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伝者旅 壱章  作者: 諸星回路
出会い、旅支度編
4/35

4代目伝達屋

 平和だな。

 ベッドの上で、そう自室の天井へと吐いた朝焼け時。もう、舞と名乗る少女が来てから10日が過ぎていた。

 アンクルの言葉を彼女に伝えた時、意外にもすんなりと受け入れてくれた。満面の笑みまで浮かべて。

「うおおおいマグナム、呼び出しだ!!至急本部長室に向かえええ!起きているのかあ!!」

 唐突にドアの奥から野太い声が、殴るかのように打ち付けるノック音と共に部屋の中に伝わってきた。こんなことをするのは1人しかいなかった。

「朝っぱらからうるせえハンズ!お前また“音量”間違えてるぞ!早くその癖直せ!」

「ああ…!すまねえ…まあたやっちまった。能力の調整が難しんだ。つい焦ってやっちまったぁ」

 マグナムは急いで、洋服ダンスに掛けられた防衛屋の制服を身につける。

「わざとじゃないよな?」

「そんなあ酷いなあ。俺だって怖がられたい訳じゃないのに。この能力のせいで散々悩まされてるんだぞお」

 準備を整え終えてドアを開くと、目の前には雪だるまのような図体をした大男がいた。彼の制服はどこか苦しそうだ。

 怖がられる原因は能力だけじゃないと思うんだよな。

「どういった要件か聞いてるか?」

「舞ちゃんについてとは聞いてるぞお」

「わかった」

 ドアの連なった廊下を走り抜け階段を駆け下りる。一面が白いあの通路は自室からでは結構な距離がある。

 7階から一気に2階へ。冷たい風が頬に触れるが、徐々に暖まってくる体の熱気と合わさって実に気持ち良い。


「本部長。お招きに預かったマグナムです」

 ドアを軽くノックしてアンクルの応答を聞いたところで中へと入った。

「…彼ですか」

 すると聞き慣れない声が耳に入り、腰に鞘のない刀を添えた、焦げ茶色の髪の男がいることに気づいた。男はどこか感情の見えない顔をこちらに向けている。

「……この方は?」

「彼は政府直属の職業“伝達屋”の4代目、シモン君だ。知ってるかな?」

「伝達屋…?いえ……」

「言葉や映像などの言伝を世界各地へ届ける仕事、だそうだ。こんな世界で1人旅をしているなんてね、そこまでの勇気を持った人は彼を合わせてまだ3人しか知らない。尊敬しちゃうね」

 アンクルは早朝でも劣らずに弾けたように笑う。

 3人の中に舞も入ってるんだろうな。ふと頭に浮かんだ。

「ふぅ……さてと、君を呼んだのは彼に会わせたかったという訳じゃない。実は舞ちゃんを彼に託したいと思っているんだ」

「なるほど。それを一足先に俺に伝えるために呼んだのですか?」

「半分正解かな。…実は彼に仕事を依頼するにはその分対価が必要でね。それを君にしようと考えているんだ」


 ーーーーーーーーえ?

 その言葉を聞いた瞬間に、優しかったあのアンクルがどこか悪者顔をしているように見えてきた。

 対価?犠牲?え…俺死ぬのか?

「ど、どういうことですか!!」

「安心しろ。対価と言っても殺しはしない。ただ、少女の保護者として旅に同行してもらうことにはなるが」

 伝達屋という彼が冷静な口調で喋る。トゲがあり、声も少し高い。更に悪口を加えるならば、背も高くはなく子供っぽさも見える。

「あんた俺より年下だろ!共に旅をするとしても逆にやりづらくなるだけーー」


〈悪かったな背が低くて〉


 頭に意図しない文字が浮かび上がり、反射的に体が拒絶反応を起こす。記号がそのまま脳に侵入してくる、なんともくすぐったい感覚だ。

〈これでも22だ。旅をしてきてもう3年は経っている。経験は貴方よりも上だろう〉

「なんだ…これ…」

「思念伝達だ。これから仲間になるんだ、慣れておいた方が良いだろう」

 静電気を思わせる、パチンという音とともに文字は頭を離れる。しかしながら、この こそばゆさは取り除ききれない。

「勝手に決めないでくれよ!」

「マグナム君落ち着いてくれ。今のは言い方が悪かった、申し訳ない」

 本部長の言葉を聞いて、マグナムの焦燥は鎮まった。短気さは自覚しているのだが、いざと言う時に融通が効かなくなるのは反省しなくてはならない。

 ただ、シモンというこの男のことが気に入らないのは変わらなかった。

「彼女の了承を得てから…判断させてください」

「…舞ちゃんは1日も早くこの町を出たがっているんだ。僕としてはせめて、一番安全な旅を行ってもらいたい」

「町を出たがっている…?そんな言動は…10日間一度もーー」

「君には知らせていないが、もう既に夜中2度の脱走を試みているんだ。勿論この町を出る前に保護したけれど。それほどまでに彼女は急いでいるんだよ」

 今度は、頭に疑問符が溢れんばかりに浮かび上がる。彼女が来てから毎日児童課まで様子見に行っていたのだが、私の目にはただただ元気な少女としか写らなかった。

 どうしてそこまで楽園とやらを目指そうとしているんだ…。

「考える時間はまだある。伝達屋の滞在期間は1ヶ月程だそうだ。それまでにどうか前向きに検討してほしい。…………朝早くに呼び出して申し訳なかった。朝食後、いつも通りに行動してくれ」

