明かりの灯った喫茶店にて
「いらっしゃいませ!あ、さっきのお客さん!って…またずぶ濡れじゃないですか!!」
「いやあっはっは!またお風呂借りてもいいかなー?」
「まったくもう…今度からはちゃんと傘さしてくださいよ!」
あっはっはー、と気の緩む笑いをたてながら棺を隅に置いて、青年は店の奥へと消えていった。
町の半分ほどを見たが、唯一営業していたのはこの店だけだった。若い看板娘が出迎える喫茶店のルナールだ。
「えっと…ェムートさんのお連れの方ですね!お好きな席でお待ちください!」
連れでは決してないが、シモンは素直に4人席の一席に腰を置いた。
すぐに彼女が、頭に巻いた三角巾を揺らしながらお冷やを持ってきたので、単刀直入に問いを投げた。
「レナさん。病気は治ったのですか?」
すると彼女は自然な困惑を始める。
「へ…!?。確かにレナはレナですが…病気ってなんのことでしょうか?」
「…失礼しました。私は伝達屋のシモンと申します。今日は仕事でやってきました」
「伝達屋…?すみません、どういったお仕事なんですか?」
非常に面倒な状況だとわかり、とりあえず彼女に伝達屋の説明をすることにした。
彼女との“最初”の出会いを整理しよう。2年前、私はレイスという町で彼女と出会い、依頼を受けた。勿論その時に伝達屋の説明もしている。当時の彼女は重い病を患っており、いつも自室のベッドに横になっていた。今、ここにいるはずがないのだ。
一番考えうるのは彼女自体作り物であることだが、彼女から思考能力を感じ取ることができる。それだけで、私はこの人を“生きている人間”と捉える。
マグナムに言った通り、謎の解明は専門ではない。だが、やりづらいのは嫌いだ。
「ーーと言った仕事です。言伝の受取手か判断するので、名前と年齢を教えてください」
「なるほど…えっと、レナ・インクムです。今年で17ですっ!」
「17…」
違和感は深まる。
風貌は確かに17でもおかしくはない。しかし、私が彼女に会った時が21であったはず。
嘘をついているようには見えない。やはり、彼女は偽者なのだろうか。
そういえばーーリナリアという少年が旅に出たのは、彼女が17歳の頃だったと聞いている。
「折角なので食べにいってください!腕によりをかけてお料理作りますのでっ!」
返答に迷っていると彼女が木製のメニュー表を置いて、厨房へと戻っていった。
しばらくして、シモンの目の前に珈琲が一杯置かれた。感覚をそそらせる湯気が、止まることを知らない。
「えと、お料理は……」
「申し訳ないが腹は足りてる」
そう言ってコップを一啜り。無色透明のただのお湯の味。
いや、そんなはずがない。今自分が飲んだのは間違いなく珈琲だった。
今啜ったコップの中を覗いたが、確かに黒い珈琲がそこには入っていた。ただ、不思議と匂いのしない珈琲が。
もう一啜り。やはり、味覚が反応しない。どうやら味がないようだ。
「この珈琲。どうやって淹れましたか?」
「ちゃんと豆から取ってますよ。私、植物を生み出す能力なんです。食用だったり…それはそれは恐ろしいものだったり!そういう訳で、他のお料理も植物のみを使用したものとなってるんです。もしかしてお口に合いませんでしたか…?」
これを味覚で感じ取れる人間がいるのであれば、確かに私の口に合っていないと言えよう。
「いや、気にしないでください」
そんな冷笑的な発言はしない。
とは言ったものの、また謎が増えてしまった。やはり少々探ってみてもよいか。
〈ェムート〉
ひゃあ!という声が店の奥で聞こえた。レナが心配そうにそちらに行こうとしたので、
「彼は大丈夫だろう。俺があいつの服にちょっとした小細工したんだ」と、適当に引き止めた。無論そんなことはしていない。
〈テレパシーか!驚いたなもう…〉
そして元気そうだ。
〈一度この店に来たようだが、あなたはここの料理を食べたのか?〉
〈食べたよー。美味しい美味しい!って嘘を言いながら。味がしないんだろう?〉
〈話が早くて助かる。何故だと思う?〉
〈ん?簡単なことだろう?幻想だから。箱自体が幻想、その中の料理も幻想。別に不思議じゃないさ〉
〈料理は彼女が能力で生成したものだ。だが、彼女は生きている。人間の思考を形作ったアンテナが俺には見える〉
〈生きている?…なるほど。思考があれば生きている、と。それなら思考を持ってる幻想、とか。まあ、詳しい話を彼女が知らないなら、箱の持ち主様に聞けばいい。その人に会うため、この店に来たんじゃないのかな。近くにもう2人いるんだよね?〉
〈この店の2階、そこに2人分の反応があるが……お取り込み中かもしれない。アンテナ2つが非常に近くに見える〉
〈構わないさ、仕事は早急に済ませようじゃないか〉
そう言って、ェムートのアンテナが段々と高度を上げる。
ェムートは妙技で服を乾かしては、2階へと静かに上がっていった。
〈その先の部屋だ〉
暗い通路の先、手作り看板がかけられた扉へと近寄る。耳を傾けるも声の1つも聞こえてはこない。
〈ここはレナちゃんの部屋みたい。とても誰か居るとは思えないねー〉
〈開けてみてくれ〉
男は本の27頁目を開いて扉を押した。
〈どうだ。いたか?〉
〈うーむ〉
こじんまりとした部屋の中、一通り見回しても、ぬいぐるみと目が合うだけである。気配も、隠れられる隙間の1つもない。ただーー。
「…困ったなー」
「ここか?」
「遅かったなマグナム。何処まで行っていたのだ」
ようやく辿り着いた喫茶店に入ると、早々にシモンの毒が飛んできた。ただ、予想は出来ていたため即座にこう返す。
「お前の書いた地図が違ってたんだよ!!」
「うるさい。店の中だ」
この……っ!
