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第五話 三

 警鐘が鳴った。どこからかは分からない。《大蛇》の声が耳を通過し、脳に浸透した時には、数メートル先にいた男が目の前にいた。瞬きをした瞬間を狙った訳ではない。純粋な身体能力による高速移動。


 《大蛇》の蹴りが《青》の巨大な体を吹き飛ばした。芝生を転がっていく《青》を横目に見ながら、考えるよりも先に千は頭を下げた。上空でとてつもない速度の蹴りが通過し、その後に蹴りによって生じた風が髪を靡かせた。頭を上げる。目を開く。神経を目に集中させる。


 顔を上げると、《大蛇》の拳が既に右頬に存在した。避ける事は既に叶わない。千は、左側に体を傾ける。それは本当に僅かな傾き。受けるしかないのなら、少しでも威力を軽減するしかない。《大蛇》の拳が頬に当たる。歯を食いしばり、痛みに耐える。


 衝撃を受け流しているというのに、千の体は左に大きく傾き、一瞬意識が飛んだ。空中に浮遊した状態で意識が戻り、倒れそうな体を支える為に左足を強く地面に踏み付ける。踏み付けたと同時に、鳩尾に鋭い蹴りが放たれた。後方に吹き飛んだ千の体は、芝生を転がりベンチの背もたれに激突。背骨が軋む音と共に、芝生の上に頭から倒れた。


 鳩尾に入った蹴りの衝撃が、予想以上に体に深刻なダメージをきたしている様だ。唾液が口からこぼれ、胃が痙攣し、呼吸が上手く出来ない。過呼吸の様な短い間隔の呼吸でしか、体に酸素を取り入れる事が出来ない。ベンチの背もたれを手で掴み、無理矢理に体を起こす。起こさなくてはならないのだ。


 《大蛇》の姿がゆっくりと緋乃に向かっているのが見えた。緋乃が怯えている。緋乃の体が震えている。必死に千と《青》へと顔を向けている。助けを求めて自分を見ている。


 

 早く行かないと。



 何度も転がりながら、千は緋乃に向かって走り出した。《大蛇》が使った薬品が何なのかは分からない。どうだっていい。間に合わなければ、緋乃の細い首など簡単に折れる。《大蛇》にとってそれは造作も無い事だ。



 間に合え、間に合ってくれ。



 緋乃との距離は残り約十メートル。《大蛇》の手が緋乃の首を掴んだ。太い手首に緋乃の涙が落ちる。



 やめろ。



 声が出ない。呼吸がままならないせいか口から音が出ない。



 やめろ。



 《大蛇》の腕に力が入った。



 やめろ。



 緋乃の顔が苦しそうに悶えている。《青》が走っているのが見える。



「やめろ!」



 声が出た。手を伸ばす。届かない。



 《大蛇》の口角が上がった。手首の血管が浮き出ている。青緑色の太い線が浮かび上がっている。


 

 おい、やめろよ。手を離せよ。その汚い手を離せよ。



 緋乃の口から涎が垂れる。舌が飛び出る。



 やめろやめろやめろやめろやめろやめろ。



 失う。全てを失ってしまう。思い描いた未来も、彼女の笑顔も、全て。




 殺す。




 世界が止まった。舞い落ちる葉も、池に広がる波紋も、風に揺れる濃赤のコスモスも、全て。



 殺してやるよ、《大蛇》。



 千は笑った。歪に、不敵に。千の瞳は蒼色に輝いていた。


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