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伝者旅 壱章  作者: 諸星回路
幻想の箱庭編
29/35

劇戦のシナリオ

「さっさと働け。ぶっ殺すぞ」

 また罵声。

「お前なんぞ一発殴れば容易く殺せるんだよ」

 また罵声。男の右腕は銀色に煌めく棘を生やす。

 私に母はいない。奴隷の枷だけを私に残してこの世を去った。

 父と呼べる人間はいない。母を自己欲求発散の道具として見ていた男なんて興味はない。

 血の繋がりのない兄がいた。だが少し前に病で死んだ。いや、病で苦しむ彼を目障りに思った監視官が殺した。

 私達奴隷はひたすらに無価値な岩を運び続ける。地獄とて噂は飛び交うもので、目の前に積まれたこの岩に意味が無いことは誰もが知っていた。ただ自分達が豪族の見せ物にされていることも。

「足動かせって言ってんだろうがああ!!」

 ぼんやりしていた頭は壁に押さえつけられ、短い髪を力強く引っ張られる。ブチブチとそれは引きちぎられ、空を舞う。

 痛い。

 痛い。

「この程度で済むことを喜ぶんだな。女として生まれたこともな」

 不機嫌なまま、男は他の奴隷をしばきに視界から消えた。

「生まれたこと自体が…嬉しくないよ」

 ただ、私に死ぬ勇気はなかった。




 体はすっかり成長した14のとある夜だった。突然寝床に青年がやって来ては私を連れ出した。私をこの地獄から出してくれるのではないかと、内心喜んでいた。

 連れてこられたのは、窓がなく、薄汚れたダブルベッドだけが置かれた部屋だった。

「上の人間から許可を得たんだ。君を好きにしていいってね」

 待っていたのは更なる地獄だった。

 青年はどうやら年下の女性が好きなようで、この日を待ち望んでいたような口振りで私に香水混じりの息を吹き掛ける。

「君は華でいればいいのさ。僕の華でいれば」

 そう言って男は私の胸へと手を運ぶ。抵抗なんて、出来なかった。そうすれば状況は更に悪くなるだけとわかっていたから。


 それ以来、私に対しての優遇が増えた。定期的に男との感情を殺した戯れをすることと引き換えに。




 しばらくしてまた変化が起きた。

 胸の膨れた男性と胸の乏しい女性が仕事場に現れるようになった。非常に目立っていたもので、つい何度も2人組の方を見ていると男の方と視線が合った。

 にこりと笑ってこちらに手を振る。ただ、私の両手には無価値な岩があり、手を振り返すこともなく、そのまま顔を埋めて足を進めた。

 すると、近い日の夜に呼び出しがかかった。何事かと思いながら行ってみると、そこには昼間の2人組がいた。

「私達は“魔女”。悪く思わないでねぇ。貴女の可愛いおめめ、戴くわあ」男が言い放つ。

 え?

 訳もわからないまま、女のほうが私の右目に手を伸ばす。


 右の眼球が体の元を離れた。とてつもない痛みが押し付けられる。

 暴れるも周りの大人達に簡単に押さえられ、2人組はそのまま地獄から去っていった。

 あまりの痛みと悲しみに、その夜は静かに泣き明かした。



 不思議と次の日には痛みが消えていた。だが、あの男は奮発した。

 香水臭い男が豪族達を裏切った。奴隷全員による地獄からの大脱走が始まる。

 私の能力である“空間把握”がこの時非常に役に立った。内部構造は丸わかり。不意討ちも通用しない。攻め手に回ることが出来ないことを除けば、まさに脱出用の能力と言える。

