言伝
「おお…凄え…」
「仕事と契約の概要。それと俺の知ってる各地の情報や気候分布をまとめた大雑把な地図、請け負っている仕事内容、他にも必要と思われる事柄等、載せておいた。なくさないでくれよ」
早朝の静かなエントランスで、13時間前と全く同じ構図で2人の男が会話していた。
見せられたのは灰色のノートに、大量の情報を丁寧に文章や絵に纏めたものだった。そのあまりの出来にマグナムは呆気にとられる。
「これ、一晩で作ったのか」
「面倒だったがな。それと、全部読む必要はない。いや、読まないでくれと言うべきか。そこには今受注している依頼の依頼人の個人情報さえも載せている。無くすのもそうだが他人に読まれることもしないでもらいたい。それも契約事の1つだ」
「……なああんた、やけに俺のこと信用してないか?まだ出会って1日経つくらいだぜ?」
「なんだ、これは信用し過ぎか?防衛屋本部長から優秀な人材と言われていたのでな」
「優秀ーーそうか。信用されんのは構わねえよ、そっちのがやりやすいしな」
マグナムはわかりやすく照れる。
ただ、彼の心は信念を揺らがせる程にシモンという男を信用出来ていない。まだ何も知らないのだ。この男について、何も。
「それで、これは後で軽く読んでおくとして、仕事の話は終わりか?この後、飯食って毎朝頼まれてる子供の世話をしなきゃならないんだが」
「ふむ、そうか。そういえば俺も食事したのち、依頼人の舞という少女に会いに行こうと思っていたんだ」
「…まさか」
「同行させてもらうぞ」
「出発は…1ヶ月後ねー。死なないように、な」
「縁起でもないこと…言うんじゃねえよマル」
「これでも心配……してるんだよ。なんたって…舞ちゃんの命も…かかってるからな」
「2人とも、食事しながら会話をするのはマナーが悪いぞ」
食堂にて再びピリ辛のカレーをかなりの勢いで平らげようとする男2人、と既に完食済みの男1人。合間合間に水と会話を挟みながらもやはり手は止まらない。
「えっと…シモンさん…でしたっけ?食事するの…早くないですか…」
「なるべく無駄な時間の浪費はしたくないものでな」
「もっと味わって…食べるのも…良いもんですよ。まあ、俺が言えたことじゃあ…無いですけど…」
「味わってない訳ではない。ただ、美味しい物ほどすぐに食べ終えてしまうのだ」
そう話しているうちに、残り2人のカレーは米1粒残さず見事に完食された。
「食器はこのままでいいのか?」
「良いの良いの。俺らは子供をあやす分大目に見てもらってるのよ。さっさと行こうぜ、依頼人のとこに」
やはり昨日同様にさっさと食堂を出ては、ゆっくりと児童課の所まで歩いてゆく。そして、長話をする間もなく3人は透明な部屋の元に辿り着いた。
「さて、依頼人はどの子供だ」
扉を開けて早々にシモンは質問を投げる。
彼女は駆け寄る子供の中にいた。他の子供の殆どがマルの元へ寄るが、彼女はマグナムの目の前で止まっては手を引っ張る。
「マグナムさん!はやくあそぼ!……えーっと…このひとだれ?」舞はシモンを見上げては不思議そうに首を傾げる。
「昨日言ってた旅に同行してくれる助っ人さんだ。名前はシモンだ」
「よろしくシモンさん!」
「ふむ、その少女なんだな?こちらこそ長い間よろしく頼む、伝達屋のシモンだ」
シモンはまっすぐ少女へと右手を出す。彼女はそれを躊躇いなく笑顔で握って返した。
「あーばばば!」とマル。
「あっーはっはっ、やっぱりおもしれー!あーばばばっ!」1人の子供が興奮するマルを面白がって真似する。
「マグナムさんもいっしょにあそぼ!シモンさんって人も!」
「ごめんよ、舞と大事なこと話さねえといけねえんだ。明日またな」
「左に同じく。明日来る予定までは無いが」
マグナムとシモンはやってきた子供の誘いを断り、今後の旅の仲間との会議を続ける。
「防衛屋。いや、これからはマグナムと呼ぼうか」
「まあ、、良いけどよ。そんじゃ、こっちもシモンって呼ばせてもらうぞ」
「構わない」
「マイはマイってよんでね!」
「わかった。マイだな」
「マイマイマイー♪」
