ジェイの暴力的特訓
「特訓だ」
カウンター越しに男は言う。
「…へ?」
カウンター手前の男は情けない声でこう返す。
マグナムが目覚めて何秒と経たずに今の状況へと展開する。昨晩のように酒場でカウンターを挟んだ、男と少女とおっさんの会話。ただ、見たところシモンの姿はない。
「いや…寝起きだが」
「マイはおきてからもう、なんびょうもたつよ!」
「…舞は少し静かにしていてくれ」
「はーい!」
舞はそのままカウンターを降り、手を大きく広げては、店内をうるさく走り回る。
「昨晩伝達屋のぼっちゃんに言われたのさ。お前をぶん殴ってやってくれないか、ってな」
「そんな訳ねえよ。流石に仲間を殴ってくれなんて…なあ?」
「嘘じゃねえっての」
マグナムはカウンターに伏せ、項垂れる。
「まあ、冗談は混ざってたな。酔ってたようだったし」
「当の本人はどこ行ったんだよ」
「それがよ…オレもさっきここで起きて探したんだがよ……オレの部屋の布団で寝てやがった!ちくしょう笑えるぜ!確かにオレあ昨日泊めてやるとは言ったけどよ!まさかオレの布団で寝られるとはなぁ!あぁ、してやられたぜ全くよお!」
そうして、大袈裟なまでの笑い声を轟かせた。舞はそれに反応し、流されるがまま大声で笑い出す。
「お前ら昨日はデコボコかと思ったけどよ、案外面白えじゃねえか!下向きな世の中愉快に旅してくのか!いいねぇ、若いねぇ!」
「…少し気分悪いんだ。話を戻してくれ」
「大して飲んでねえくせに二日酔いかー?弱っちいなぁ。そんなお前にはやっぱり特訓だ」
「…まあ、一体何するんだ?」
「とりあえず、外の風に当たりに行こうじゃねえの。まずコート羽織ってこい」
「コート?」
2,3秒待って、自身が白シャツ姿でいることに気付いた。肝心のそれは一晩の役目を終え、床の上に乱雑に捨てられていた。
「…俺が脱いだんだっけか…?まあいいか」
拾い上げてはすぐさま胸ポケットをま探って、鉄の塊を確認すると、軽く埃だけはたいて身につけた。間違いなく着慣れた自分のコートだ。
「一応、仕事の手伝いしろって言われてるんだが…」
「手伝う先が眠ってんだ。構わねえだろ?」
まあーいいか。と正気の抜けたような相槌を打っては、自身のリュックは置いたまま舞を連れて店の外へと出た。
「ふぉぉぉぉお!!いっぱい!!ながいのがいっぱいだよマグナムさん!!」
少女が言う通り、街中に置かれた大量の塔は各々の個性を従え、曇天を突き刺す。中には、雲によって全貌が見えないものまである。
「ああ。昨日はよく見れてなかったが、また高い塔が増えてないか?」
「この町はそうだろうがよ。各々が見栄はって、意味のねえ高さを求めてやがる。オレにゃ関係ねえがな」
余談もそこそこに、酒場裏手の路地から、足元の覚束ない階段を抜けて、限りのない雪原へと戻ってきた。人影など1人も見えず、ただ8時の陽光が自分達を雲の隙間から覗いてくる。
「よし、そんじゃ嬢ちゃんはオレの後ろに来い」
「なにするのー?」
「嬢ちゃんが安心して過ごせるように、ボディーガードをぶん殴ってやるのさ」
「わかった!がんばれ!」
なんとも元気で嬉しそうなお返事。
少女は健気な足跡を残しながら、ジェイの後ろに着く。
「よしマグナム。俺が教えた、特殊能力におけるルールの復習だ。種類は大きく三種類、何かしらを生成して操る生成力、人体の機能を飛躍的に強化できる身体力、んでそれらとは明らかに異なる超能力。ポイントは、人は1個しか持ち得ねえが、全部が全部武器になるわけじゃねえ。だがそれでも、能力を把握していないデメリットが大きすぎるってことだ。さて、久々に見せてもらうぜ。お前の超能力」
1枚のコインがジェイの指から打ち上げられる。
「ベット。勝者が敗者を一発殴る権利」
コインはジェイの右手に落ち、そのまま背中に隠される。次に男は握り拳を2つ突き出す。
「手の中にコインが入っている。当ててみろ」
マグナムはすぐそれに答える。
「あんたの両手」
「……!馬鹿野郎!能力を使え!!」
「………。」
無言のマグナムに苛立ちを向けながら、ジェイは後ろにいた舞の握られた両手を開いて見せた。
「正解は嬢ちゃんの両手の中だ。確かに、オレは1枚のコインとは言ってねえ。だから両手に入ってると推測したのはお見事だ。だが、そんな推測、お前には必要ねえはずだ。お得意の“ギャンブル”能力を使えばよお」
「俺はギャンブル能力者じゃねえ。無能力者だ」
「テメェの御託を聞きたいんじゃねえよ。持ってねえのと使わねえのは別だ」
「違う。本当に、能力がなくなったんだ」