 ただ、脱出に成功した時には千といた奴隷達は5人しか残らなかった。裏切った香水男さえも、追っ手にやられて死んでいった。

 当てもない5人の旅。仲間は私以外大男であったが、優しい人達だった。うち2人が食料生産できたお陰で、それに困ることも無かった。

 半月ほど経った雨の日に、遂に集落へとたどり着いた。そこは機械の技術に優れた場所であった。

 そして、私達を優しく受け入れてくれた。




 旅立ちはそう遅くはなかった。町に満足しなかった訳じゃない。おそらく私のような自由に羽を伸ばすことを許されなかった人が、もっとどこかにいるからだ。

 18になる頃、大量の食料と一挺の拳銃を手に1人、町を出る。これは、誰かを救うための旅だ。





 しばらく時が過ぎ、村庵(ソムアン)という港町に辿り着いた時のこと。私は町の隅で彼と出会った。

「これは…?」

 花だ。ただ、それは今まで見た中で最も美しく左目に写り込んだ。

「あぁ。紫陽花って言うんだ、鑑賞用の花でね。綺麗だろ?」案内人の男は流暢に話す。

 鑑賞用と聞いては昔の忌まわしい記憶が思い浮かんだ。しかしーー

「貴方も見せ物なのに。見せ物のはずなのに。何故そんなにも綺麗に咲くことが出来るの…?」

 信じられなかった。曇り空の下、曇り顔1つ見せずに花を咲かせる紫陽花の姿に。

「ごめんなさい…見せ物だなんて言ってしまって。……貴方は…本当に…生きている華なのね…」

 その日私は紫陽花の華にずっと見惚れていた。降ってきた甘酸っぱい雨に濡れて。




 それは村庵を出て数ヶ月ーー雪原を歩いている時であった。1人の青年が向こうからやって来る。

「まさか旅人に出会えるとは…私はリナリアと申します」

 今まで旅人と道中で会うこと自体無かったために、自然と意気投合した。そして、油断した。

「私は理想郷計画の代表をやっております」

「理想郷…?」

 はい!と元気な声を出しては鞄から2つの箱を取り出す。

「アメノマチとハレノマチです。実はこの箱、中に入ることが出来るんですよ。触ってみてください」

 彼がそう言うので、私は警戒心もなく綺麗な雨の降る町の箱へと触れた。

 瞬く間に中へと吸い込まれては、雪に代わり雨の滴が頬に当たった。

「あははは…!」

 すると、隣の青年は不適な笑いを浮かべる。そしてこう言い放った。


「今日からここが貴女の理想郷です。貴女の全てです」


「さて、何が欲しいですか?立派な豪邸ですか??あ!雨を止めることも勿論出来ますよ!」

 勝手に話を進めては男は雨を止ませた。

「また1人の困った人を助けちゃった!嬉しいなぁ!」

「何…言ってるのですか…?」

「ふぇ?これが理想郷です?はいそうです?貴女様が望んだ理想郷ですが?」

「私そんなこと一言もーー」

「貴女は難民です?私優しい王様。だからあげちゃう優しい理想郷。喜びましょう!パーティーにしましょう!!はいそうでしょう!!!」

 駄目だ。話が通じない。

 気が狂った青年の元を真っ先に離れる。向かうは後ろの黒い渦。空間把握の能力がそれを出口と判断した。

「逃がさないよ?」

 だが、あと一歩という所で渦は消えた。

「ダメでしょう?理想郷をあげた代わりに私の手伝いをしてください。そういう約束でしょう」

 また勝手に話始める。

 …駄目だ、他の出口がない…。

「理想郷はまだ未完成。だから私を守ってくれないと。貴女はウォッチメン!!そして私はリサーチャー!!」

 とにかく逃げた。なるべくこの男から遠くへ…。

 しかし無駄でしかなかった。男は瞬間移動しては私の目の前に現れる。それでも一心に逃げた。

〈悪い子だねぇ〉

 すると今度は頭に男の声が煩く響いた。それは壊れ果てて音量の調整をも忘れたアンプのように。

〈そんな子には子守唄だあ!〉

 神経を壊す不愉快にして不愉快な子守唄が脳内で流れ出す。思考も潰され、ただ雑音が頭を覆う。

「ああ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!!!!」

 立つこともままならない。止めることも出来ない。不快でひたすらに脳が痒い。

 死にたい。そんな一つの執念だけが体に命令を出した。

 懐の拳銃を取り出しては銃口を口に詰め、弾き鉄を弾いた。

〈おっととと〉

 唄が止まった。そして、弾丸も出てこない。

〈殺させないよ?〉

 潤んだ目で銃倉を確認した。だがそこに弾丸はなく、男の手の上でジャグリングをされていた。


 死ねない。出られない。

 こうして地獄が再び私の元へとやって来た。



 意外と要望には忠実に応えてくれた。雨の中、私はアメノマチのガーデンと呼ばれる場所に案内される。

「綺麗な花畑…」

 そこは様々な色を持った花達が各々咲き乱れ、各々の身を生き生きと伸ばしていた。

「ではここに紫陽花に囲まれた理想郷を作りまーす!はい!」

 リナリアがそれを一瞬で、全て燃やす。

「さてさて次はーー」

「やめて!」

 青年は私の声に即座に反応し、火を消した。しかし、既に手遅れだった。

「あれ?なんでしょうかー?今からこの雑草を全部消すというのにー」

「今すぐやめてください!」

 我慢ならない…!紫陽花以外の華も誰かに愛されていたのかもしれないのに…愛していたのかもしれないのに…!