「…わかりました」



「舞ちゃんが…2回の夜逃げ!?」

「お前も知らなかったか…マル」

 食堂にて、ピリ辛のカレーをかなりの勢いで平らげようとする男2人。両者とも手も口も止まることを知らない。

「ああよマグナム!なんで舞ちゃんが…そんなことすんだよ!」

「不満だったん…だろ。というか…それを本人から聞くために…いつも以上にスピード上げて…飯食ってるんじゃねえか」

 2人とも見事に皿の上を片付け、コップの水も一気に喉に通すと、食器はそのまま児童課へと向かった。食後すぐのため、体に無理をさせないようゆっくり歩いていく。

 食堂から児童課の部屋までは近く、大した時間もかからずにその入り口の扉の前に到着した。透明な壁に囲われ、扉を開けずとも中が丸見えなので、そこにいた数人の子供がこちらに気付くと、不器用に手を振ったり駆け寄る子もいれば大声をあげる子もいた。

「あばばばせーじん!おれのところにまたあそびにきたか!」

「わあっ、マグさんとマルさんカレーくさいー」

 扉を開けばこの手厚い歓迎である。

「舞、お前に少し話があるんだ」

 そう言ってマグナムの足に抱きついてきた少女の顔を見る。

「うん!なやみごと?マイがおひめさまのちからでかいけつしてあげる!!」

「俺じゃねえ、お前の悩み事だ。……逃げたんだってな、2回」

「……へへぇ、ばれちゃった。おじちゃんにはいわないでっておねがいしたのに」

 少し、笑顔が苦くなった。

「マイちゃん、なにのおはなし?」近くの子供が問いかけた。

「えー、おとなのおはなしー」

 今度の笑顔は甘い。別に、この場所に不満があるようには見えない。

 毎日、そうだった。

「そんなに…行きたいのか?」

「いかないといけないの!すぐに!!ぜったいに!!そんなきがするの!!!」

「……それじゃあ単刀直入に聞くぞ。お前は1ヶ月後に今考えうる中で一番安全な旅が出来る。俺もお前の旅について行く。それに自称旅のプロが仲間についた。ただ、一番安全と言っても危険であることに変わりはない。争いもあるだろう、暫く町に着けずに食べ物が無くなることもあるだろう。どうだ、それでも目指したいか。楽園を」

 旅をしようとしているのは俺じゃない。彼女だ。俺は彼女のただの保護者。俺がどれだけ助っ人のことを気に入らなくとも、安全を捨ててまでそんなプライドを持っている訳にはいかない。

 彼女に選択権を委ねた。本当は7歳児に託すなんて大人としてやるべきじゃない。だがこれは彼女の旅だ。彼女の、本気の旅だろう。保護者として、彼女には自分のやりたいことをやってほしいと思う。

 それに、自分にも旅をする理由は少なからずあった。

「マグナムさん!こわいかおしちゃだめ!」

「え?」

 そっと、マグナムは自分の頬に触れた。何の面白みのない堅物の頬に。

 それは次の瞬間に、目の前の笑顔に仄めかされて和らぐ。

「こわいかおしてたらだめだよ!マイといっしょにたのしくたびしよ!!」

「……わかったよお姫様」

「よし!ほめてつかわす!」



「といった訳だ伝達屋。改めて同行願いたい」

 マグナムはそう言い頭を下げた。

 薄い雲の上から西日が差し込んでいる夕暮れ時のエントランスで、お互い出会ったばかりの男達が対話する。澄んだ空気が場を巡るが、特に肌寒いとも感じないまでに、両者ともその話に意識を傾けていた。

「こっちは仕事だ。勿論受け入れよう。ただ、2人には幾つか契約事がある。先に言っておくべきだったな。申し訳ない」

「いや大丈夫だ。あの子、幼い癖に決意は固そうだからな。それに俺も同様に、ついていくってもう決めたからな。続けてくれ」

「ああ。まず、貴方が途中退場した場合、少女は死ぬことになる」

「…………まさか、殺すのか?」

「当然だろう、それは役職放棄だ。俺も残念ながら無駄を持ち歩くような心は無い。悪く思うなよ」

 ……やはりこの男はどこか気にくわない。

 マグナムは白い息を吐いて、強気な言葉を返す。

「俺が逃げも死にもしなきゃいいんだろ。やってやるよ」

「威勢だけで終わらすなよ。次にまた一つ。貴方には仕事の手伝いをしてもらうのだが……早速明日から頼みたい」

「…一応防衛屋の仕事があるんだが」

「簡単なことだ、隙間時間でも出来る。とはいえ、1人でやるのは手間がかかるものだ。ただ、そうだな……説明は面倒なもんで、明日の朝話そう。明け方6時にこの場所で良いな?」

「え、ああ…」

 話はマグナムを少し引きずりながら進み、それを気にもかけないシモンという男は、既に席から離れようとしていた。

「ちょっと待ってくれ」

 咄嗟に声を出した。まだどこかあっさりしていて、殆どの事柄に実感が湧いていなかった。

「契約事って幾つかあるんじゃないのかよ。まだ2つしか言ってないじゃねえか」

「それも含めてまた明日にする。そっちの方が楽だと気付いただけだ。それに、貴方はどんな契約事にでも従ってくれそうだ」

 ははは、と不気味な笑い声を残して男はその場を離れた。不規則な足音をたてながら。


 何なんだ、あの男は。

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