「さてと、マグナム。早朝に渡したノートを用意しておけ、最初の仕事だ」
「なにすんだ?」「なにするの?」
マグナムと声が重なって舞はニヤニヤと顔を和ませる。一方マグナムは呆れ顔を表に出す。
「俺は各地に誰かの想いや道具を伝達する仕事をしている。今回マイの旅に同行するのも仕事だ。ただ、依頼の中には受取人に関する情報の少ないものもある。それでも伝達屋として対価を受け取っている以上、各々の願いを放棄するにもいかない。そのため伝達屋は町に赴いてはそこにいる1人1人に丁重に本人確認を行っている」
「…地味っていうか……なんか効率悪いな」
「お前もやるんだぞ」
「仕事ってそれかよっ!」
「旅に同行するのであれば異論は認めない。勿論やってくれるな?」
「もっと他に無いのか?テレパシィで町一帯の人間に話し掛けるとかよ…」
「万が一の時はそれも出来る。ただ、昨日わかったと思うが思念伝達はそんな気分の良いものじゃない。詳しく話を聞くことも出来ない。諦めることだな」
「…わかったよ」
ため息を吐いてからノートを開き、本人確認と見出しの付けられたページを読んだ。
「本人確認の手順…えっと、まずは相手の名前と年齢を聞き出す、か。舞、自分の名前と何歳かを改めて俺に教えてくれ」
「マイはマイ!7さい!」
「…そーいや、お前名字は?漢字の名前だって言うならあるはずだ」
「ジョージ?」
「名字な。家族の皆が使うもう1つの名前、とでも言えばいいか?」
「マイはマイだもん。ジョージじゃないもん」
「…シモン、これは…いいのか?」
「構わない。次の項目に進め」
「はいよ。次は…該当する名前と年齢を表から探すのか。……舞って名前宛の依頼は無し。これで終いか」
「まあそんなとこだ。…おっと忘れていた。少し心の準備をしとけ、受取人6名の表象的な情報を“お前の頭に送る”」そう言ってシモンはマグナムの肩に手を置いた。
「え、それはどういうーー」
唐突なその発言に準備も出来ぬまま、シモンは彼の頭に9つの記憶を送り込んだ。
ーー外見、声、性格。1つの記録は1人の人間を形作る様々な要素を語る。
時には誰かの甘い思い出の映像。時には静止画と文章。時にはただ苦痛を伴うだけの記憶。
「うぉあ!?」
マグナムの頭が拒絶反応を起こしたのか大きく横に揺れる。倒れるまでは行かないものの、酷い頭痛と吐き気が生まれた。
「届いたか?」
「来た…っ、けどよ…。もっと…何等分するとか、…してくれよ、」
「ふむ、こういったケースは初めてでな。申し訳ない」
感情の感じ取れない謝罪の言葉は不愉快でしかなかったが、怒鳴る程の力も出せずその場は水に流した。
「……えっと、何を…話してたっけ…?」
先程の会話をしてから半日程経過したような気がしていた。無理矢理記憶に9人の情報を約12時間分ねじ込まれたのだ。多少記憶が曖昧になっても仕方ない。
「マイの本人確認は終わりだ。休んでいいぞ」
「おわりー!マグナムさんあそぼ!」
「すまん、舞…少し寝かせてくれ…」
弾力性のある床に大の字に寝転がる。舞は自分の途切れ途切れの声を聞いて諭してくれたのか、わかった!と言葉を残しマルの元へと駆け寄った。
やっと、自分が旅に出ることに実感が湧いてきた気がする。自分でも馬鹿だと思うくらい、今更。
記録でしかない12時間を感じた時、自分の日常の変化も感じ取れた。今まで防衛屋でのんびり過ごしていた日常、いつかの辛い世界から抜け出すことの出来た日々が変わろうとしている。
「それじゃあ、俺は仕事に入る。何か用事があればこの建物の6階の来客用の部屋に来てくれ」
「あ、待ってくれ…。最後に1ついいか?」
「またか。なんだ」
眼前の男は自分を見下ろす。窓から射し込む光が、腰に添えられた鞘の無い刀の刀身に写って眩しい。
とても大きな存在だ。この男は自分が思っている以上に心強い仲間となるのだろうか。
「改めて、これからよろしくな」
「ああ。お互い足手まといにならぬようにな」
そう言い残して彼は部屋を出ていく。その姿を最後まで見てから、やっぱりいけ好かねえ、と笑った。