8年前、確かに持っていた。"ギャンブルを99%勝利するほどの強運”だ。ジェイはそれを“ギャンブル”の能力と呼び、疑いの目は特に向けなかった。しかし、ダイスラックを去り、ギャンブルの縁からも離れ、いつの間にか強運の女神さえも去ってしまったらしい。
「んな…馬鹿な…」
「昨今の勝率は2割3分だ。今じゃれっきとした無能力者なんだよ」
自身の持つ特殊能力がはっきりわからないまま時が流れる人間、つまり無能力者という存在は、世界に少なくない。だが、能力が消えるというのは全く別の話である。
「本当にただの強運だった、ってのか?あり得ねえ…」
「考えるのは疲れた。だから、俺はこの肉体とこの武器で戦うつもりだ」
そう言ったマグナムの黒ズボンからは、掌でギリギリ納まる程度のサイコロが出てくる。
「オレが手に入れてやった“商売道具”か」
「まだまだ現役で使わせてもらってるよ」
「…よし。そんならテストしてやるよ。まずは、撃ってみな」
「舞が近くにいるのにか?」
「オレに命中させる自信がねえのか?8年経って平和ボケか?情けねえなぁボディーガードさんよぉ」
ジェイの煽り文句に久々に腹が立ち、手持ちのサイコロの1の目を押すことで“展開”させる。面は6つから数百に。
ブロックバレット、それがマグナムの武器の名称だ。普段はサイコロの形をし、1と6の面を押すことで武装変化する。
右手に添えられたのは、黒いフォルムをした手頃な拳銃。呪術によって、半恒久的なノーリロードを可能にしたものだ。高性能ということはないが、並の銃と同程度の威力は保証されている。
ジェイの首の真横の空白へと狙いを定め、弾き鉄を弾いた。弾丸は数える暇もなく彼の首元へと接近するも、手前で薄汚れた色の液体に包まれては火を放って破裂し、真っ白なクッションへと落ちた。
「構える速度はマシになったな。次、盾だ」
ジェイに言われるまま、拳銃のセーフティを効かせるとサイコロになって手中に戻った。その流れ動作で次は6の目を押して再び展開させる。面は6つから2つに。
ブロックバレットのもう1つの武装、半球状の透明な盾。それは宙に浮かび、右手から数cmの間を保った状態で固定された。
纏ったのと逆の手で触れるとあっけなくサイコロ状に戻るが、大砲を数発くらえるほどの強度を持つ。受け手が耐えられればの話だが。
ジェイが掌を向けたことを合図に、盾を構える。
男の手から放たれた汚濁色の液体は数十。八方からマグナムを狙うが、全て盾の前に弾けて虚しく散る。
「結構強めにやったんだがなあ。これもマシになってんな」
「当然だっての。防衛屋で散々鍛えてんだ」
「それじゃ…こいつはどうだよ!」
すると男は両手を振り上げて、マグナムの頭上を覆う高波を作り出した。酒の波はマグナムを押し潰そうと、形を殺して振り落ちる。
「本気かよ!!?」
すぐさま盾を上に向けて構える。反射速度は足り、大粒の雨を受け止めーー。
瞬きの隙間に液体が停止する。
並びに停止する判断力。
そのすぐ横で力強く踏み込まれた誰かの右足。
太い握り拳が、半身に急速に接近した。
マグナムがはっと気付いた時には、既に雪の中で倒れていた。ふと通り過ぎるそよ風に、触れた右頬がやけに痛む。
「遠慮して左で殴ってやった」
「遠慮したら殴らないんだよ…っ」
「文句言うんじゃねえよ。権利はさっき貰ってるんだよ。お前からな」
寝転ぶ男のすぐ横で、哀れんだ瞳が覗きこむ。
「こっちは能力1つで銃も盾も扱える。お前は旅するにゃ向いてねえってことを、改めてお前の体に叩き込んでやったのによ」
マグナムは雪から顔を上げ、自身の姿を目で追える範囲で見つめた。風貌だけは立派な防衛屋の人間だ。
「やっぱり…才能かよ」
「あーあー。お前がどれだけその問題と向き合ったかは興味ねえがよ。人間誰でも個性があって才能もあんだ。まず自分に出来ることを見直せ。あとは利用して、適当に遊んで妬んで死んどけ。不満か?」
「不満だよ。俺がやりたいのはギャンブルじゃない。…少し、弱気になっちまったな。俺は…個性だろうが才能だろうが頼らねぇ。ジェイ、1ヶ月の間昔以上に俺を叩き潰してくれよ。全力で刃向かってやらああ!!!」
「おうおうおう!待ってたぜその言葉!!オレはお前のその根太さが気に入ってんだ!自分の力量をガン無視したお前みたいな奴のが、バカでアホで人間臭くて大好物だぜオレぁよ!!」
ジェイはタワータウン全体に響きそうな大声で笑い出す。やはりそれに反応しては舞も高らかに笑い出す。
殴られた際に左手が触れたのか、盾は右手の中でサイコロへと形を戻していた。まだ短い人生の中、十数年も持っていたそれを強く握った。