 銃を構えた。今まで人を殺めたことが無かったせいか、手が震えて上手く狙いは定まらない。

「だから無駄だって」

 そう言って男は何かを“盗んだ”。何を盗まれたかは弾き鉄を弾く前に能力でわかった。先ほどリロードしたばかりの銃弾がまた無くなっている。

「ではこうしましょう!ガーデンの奥にまだ開拓していない場所があるのです!そこに貴女の理想郷を置きます!置きました!どうぞ!」

 すると、黒くなった花を左右に隔てるような一本道が現れた。

「何かあれば連絡します!ではではー」

 やはり勝手に、男は姿を消した。

「…私、何やってるんだろう」

 とりあえず黒い花を横目に土の道を進んだ。彼が言うところの私の理想郷がこの奥にあるはずだ。

 しばらくして違和感を全面に出した紫陽花の壁が見えた。無意識に足がその速度を速めた。

 その長さから、明らかに自然のものとは異なる。だが立派に佇み、彩り豊か。思わず呆気にとられた。

 生きてはいない。そんなことはわかっていた。でも、偽物と呼ぶにはあまりにも彼に似ていた。

「そんな顔するなんて……ずるいよ…」




「いらっしゃいませー!!」

 この町で唯一営業する飲食店の看板娘、レナが私を出迎えた。

「お客さん!このお店は始めてですよね?自慢の料理を作りますよー!!」

 違う。もう4度目だ。

 彼女は生きていない。この町が作り出した幻影であることは把握している。そして、どうやら記憶は2日で殆ど忘れるらしい。リナリアという青年のことは覚えていても、私のことなんて……覚えていた日は無かった。

