとした拳を寸前で止めた。おかげで少女は、気にせずヨダレを垂らし続けていた。
「安心していい。だからこそ、俺がいる」
「…何が言いてえんだ」
「“言伝”だ。旅をするのも簡単ではない。しかし、遠方に言葉や想いを届けたい人は、多少だが存在する。そこに伝達屋が仲介する、という訳だ」
「どこにいるかなんてわからないんだぜ?」
「観測できる場所は全て行くつもりだ。例外はあるが、殆どの生存者と会うことが出来る」
「だが、例外に引っかかれば、誰かさんの想いは無駄になるってか。まさに、ギャンブル、だな」
「嫌いか?」
「いや、大好きだ」
すると、ジェイの顔が異様に笑んだ。その顔があまりにもおどけて見え、思わず失笑した。
「そんで、必要なのは…対価か。命以外で頼むぜ」
「もう既に、1ヶ月分の宿という恩恵を頂いている」
「免除だな」
「いや、頼みがある」
「ケチめ」
「簡単なことだ。マグナムを殴ってくれればいい」
口添えられていたグラスが止まる。
「なんだ?こいつに恨みでもあんのか」
「そうではなく、マグナムに稽古をつけてほしい。腕はあるが、無能力者というのが未だに引っかかる」
「ん?無能力者ぁ?誰が言ったんだ、それ」
「…?本人が言っていたが」
「なんだって?…まあ、いいか。余計殴ってやらねえといけねえかもな。承ったぜ。そんじゃ、オレの話も済んだわけで、次はお前の番…だが、ちと便所」
ジェイはご機嫌そうに、腕を踊らせながら店の奥へと消えていった。
静けさの中、声色の高いくしゃみが響く。それを聞き、指を回すと、マグナムのコートがふわふわと浮いてから、舞の背中で落ち着いた。
ただ、シモンはその重みに違和感を感じ、再び指を回して、胸ポケットへと行き着いた。
出てきたのは大きめの懐中時計であった。防衛屋の紋章まで付け、悪く言えば自己主張が激しく、良く言えば荘厳である。
そのまま手の平で開く。正しく現時刻を指してはいるが、その鋭い音は空間に望まれていなかった。
すぐに閉じようとした手前、裏蓋に目が移った。何もない、寂しげな留め具が取り残されていた。
「何も無し、か」
無駄を吐いては、蓋を下ろす。その音がまた空間の邪魔をするので、喉元が少し痒くなった。




