七
千が春宵高校を走り去っていく少し前。テスト初日を終え、生徒のほとんどが帰宅し、図書室で自習している生徒と教師のみが校舎内に居るだけの寂れた春宵高校の下駄箱に鹿野華茄は立っていた。
明るい茶色の髪を黒のシュシュで束ね、制服を着崩した様相をしている華茄は履き替えた上履きを持ったまま、携帯を片手に校舎に進入しようとしている若い女を凝視した。
洒落っ気の無い全身に、一目で分かるほどに目の下で浮かび上がった濃い隈。だというのに、長い手足と引き締まった肉体。整った美しい容姿のおかげか、シンプルな格好もかなり様になっていた。
それに化粧をしている様には全く見えないのに、眼前で深刻な表情を浮かべ始めた若い女の顔は綺麗だった。嫉妬を覚える事などおこがましいと思える程の容姿を華茄は初めて見た気がした。意識が吸い取られていく様な感覚があり、視線を目の前の女から離せない。黒いセミロング程の髪が風に靡く姿は絵になっていた。
化粧をして、服装を整えれば、完璧なのに残念な人だな、と華茄は手に持っていた上履きを下駄箱にしまい、扉を閉めた。パタン、と音が鳴ったのと同時に右の爪先を地面に二回叩いた。そうして、華茄が外に向かって歩き出した時だ。
突然、学校に背を向けた女が口にした言葉で華茄は全身に稲妻が奔ったかのように動きを止め、目を見開いた。
「良い子だ。じゃあ《青》に伝言よろしくな」
……《青》?
聞き間違い?
そんなはずはない、と華茄はすぐに結論付けた。《青》などという名前の人物が大勢いるはずは無い。間違いなく私が仕事を依頼した《青》という人物と同一人物だ、と根拠のない確信を得ていた。
《青》という人物とは四日前に一度だけ顔を合わせ、依頼内容について綿密に話し合っただけだが、あの若い女は《青》とどういう関係なのだろうか。どんな目的で高校の敷地内に入っていたのだろうか。
私の依頼の為に……?
それとも別の理由?
華茄は肩に提げている学校指定のスクールバッグの紐を握り締めると、走り去って行った女の後を追う様に全速力で校舎を飛び出した。
もしも、あの女が私の依頼をこなす殺し屋だとしたら、私も何か役に立てるかもしれない。
この復讐は必ずやり遂げる。その為ならどんなことだって私はする。してみせる。覚悟はもう決めたのだから。




