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伝者旅 壱章  作者: 諸星回路
出会い、旅支度編
11/35

ミッちゃんへ

 タワータウンで過ごして6日が経った頃、その時は突如やってきた。

〈マグナム。至急、4番地隅の青銅色の塔、405号室に来い〉

 本人確認がビンゴした。



 男が唐突にやってきたかと思えば仕事だと言う。怪しさで満たされたような素振りであったが、男は自身が伝達屋だと次に言う。

 噂程度だったが、聞いたことはある。捨てたような遠い過去を蝕んでは、一方的に今との繋がりを持たせようとする輩だと。

 身に覚えはあったが、やはり自分も捨てていたがため最初は断った。だが、彼は懐から町長のサイン付きの証明書を出したものだから、早々に中へと招き入れた。

「自己紹介する。4代目伝達屋、シモンだ」

「知ってますよ、伝達屋。用件は何でしょうか」

「貴方が言伝の受取手であるか確認がしたい。まずお名前と年齢を」

 遠慮的だが上からなその口ぶりが、少し癪にさわる。だが町長のサインがある以上、話を放棄することは出来ない。あの人には恩がある。

「ミナギ・クレーシャー。今年で43です」

「なるほど。では質問を増やします。ご出身と、その町を何年前に出ましたか」

「出身はダグラット。町を出たのはーー」

 そこまで言ったところで、質問への違和感に気付く。

「何年前に出たか…だって?」

「町を出たのが22年前であれば、貴方は受取手と認定され次の段階へと移行します」

 あるんだな…。

 僕は21歳になる頃、生まれ故郷であるダグラットを飛び出してこの町へと移住してきた。勢い任せの無謀な駆け落ちだった。

 旅の道中で彼女は死んだ。町の人間が出ないだけで近い場所に集落があるものだと思っていたが、10日経ってもそれらしき物を見ることはなく、ひたすらに終わりのない雪原が広がっていた。僕が食糧を生成できたためそれで困ることはなかったが、彼女は耐えきれず自ら息を絶った。そして次の日に、僕はこの町を見つけた。これ程の皮肉は以降味わっていない。

「私の父からですか?」

「いえ、貴方の母親と思われます」

 母親というその言葉を聞いて、安堵のため息が出た。

 駆け落ちを決めたのは、僕の父が婚約に酷く反対したためである。母は反対意見など持ってはいなかった。

「少し、時間をくれますか」

「構いません。こちらも連れを呼ぼうと、少々時間を設けようと思っていました」

 男がそう言うので遠慮はしないことにした。

 優しかった母が、20年以上経った今日に何を伝えようとしたかは全く予想できない。ただ、長年の決着がきっと今日なのだと、僕には思えた。

 そう時間も経たないうちにもう1人、男がやって来る。全身黒の正装を羽織る誠実そうな青年だ。

「ここに来るまでに事情は聞かせていただきました。コールリングで防衛屋をしているマグナムです。よろしく」

 男は握手を求める手を出す。自身の手でそれを握ると、鍛えられた彼の手が優しく握り返した。

「こちらの準備は完了しました。急かすつもりは無いのですが、始めますか?」

 そう伝達屋の男は急かす。ただ、覚悟は出来た。

「始めてほしい」

「わかりました。ではこれから貴方に言伝を譲渡します。注意事項としては、これから始めることは“手紙”や“伝言”とは全く異なる行為であることです。もう少し掘り下げて言えば、“私の過去の記憶”を“貴方にこれから記される記憶”へと挿入します。つまりは、私が言伝として受け取った彼女との対面の記憶を、全てそのまま貴方の記憶にします。ですが私の思考は介入しませんので安心してください。それに、言伝を体験している間の時間経過は殆どありません。それでは、手を出してください」

