我が家
男達の最初の旅路は、特に何事も無く終わりを告げた。
休憩を挟みながら雪原を歩くこと、およそ10時間。眩しい日差しが3人の旅人を傍観するのを止めて、この大地を贅沢に使ってその身を隠そうとしている頃、自分達は町の入り口へとたどり着いた。
「ここに来んのは久々だなあ」
疲れた体を伸ばし、そのまま頭上で火照る無数の灯火の方を見た。
一面の白い景色の中、違和感を放出する千差万別の塔が佇む。ここが最初の目的地、タワータウンである。
「ここがお前の故郷か」
「まあ、そんなとこだな」
そして、マグナムの故郷と言える場所だ。
2人にはここに来る途中で既に話していた。防衛屋になる前の少年時代の半分をここで過ごしたものだ。
もう半分はただ、苦しいだけだった。その分ここでの生活はとても充実していた。
「まずは睡眠場所の確保だ。当てはあるか」
「勿論あるぜ、ここの紹介は任せてくれや」
そう言ってマグナムは2人についてくるよう、腕を扇いだ。2人にーー。
舞の姿が見えない。
「おい!舞はどうした!」
「ふむ。確かにいないな」
「冷静だな!お前それでも、舞を楽園に送り届ける気あるのかよ!!」
「大丈夫だ。俺には迷子探知機がある」
「迷子探知機?」
「見つけた。こっちだ」
唐突にシモンは町の中へと走り出す。待てよ、と呼び止めようとしたが、そんな言葉が通用しないことなどわかっていたので、彼の背中を小さな人の群れの中で必死に追いかけた。
シモンが止まったのは自分が良く知った店だった。周りと異なり、見栄を張る気の無い1階建てだが、店先からも店内の騒がしさが伝わり、量産された灯台以上に目立っている。そこは強烈なアルコールの匂いに加え、焼けた肉の香ばしい匂いが溢れていた。
「あいつ…腹減ってたな…」
「入るぞ」
再びシモンは、マイペースに店内へと入っていった。マグナムは呆れながらも、彼の後ろについた。
店内はだだっ広く、橙の色合いだけは落ち着いた雰囲気を醸し出していた。その目と鼻の先がやけに騒がしく、舞が中央にいた。
「おいテメェら!その少女は俺の連れだ!!手を出すんじゃねえぞ!」
少女が酒に溺れている男達に囲まれた状況に、マグナムは怒号を吐いた。騒がしかった店内は静まり返り、所々から「なんだなんだ」と小言が漏れる。
「あぁん?連れだって?この嬢ちゃんは1人でウチに来たんだ、んな言葉聞く耳は持てねえなあ」
酒臭い男の集団ではなく、そのまた奥から野太い声と熱気が返ってきた。マグナムの髪が熱気に靡かれたのち落ち着きを取り戻すと、更に怒号を返す。
「安心しろ!誘拐じゃねえよ!俺が誰かわかんだろ、ジェイ!」
ああぁぁん?、と奥の男が荒く疑問の言葉を吐くと、目の前に固まっていた男の群れが左右に掃けた。
小さな足で走り寄ってくる舞の奥で、サングラスをかけた厳つい男がカウンターに身を乗り上げてこちらを覗いていた。
「おぁい!その冴えねえ顔はいつかの悪ガキじゃねえかよぉ!!さっさとこっちに来やがれ!」肌色一色の頭を光らせ、体勢を戻してはこちらを招く。
「マグナム、知り合いか」
「知り合いどころじゃねえさ。俺の恩人にして、育て親だ」
舞は、2人の元に戻ったかと思えば、マグナムの足の後ろに顔を隠す。
「けんかしちゃ…だめだよ…」
「喧嘩じゃねえよ、ただの挨拶だ。それよりお前、勝手に俺らの元から離れるなよ」
「…ごめんなさい」
一段落着き、店内は再び騒がしいものへと戻る。3人はカウンターへと進んだ。
男は近くに座っていた他の客を別の席に移し、旅人らを目の前に座らせた。
「この子を囲んでたさっきの奴らは何なんだ」
「ただの優しいオッサン共だ、怪しい輩に目ぇ付けられないようになあ。んで、お前何しに来たんだ?数年前にアンクルだか名乗る、髭面の若僧の元に付いていっちまってから、俺あ寂しかったんだぜ?」
「その割には元気そうだなジェイのおっさん。色々訳があるんだ、話すよ」
「ロマンに溢れたことしやがるねえ。ただ戯言は寝言に抑えとくべきだったな」
話を聞いた男の最初の言葉は、トゲがあった。
「そう言うと思ったよ…」
「あのなあ、わかってるよな?お前はこの場所に命乞いしてきたんだよ。伝達屋のにーちゃんが仲間に居んのは確かに心強いがな、お前の命はお前の力で守らなくちゃならねえ。俺にゃあお前が直ぐに死んじまう未来しか見えねえんだよ」
「…わかってるさ。まだ、力不足ってこともな。だが、俺はやらなきゃいけねえんだよ」
「本当なら。今すぐお前を絞めてやりてえんだが、嬢ちゃんと立派な客人の前だと、どうも気が退けちまうもんだねえ……」
「俺は止められても行くぞ」
「おう勝手に逝っちまいな」
店内は騒がしいのに、肌寒くて寂しい空気が流れる。2人はきつく睨みあっては、目線を反らす。
「はいはい、2人ともそこまで!まったくもう、何も変わらないんだから!」
赤髪の女性が横を割り込んで、一喝を入れるように料理を叩きつけた。
ステーキ肉の交差した切れ目で油が弾け、おもむろに皿の底で黄金の池を作り出す。辺りの癖の強い酒の匂いさえも太刀打ちできないほどの香ばしさが、不意を突くように3人を取り囲んでいた。
「ふぉおおおお!!!」
「これでいいんだろ、兄貴」
「エルか!随分成長したじゃねえか!!」
「胸以外、な」
ジェイの小言に対し、彼女の拳が顔面に入った。
彼女はジェイの娘のエル。マグナムの血の繋がっていない妹だ。
「いらないこと言うんじゃない、この馬鹿親父」
「相変わらず効くぜえ…エルのパンチ…」
「まったく…。そうだ兄貴達、いつまで町にいるの?」
「いつまでだ?シモン」
「1ヶ月を予定している」
「んじゃ、うち泊まっていきなよ。空き部屋あるし」
「おいエル!!勝手に決めんじゃねえ!!」
「どっちみち、最初からそのつもりなんじゃないの?」
「……うるせえ。…泊まっていきな」
「ああ、助かる」
「んじゃあ!お前らにはそのお駄賃として、一杯付き合ってもらおうじゃねえか!嬢ちゃん、お酒は飲めるかい?」
「のめない!」
「よぉし!教育がなってんじゃねえか!ガハハハ!」
目の前の大男の大袈裟な笑い声に、エルは似たように笑い、さらには舞も真似をして「わはは!」と返す。
その声を後押しするように、店の至るところから3人を祝福するようなヤジが飛ぶ。その光景に、マグナムは思わず微笑みが溢れた。
「……」
だがその場でたった1人、シモンだけは黙って、空のグラスに手をかけながら、黒いその目玉で親子を見ていた。




