アメノマチ
「舞…っ!」
「ごめんなさ〜い」
「死ななかったんだ。責めるほどのことじゃない」
「えっと……わーい!」
シモンが入り口の傍らで山となっていた傘から、黒色と橙色のそれを2人に滑らせるように投げた。傘に壊れた様子はなく、近くの看板に[ご自由にどうぞ]とだけ書かれている。
「それで……箱の中、ってことでいいんだよな」雨音に負けぬよう、マグナムは声を張る。
「そのようだ。人の気配も5人分ある」
「箱に入った町か……不思議なこともあるもんだな」
「不思議だと?お前の武器も“箱入り”じゃないか」
あぁ。と正気の抜けたような相槌を打ち、雑談を続けようとする彼に反し、シモンは茶色い傘を差して町の内部に向け歩み始める。マグナムは、傘を振り回していた舞の腕を引っ張り、急いでその後を追った。
「先に進むのか?!!罠かもしれないぞ!!」
「集落から遠く離れた雪原の雪の中、誰に対しての罠だと言うのだ。それに、たとえ罠であろうとも、伝達屋としてなるべく多くの人間と対峙する必要性がある。説得など無駄だ」
マグナムの背中には黒い渦が広がっていた。渦の先に先程までの吹雪が見え、おそらくそこを潜れば容易く帰れるのだろう。ただ、シモンは進むことをやめてくれそうにない。
辺りは幅の広い水路で溢れ、所々船が止められているが、使われた様子もなく呑気に浮かんでいた。
シモンが言うには人がいるらしいが、目の前の商店街に人の気配などなく、曇り空も相まって淀んだ空気が漂う。
3人は雨宿りも兼ねて適当な店に入った。店内に寂れた様子もなく、明かりが灯らないことと、人がいないこと以外は特に変わったところのない普通の飲食店であった。
「仕事の話だ。少し待ってろ」
その言葉を聞いて、安堵のため息とともに肩の荷を降ろしては腰を置いた。舞も素直にその隣に腰掛ける。
あまりにも暗いため、すぐに荷物の中から魔法陣の描かれた紙を取り出し、拳ほどの光の球を呼び出す。
「なにこれー?」
「“呪術”か。持っていたんだな」
「少しだけだよ。戦闘で使えるほどじゃない」
一方のシモンは、店の奥から紙と炭を用意しては、静かに何かを描き出した。
「仕事の話じゃなかったのか?」
「舞に似てお前もせっかちだな」
「…こいつと同じにされちゃひとたまりもねえな」
「あー!マイのわるぐちいったー!」
「……せめて何描いてるか教えてくれないか?」
「安心しろ。もう出来た」
すると、大雑把な地図が2人の前に置かれる。そこに最後の仕上げで5つの丸印を加えられた。
「この町の地図と人の位置だ。お前たちはガーデンと書いた地点に向かってもらう」
ガーデンは向かって左側、やけに広く描かれている広場であった。その奥の方に、丸印が1つ置かれている。
「伝達って能力は、地形も人の位置もわかるのか…」
「俺のような伝達能力者は、誰しもが持つ“人間のアンテナ”を感じることが出来る。謂わばそれが人間の思考だ。まあ、何を考えてるかまではわからないがな。それに意識を接続し、思念伝達をしているのだが、そのシステムのお陰で周囲の人の位置をある程度把握することも出来る、という訳だ」
「…地形を把握できることの説明がついてないが?」
「そうだ。俺は地形を把握してはいない」
「あ?」
逆説的な男の発言に対して暴言を続けそうになったが、シモンは抑止するように話した。
「入り口の佇まい、町の随所に流れる水路、止むことを知らない雨。俺はこの町に一度訪れている。だが、自身の身の丈より小さい箱に入る体験は今回が初めてだ」
「何言ってるかさっぱりなんだが」
「複製品、とでも言おうか。おそらくこの町は何者かが能力などで作り出した偽物だ」
「町の等身大レプリカってことか?んなことが簡単に出来るとは思えねえが…」
「だが、仕事に直接何かある訳じゃない。好都合なだけだ、深く考えるな」
「…そんなテキトーに流していいのか」
「謎の解明や人助けは、言伝の配達に関係しなければ全くもって管轄外だ。そんなことに時間を裂く気はない」
防衛屋は人助け専門なんだがな。
そう言い返そうかと考えたがやめた。彼の目に、自分はただの舞の保護者 兼 荷物持ち程度にしか写っていないだろうことは、既にわかっていた。
「合流地点は中央の丸印が3つ集合している喫茶店だ。ただ…この飲食店、1つ覚えがあってな」
「覚え?」
「過去に訪れた時、この店の看板娘から依頼を受けている。ノートを開いてみろ。依頼人の名前は“レナ”」
床に転がっていたリュックに手を伸ばし、灰色のノートを取り出す。
「ーーあった。依頼人の名前はレナ。数年前にレイスの町を出たリナリアという少年への言伝……か」
「愛する幼馴染みの病を治す術を求めた男の、勇気ある旅だ」
「もしや、その男が喫茶店にいるんじゃないのか?!!」
「裏付けはないが、可能性はある。何はともあれ先を行く他ない。荷物はここに置き、先を行くぞ」
シモンは早々の出発を促す。ただ、マグナムには1つ思うことがあった。
休みたい。
腰の下にあるのはクッション性の欠片もない木製の椅子であったが、半月以上歩きっぱなしのその体には非常に心地よかった。旅の道中で座るのは大半雪の敷かれた冷たい地面でしかない。
せめてもう少しだけ会話をーー。
「マグナムさん、ガーデンってなに?」
ここで舞が程良い質問を投げる。
でかした舞!その質問、答えさせてもらうぞ!
「ガーデンてのはな、直接的には庭って意味だ。だが、今回のは家の小さな庭程度じゃないぞ……町の庭だ!きっと色鮮やかな花が沢山あるに違いない!」
そうテキトーな解釈を交えて、自身でも驚くほどご機嫌な声で返答した。
「おはなぁーーー!!!」
食らいついた、このまま会話をーー。
「はやくいこう!!マグナムさん!!」
あ。
百聞は一見にしかず。
舞は男を力強く引っ張る。そうそう上手くいくものではない。
マグナムは負けを認めた。