 さらりと言われたその言葉だが、意味はうまく理解出来なかった。ただ、質問するよりも味わった方が早いと考え、すぐに手を出した。

 それを伝達屋が、黒服の男より小さなその手で握り返した。

 そうして10秒ほど経過するーー



「ーーもういいのかい?」

 懐かしい声が僕の耳に入ってきた。

 気付くと僕は白髪混じりの女性と対峙していた。それが、知らないうちにシワの増えた僕の母親だとすぐにわかった。

 言伝の体験が始まる。

「ミッちゃん、元気かい?ミッちゃんのーお母さんだよー」

 そう、こんな人だった。厳しい父とは正反対で、気難しいことが大嫌いな僕の母。全てが懐かしい。

 胸が痛く、目頭は熱くなる。不思議と涙は流れないが僕は泣いていた。

 母は僕が産まれた時の話をする。あの父の泣いた姿を初めて見たという話。

 母は僕が4歳の時の話をする。迷子になった僕を必死に探して叱りつけた父の話。

 母は僕が10歳の時の話をする。父からのプレゼントを僕が気に入らず、逆に叱られてしまった話。

 捨ててしまった過去に埋もれた大事な思い出達。何度か聞かされたことがあるのに忘れてしまっていた、父の不器用な優しさ。

「お父さんはねー、ミッちゃんのことが大好きだったの。私とおんなじでね。私と結婚する時も口ぐせみたいに言ってたんだよ。子どもが欲しいなんてね。お父さんいつもミッちゃんを叱ってたけど、ミッちゃんは好奇心一杯の子で心配だったからなの。それでね、いつもぶきっちょな自分にも叱ってたの。知らなかったよねー、笑っちゃうよねー。ミッちゃんが結婚したい、って言った時のお父さんは怖かったよね、いつもよりも沢山叱ってた。自分でもわからなくなっちゃったんだって。ミッちゃんの子どもも見たいけど、自分から何もあげられないまま離れてほしくはなかったって。私には何でも教えてくれてた、ぶきっちょなお父さん」

 そこまで言うと母は少し俯いた。

「お父さんは病気でもうこの世界にはいないの。ミッちゃんが出る前から自分ではわかってみたいで、私の知らないうちにお医者さんのところに何度か行ってたみたいなの。……だから、私が代わりにミッちゃんを叱ってあげるね。…ミッちゃん。一度、うちに帰ってきなさい。そしたらーーミッちゃんの作った美味しい料理をみんなで食べようねー。子どもが出来たならお父さんに見せてあげてね」

 言葉に出来ない感情が溢れだす。おそらく涙も言葉も出ないのはこれが“言伝”であるからだろう。それでもーー

 母が視線の先の手を握る。優しい感触、冷たい温もり、視点主の手よりも小さな母の手。

 母が僕の目の前にいる。五感がそう言っているのだ。

「待ってるねーーー」



「…………!」

 今に戻される。そして、自身が滝のような涙を流していることに気付いた。

「……かあっさん…っ……ごめん…なさい…っ…」

 呂律の回らないその詰まり気味の喉で、精一杯紡ぎたかったその言葉をゆっくりと吐き出し、止まらぬ涙を手で覆う。

 捨てた過去?捨てられる訳なんてない。僕は人殺しだ。僕がこうして生きている限り、その罪を背負わなくてはならない。今までの20年間、僕は逃げていた。まずはダグラットに帰って、向こうの両親に深く謝罪をしなくてはならない。許されるなんて思ってはいない。でも向き合うんだ、この罪に。

「伝達屋…っ!…この思いを届けてくれて……本当に…感謝する…!!」

 治りきらないその喉のまま、伝達屋に感謝の言葉を伝える。

「役に立てて光栄です。それでは」

 彼はそう返して連れの男と共に部屋から消えた。


 すぐに帰る支度をしなくては。自分の手に残る母の温もりに触れながら、早速行動を始めた。

「突如去った息子への母の愛、か。届けられてよかったな」

「ああ。このために、俺は仕事を途中で投げ出すわけにはいかないのだ」

「…なあシモン。伝達屋の仕事にやりがいとか感じてたりするのか?」

「やりがい…か。俺の内にあるのはそんな感覚なのかもしれないな」

「意外と感情豊かだよな、あんた。…因みに、俺は何故呼ばれたんだ?」

「実際に言伝を伝達する場面を見せた方が良いと思ったのだ」

「いや、それは察したけどよ。向こうにとっては、反応見に来た悪趣味な奴じゃないか、あれじゃあ」

「…想定外だ」

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