 私はこの日、店を通うのを止めた。




 時に、私は人気の無い店へ買い物に出る。ガーデンに居ても食料は無いのだ。

 餓死については考えた。だがその場合、リナリアというあの男に味の無い食べ物を無理矢理食べさせられることになるため諦めた。

 薬の大量服用も考えた。だが、そもそも薬屋がこの町には無かった。意図的に消されたのだろうか。

 この町の食物には殆ど味がない。でも、少なからず味のある物もあった。紅茶とクッキーだ。そのためティータイムだけは充実していた。

 栄養過多による死亡も考えた。だが、何年朝昼晩クッキーだけで過ごしても体調を崩すことは無かった。


 最近、何かと自身の死について考えることが多くなっている。箱から脱出しても、私の元には地獄しか待っていない。そんな気がしていた。

 もう、誰かを救おうなどという正義感も失った。


 あの頃のような縛られた感覚。いつか外れたと思っていた足枷が今確かに引っ付いている。私は偽りの幸せにすがるただの奴隷だった。


 なんで私生きているのだろう。もう…わからない。希望がーー私には見出だせない。




 ある日客人がやって来た。彼女は自分がハレノマチの住人だと言う。

「もう1人理想郷に住む方が居ると聞き、一目会いたいと思い、この度訪ねて参りました。サザンカと申します」

「サザンカさん…ですか。花の名前なんですね」

「ええ。私の生まれ故郷では自分の子供に花や鳥の名前を付ける風習があるのです。それで、貴女の名前は何と言うのですか?」

 名前。

 決して無い訳ではない。母親の名字、青空。それをそのまま、旅をしている間はアオゾラを名乗っていた。

 ただ、青空は嫌いだ。空が明るいからって、何も良いことなんてない。太陽はただ傍観しているだけ。

「アジサイ……アジサイと申します」

 だから今日からその名前は捨てる。少しでも彼に近付けるように。散るまで美しくいるという小さな希望を添えて。














 人と関わりを持たなければ、名前を使う場面など無くなる。

 次にその名前を使ったのは数年後、あの青年がやって来た時だった。

「……!また旅人がやって来た…!」

 2日前、1人の青年が町に入ってきた。すぐにでも会いに行こうとしたのだがーー

〈刺激しないよう、彼には近付くな〉

 数年前とは口調の変わったリナリアに止められた。

 しかし今日やって来た旅人は、私の存在に気付いたのかガーデンを進んでやって来た。

 青年は、自身のことをマグナムと名乗った。


〈怪しまれないよう、深くは話すな〉

 そんな言葉が頭に響いては青年との会話が始まる。右目を見られるのが嫌で、小間の深い傘を片手に持った。

「私の名前はアジサイです。よろしくお願いいたします。ええと、娘さんのお名前は…?」

「え、娘??!違います違います!私はただ保護者というだけで血縁関係は無いです!」

 慌てる青年。冗談のつもりでは無かったものの、その姿を見てくすりと笑いが溢れた。

 懐かしい、人との会話。心地よい感覚。


「ここは“箱庭”という特殊な空間になっています。この町も、雨も、紫陽花も…言ってしまえば偽物です。生きては…いません。アメノマチと名付けているこの町ですが、住人は私ともう1人だけです」

「住人が…2人だけ?」

「はい。ここに住んでいるのは2人だけです」

 嘘とは言い切れない嘘を続ける。こうしていれば怪しまれることも無いだろう。

 ただ、本当にこれで良いのだろうか。その場をあの男に言われた通りにやり過ごして、私は良いのだろうか。

 一つの非道な考えが浮かびあがる。

 そうだ、この人に私を殺してもらおう。

「何故、貴女はこの町に住んでいるのですか?」

「え?」

 図星をつかれたように体が震えた。

「あっいや…すみません!!2人だけの集落では大変なことも多いのではないかと思いまして…!」

「なるほど……」

 どうしたものか。本当はここから出たい、とだけ言えば青年は助けてくれるのだろうか。そうだ、言おう。たった十数文字の言葉だ。邪魔されることはないだろう。言おうーー


 だが、それを潰すように過去の絶望が頭一杯に浮かび上がる。

 駄目だ。

 救いを何度求めて何度殺された?

 1度だけ私を救ってくれた希望は、私の無駄な正義感で消え失せた。

 私が馬鹿だから。

「ここが、私の理想郷だからです」

 嘘だ。こんな所、理想郷じゃない。



 雨音が響くものの、私は静寂に包まれていた。

 2人は行ってしまった。能力が言うには今頃仲間と共にサザンカと交戦中だ。

 殺して、なんて言えなかった。彼は優しい人であった。お節介なまでに。

 今ではその優しささえも邪魔だ。邪魔ーー

「私…いつからこんなになっちゃったんだろう……」



〈サザンカが殺られたたたたもうお前しかいないいいいハレノマチも壊されたたたた今すぐ一番弱そうなのと戦わせるるるる〉

 焦りに焦ったあの男からの連絡だった。今、この町が壊されようとしている。

 地獄を抜け出す絶好のチャンスであった。私はすぐに拳銃と傘を手にする。

 私は悪者になれる。ここでリナリアに手を貸すことで。

 やって来た青年の頬を掠める箇所に狙いを定めて、弾き鉄を弾いた。

 空間把握能力は鍛えていくことで、相手の動きの向きや強弱も把握できるようになる。そのため、傘で視界が覆われていても、狙いを定めたところに百発百中させられる。


 逆にこの能力は、意図的に自身の弾を外し、相手の弾を百発百中に仕立て上げることが可能だった。


 彼が説得をし始めようとしたのですぐに言葉を重ねて打ち消した。もう生きることに執着はしない。そう決めた。


 彼の一発目は避けた。早々に散るのは彼に違和感を残すだろう。


 私の一発目は盾が展開されることを見計らってから放った。無論彼には当たらない。


 私の二発目はわざと不意討ちを狙った。そして彼には当たらないよう銃口は盾の端に向けた。


 彼が二発目を構えた。威嚇射撃だろう。銃口の向きは明らかに私とずれている。右に二歩、そして軽くジャンプすれば私の心臓、と言ったところだろうか。


 右に二歩進み、射撃に合わせて軽く跳び跳ねる。

 銃弾は私の心臓に命中した。


 やっと終わることが出来る。無価値な私の27年の人生。


 全身の力が抜けていく。傘を支える手も、強張っていた頬の筋肉も、目頭の涙袋も。


 涙が滲む前の一瞬、はっきりと彼の姿が見えた。人に銃口を向けることに迷いだらけの、優しい青年の姿。


 嘘は爪痕を残さずここで消滅する。

 お疲れ様、私。ごめんね、ありがとう、マグナムくんーーー

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