迷い子
見渡す限りの建物は、三原色をも覆える黒に劣らぬ白雪に染められる。雑多に記せば色を失ったモノクロの街だが、それを不自然と思う者など何人もおらず、住宅街の道行く黒髪の男2人にとっても、ただの一般感覚として固まっていた。
「なあ、ーーーーのか?」
ふと、遠い誰かの声がそばで聞こえる。男には覚えのある声色だが、面倒なのでそのまま睡魔に身を寄せた。
「おい、マグナム!」
しかし、睡魔の上から体は揺らされたもので、なくなく目を横にやった。
霞んだ目玉には、どうにも目立たない細身の男であるマルが写り込んだ。無理に見た目の特徴を挙げても、つむじに忘れられた髪が地平線のように綺麗な弧を描いている、ことしか出ないような男だ。だが、つまらない奴ではない。
「…なんだよ、こっちは眠いんだ」
「夜更かししてるのはそっちじゃないか。警ら中に…しかも歩きながら寝るなよ……」
「すまんな。あまりにもこの町は平和すぎてな」
「平和か…それに越したことはないだろ?」
「まいにちへいわだね!」
「平和だねぇ……ん?」
2人が振り返ると、知った顔の少年のピースがいた。
「なんだ、平和小僧じゃねえか」
「へいわだよ!」
「ああわかった平和だな。そんじゃ親御さんによろしくな。俺たち仕事中だから」
「うん!ふたりともじゃあね!」
話始めてから30秒も経たずに少年は去っていった。
「…よくお前仕事中とか堂々と言えたな」
「散歩という平和な仕事をしてるからな」
「へいわだよ!!」
2人が振り返ると、知った顔の少年のピースがいた。
「なんか既視感あるな、なぁマル」
「既視感どころじゃないけどな。ピース君、今度は何だい?」
「さっき、いいわすれてた!いつものひろばに、しらないこがいてね!はなしかけようとしたら、おこられちゃったの!じゃましないで、って」
「ああ。それは…平和じゃないな」
「だれかをさがしてるみたいだった!!へいわにしてあげて!!」
「あぁ…まさか仕事の依頼か?」
「うん!!」
「……仕方ねえな…」
「見つけたぞ、あの子だ」
ほんの10mほど先を見る。何やらうす汚れた紙を胸に当てて持つ少女が、広場で1人立ちすくんでいた。朝焼け色の髪の上には2cmほどの雪が積もり、彼女の被っている毛布の隙間からは腫れた腕が覗ける。履いてるズボンは、所々に傷や汚れが目立ち、見ているだけで寒気がした。
「俺が平和すぎるって言ったせいで、早速一大事って訳か?」
「話聞くぞ」
「ああ。当然だ」
2人は雪の敷かれた道を慣れた足取りで走り、少女の元へと近づく。寄ってみてわかったのだが、彼女の持つ紙の汚れは[わたしをたびにつれてってください]という歪つな字だった。
「ちびっこ、1人でどうしたんだ」
そう、腰を下ろして前のめりにマグナムは話かけた。
「安心しろ。怪しい人間じゃない。お前を保護しに来た」全身黒の制服に、気だるそうな男の声と、威嚇するような視線が少女に向けられる。
「いや怪しいだろ、ぱっと見て」
マルの言う通りである。
「どこがだよ。」
「いや、わかれよ。」
「…仕方ねえな。」
「俺の名前はマグナム。“防衛屋”っていうみんなの平和を守る仕事をしてる人間だ。君はどうやら1人でーー」
「マイをつれてって!!」
精一杯に優しさを詰め込んだ男の言葉は掻き消され、少女の咆哮で寝起きの耳が再び痛む。思わず耳を押さえたが、構わず少女は口を大きく開いた。
「マイはたびびとなの!“ウィント”ってところをさがしてるの!!」
「……家族はどうした?」
「いないよ!ひとり!ひとりできたの!」
マグナムは耳から手を離し、嘲うように、ふうっと息を吐いた。
可愛い冗談だ。ここから一番近い町を真っ直ぐに進んでも、大人でさえ1日はかかる。強がりたい気持ちもわかるが、流石に無理がーー
いや、不可能とは言い切れないか。
「…ここじゃ寒いだろ。もっと暖かいとこで話さないか」
「やだ!つれてってくれないならやだ!」
「あー連れてってく準備だ。いいだろ?」
「じゃあいく!」
今のやりとりでわかった。このまま彼女を放っておいたなら、ロリータコンプレックスを抱き地平線のように綺麗な弧の髪を持っているような人間に連れ去られていたのではなかろうか。
マルは自身のコートを少女に被せると、咄嗟に出てきた彼女の「ありがとう!」を聞いて混乱する。
「あば…あばばばばば」
「あーあ。壊れたか」
「このひとどーしたの?」
「マイとか言ったな。隣のこいつの目を見たり、抱きしめたりするなよ。あばばば星人になっちまうから」
「わかったの!」
元気に返事をして、少女はマグナムの足を抱きしめた。
「なんでそうなるんだよ…」
「このひとには、やっちゃダメなんでしょ?」
「そうは…言ったなあ」
「ついていくためだもん」
「…せめて手を握るくらいで許してくれないか」
少女は緩んだ頬をさらに緩ませて、マグナムの左手に掴みかかる。
まったく、元気な子供で何よりだ。あとは、厄介事さえ起きなければ完璧なんだがなあ。
「俺もっ…連れて行ってくれ……っ」
すると、右手も掴まれる。ただ、それは少女のものではなく、目を回した男のものだった。
「…マル。頼りないぞ」
「たよりなーい」少女も口を揃える。
「舞ちゃんにまで言われた…っ。俺はどう…すれば……ぐふっ…」
セルフの効果音と共に、マルは手を離して倒れる。
構っていても しょうがないので、彼は放ったまま2人手を繋いだまま、目的地へと歩き出した。
「えっ…ちょっ…待って!!置いてかないで!!」




