灯りの点っていない喫茶店にて
「すまない…マグナム…っ」
走りながら、頭の中で起きた出来事をシモンは悔やんでいた。
殺害記覧は誰もが知っているものだと思っていた。しかし、それは間違いだった。
「………」
ェムートがマグナムの元に到着したようで、とりあえず最悪な事態は起きないと信じた。
今はリナリアというあの男の元へ向かう。
壊された家の前で立ち止まる。瓦礫の中に、先程まで無かった透明な箱がポツリと置かれている。
中で描かれていたのは、燃え盛るこの町の風景。
「この中…か」
いい予感はしないものの、シモンは箱に触れた。
入ったと同時に家が倒壊する音が聞こえる。大量の火花が体に触れるが熱くはない。
降り立ったのは町の入り口では無かった。すぐに目に入ったのは、喫茶店ルナールであった。明かりは付いておらず火も点いておらず、逆に目立っている。シモンは扉を押した。
「37ァァァァァ!!!!!」
即座に耳に入るのは気の狂った男の声。
それはリナリアが、倒れたレナに向けて包丁を振り下ろしている瞬間だった。
「やめ…て……リナ…」
血だらけで抵抗も出来ず、弱ったレナの左肩に包丁が刺さる。
「うるさいうるさいうるさい!!!この偽者があああああ!!!」
た…す…
彼女は細やかに震えながら、救いを求める言葉を唇の間に形作る。ただ、声として外に出ることは無い。
その様子に不満が募るリナリアは、さらにもう一刺し入れる。彼女の生命器官を、躊躇なく潰しにかかる38回目の痛みだ。
「38ィィィィィーーーー!!!アレエエエエエエーー??死なないなァァァァァーーー」
呆気にとられていたシモンは次第に義憤に包まれ、まもなく手を出した。自身の腕を扇ぎ、念動力が発動する。
リナリアは全身丸ごと紙切れのように吹き飛ばされ、壁に大の字で貼り付けられた。包丁が彼の足元に落ちると、シモンがそれを拾い上げては力強く握りしめた。
倒れた彼女は生きていない。思考能力は無い。そんなことは知っている。だが重要なのはそこじゃない。
彼女は苦しみを表現していた。黙って見ていられるものか。
「彼女の痛み、伝えてやるよ」
まず左足。5回。
「あぎゃぁぁぁ!!」
右足。4回。
「いたいよぉぉぉ…!!」
左腕。4回。
「はぁ…!はぁ…!」
右腕。3回。
「ごぽぉ…!」
左肩。4回。
「…………!」
右肩。4回。
「…………。」
腰。2回。
「…………」
胸。5回。
「………」
腹。6回。
「………」
頭。1回。
「38回。こんなところか」
少し身構える。数秒後の自分に、自身の人生の記録を伝えられるよう調整した。
殺害記覧が始まる。
恋人の病。勇気ある旅立ち。人生への絶望。愛の枯渇。執着する父。狂気の伝染。偽物の理想郷。偽物は本物。本物は偽物。
「は…。ああ…。やっぱり不快な夢だ…」
自分を確認して視点を戻す。
「無事か…?」
シモンは咄嗟に倒れた彼女への心配の念を向けた。
今はとにかく、彼女を通してでも自分が生きていることを自覚したかった。
「あ…お客さん…ですね…」
彼女は体を起こし、血を吐きながら死んだ目でシモンを一点に見る。
「いらっしゃい…ませ。私は……レナ…です……腕を…振るった…料理を……作り…ます…よ……!」
そこに、“人間”の形はなかった。
「うあぁぁぁああ!!!!」
シモンは包丁を捨てて、一目散に走り去る。
すぐにでもこの箱から出なければ、自分を見失ってしまいそうだった。




