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伝者旅 壱章  作者: 諸星回路
幻想の箱庭編
31/35

灯りの点っていない喫茶店にて

「すまない…マグナム…っ」

 走りながら、頭の中で起きた出来事をシモンは悔やんでいた。

 殺害記覧は誰もが知っているものだと思っていた。しかし、それは間違いだった。

「………」

 ェムートがマグナムの元に到着したようで、とりあえず最悪な事態は起きないと信じた。

 今はリナリアというあの男の元へ向かう。



 壊された家の前で立ち止まる。瓦礫の中に、先程まで無かった透明な箱がポツリと置かれている。

 中で描かれていたのは、燃え盛るこの町の風景。

「この中…か」

 いい予感はしないものの、シモンは箱に触れた。


 入ったと同時に家が倒壊する音が聞こえる。大量の火花が体に触れるが熱くはない。

 降り立ったのは町の入り口では無かった。すぐに目に入ったのは、喫茶店ルナールであった。明かりは付いておらず火も点いておらず、逆に目立っている。シモンは扉を押した。

「37ァァァァァ!!!!!」

 即座に耳に入るのは気の狂った男の声。

 それはリナリアが、倒れたレナに向けて包丁を振り下ろしている瞬間だった。

「やめ…て……リナ…」

 血だらけで抵抗も出来ず、弱ったレナの左肩に包丁が刺さる。

「うるさいうるさいうるさい!!!この偽者があああああ!!!」

 た…す…

 彼女は細やかに震えながら、救いを求める言葉を唇の間に形作る。ただ、声として外に出ることは無い。

 その様子に不満が募るリナリアは、さらにもう一刺し入れる。彼女の生命器官を、躊躇なく潰しにかかる38回目の痛みだ。

「38ィィィィィーーーー!!!アレエエエエエエーー??死なないなァァァァァーーー」


 呆気にとられていたシモンは次第に義憤に包まれ、まもなく手を出した。自身の腕を扇ぎ、念動力が発動する。

 リナリアは全身丸ごと紙切れのように吹き飛ばされ、壁に大の字で貼り付けられた。包丁が彼の足元に落ちると、シモンがそれを拾い上げては力強く握りしめた。


 倒れた彼女は生きていない。思考能力は無い。そんなことは知っている。だが重要なのはそこじゃない。

 彼女は苦しみを表現していた。黙って見ていられるものか。

「彼女の痛み、伝えてやるよ」

 まず左足。5回。

「あぎゃぁぁぁ!!」

 右足。4回。

「いたいよぉぉぉ…!!」

 左腕。4回。

「はぁ…!はぁ…!」

 右腕。3回。

「ごぽぉ…!」

 左肩。4回。

「…………!」

 右肩。4回。

「…………。」

 腰。2回。

「…………」

 胸。5回。

「………」

 腹。6回。

「………」

 頭。1回。

「38回。こんなところか」

 少し身構える。数秒後の自分に、自身の人生の記録を伝えられるよう調整した。


 殺害記覧が始まる。

 恋人の病。勇気ある旅立ち。人生への絶望。愛の枯渇。執着する父。狂気の伝染。偽物の理想郷。偽物は本物。本物は偽物。


「は…。ああ…。やっぱり不快な夢だ…」

 自分を確認して視点を戻す。

「無事か…?」

 シモンは咄嗟に倒れた彼女への心配の念を向けた。

 今はとにかく、彼女を通してでも自分が生きていることを自覚したかった。

「あ…お客さん…ですね…」

 彼女は体を起こし、血を吐きながら死んだ目でシモンを一点に見る。


「いらっしゃい…ませ。私は……レナ…です……腕を…振るった…料理を……作り…ます…よ……!」

 そこに、“人間”の形はなかった。


「うあぁぁぁああ!!!!」

 シモンは包丁を捨てて、一目散に走り去る。

 すぐにでもこの箱から出なければ、自分を見失ってしまいそうだった。

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