再び怒号を放とうとしたが、厨房に見える女性が怯えているのがわかり、おとなしくシモンの隣の席に腰を置く。舞も、マグナムという椅子に座る。
「具体的にどこだ」
「あ?ガーデンの広さだよ、数倍はあったぞありゃ」
「ふむ…そうかもしれないな。別に元となった町が存在するだけで、内部構造が全く同じとは限らない。そこは謝ろう、判断材料が足りなかった。だが、お前が住人と接触している時間が、やけに長かったようにも思われるがどうだ。本人確認の所要時間の十数倍はあったなあれは」
「げっ…」
そう、地図の食い違いは言い訳でしかない。
「舞はどうだ。楽しかったか」
「たのしかった!!いっぱい いろんなおはなしした!!」
再びマグナムの負け。
「えっと、お冷やです。何か注文があればお気軽にどうぞ!」
すると厨房にいた水色髪の女性が、溢れんばかりに水の注がれたコップを置きに来た。その朗らかな笑顔が眩しくて、口元が緩んだ。
「彼女はここの看板娘のレナさんだ」
「レナです!腕を振るった料理作りますよー!!」
「レナ…?」
ふと聞いたことのあるその名前に疑問符が浮かび、返答を忘れる。
〈前に言った依頼人の女性だ。ただ、確証はない〉
〈…何言ってるんだ?〉
〈説明が面倒だ。とにかく先に、お前に紹介しなければならない奴がいる〉
言っておいて何の説明もせず、勝手にテレパシィは切れる。
「俺の前にいるのが旅人のェムートだ。この町の探索中、お前達の護衛をしてもらえることになった」
「どうぞよろしくねー」
先ほどからちょこちょこと目についていた黒服の青年が、笑顔でこちらに手を出す。黒服と言っても防衛屋の制服とは異なり、おそらく修道服と呼ばれる代物だろうか。
首からは十字架の引っ掛けられたネックレスが下ろされ、彼の前には聖書まで置いてある。それに後ろの棺は…何だろうか。
「よ、よろしく…」
本来、人を守る立場である防衛屋が護衛されるのは癪だが、頼んだ後のように思われるため、少し躊躇しながらも手を握り返した。それにシモンのことだ、何か理由があるのだろう。
「さて、本題だ。レナさん」
「はいはーい!ついにご注文ですか…!」
「いえ、質問です」
「ふえぇ……。遠慮はいらないんですよ……」
「では遠慮なく。貴女は“人を取り込む箱”についてご存知ですね」
「えっ!?いや…その……お答えしなくてはいけませんか…?」
「先ほど行った通り、重要な仕事なんです。お願いします」
「……わかりました。私、取ってきます!」
そう言ってすぐ、彼女は奥へと消えた。
「ん?箱入りの町の中に、もう1つ箱入りの町があるのか?」
「そうだ。先ほどェムートに確認してもらった」
「盗もうと思ったんだけどね、持てなかったんだー。色々無理なく試したけどすぐ中に入っちゃってね。でも、今の口振りだとレナちゃんは持ち運べるみたいだね」
「ほー…ってえ?盗ーーー」
彼女が戻ってきたので、マグナムは口を閉じた。
彼女の両手の上には、この町に入る前に見たような立方体が乗っていた。だが、中の景色に水気はなく、砂漠と天を見上げる立派な城がある。
「ふぉぉぉぉぉお!!」
マグナムはすかさず、少女の伸びそうな手を取り押さえた。
「そうはさせんぞ」
「ぬぬぬ…」
「…見たところレナさんは取り込まれないようですが、何故“人を取り込む箱”とご存知なのですか」
「私の友達が、中に入ったまま出てこないんです……でも、何故か私は入られなくて……彼は入る前に大丈夫と言ってたのですが…心配で…」
「ご友人のお名前は」
「リナ。リナリアです!」
言伝の受取手の名前だ。
「連れ戻してくれるのですか…?」
「彼が救出の手を求めているのであれば、私の隣にいるマグナムというお節介が手を貸すはずです」
「いや俺かよ!」
「違うのか防衛屋」
「いやまあ…助けるけどよ…」
「ありがとうございます!」
彼女は箱をテーブルに置く。そして、シモンがそれに触れた。
箱は膨らんでは、その場にいたレナ以外の4人を食らう。いざなわれるのは、陽射しの痛い砂の国。




