第四話 三
「《白》の子供だったね。残念な事に、《白》の子供については私も詳しくは知らないんだ」
「それでもいい。知ってる事を教えてくれ」
慧はソファに腰を下ろし、自らが入れたコーヒーに口を付けた。
「君達三人に行っていた実験が終わった後に、私達は《白》から、あるお願いをされてね」
「お願い?」
《青》がソファから身を乗り出した。千も、もたれ掛かっていた壁から一歩前に出る。
「子供が欲しい、と言われてね。その時、被験者が子供を生した場合、子供にどんな影響が出るか調べろ、と私達も言われていたんだよ。だから、二つ返事で承諾した」
「体外受精だって聞いたけど」
「よく知っているね。そう、体外受精だ。《白》の体から卵子を取り出し、《青》。君の精子を使って受精卵を作った」
「え?」
《青》の顔が固まった。何を言っているのか分からない、といった顔だ。
「《青》の精子を使った事は《白》も知らない。知っているのは、今はもう私とお国の方だけさ」
《青》は慧の胸倉を掴み、自身の体へと勢いよく引き寄せた。優しさなど欠片も無い表情。怒っても悲しんでもいない、どうしたらいいのか分からない、といった表情だ。震えた腕が彼の動揺をそのまま表したかの様だった。
「勝手に君の精子を使った事は謝るよ。すまなかった。だけどね、君の精子を使う事を決めたのは私達じゃない。国のやつらだ。私達は命令には逆らえないんだ。知っている事だろう?」
慧は少しの動揺も見せなかった。落ち着いた様子で《青》の腕に触れる。
「《青》に言わなかったのは、君の精神が不安定だったからだ。千も《青》も《白》も実験直後は精神が不安定だった。その中でも、千と《青》は特に情緒が不安定だった。それは君達が一番分かっているはずだ。そんな不安定な君達には、まだ言わない方がいいと思ったんだよ。余計な混乱を招くと思ったんだ」
《青》の全身が震えていた。汗が頬を伝い、顎に溜まっていく。重さに耐えられなくなった汗は、玉となり《青》の腕に落下した。
飛び散る飛沫がスローモーションの様に見えたのは、呼吸がままならないせいか、心臓が正常に機能していないせいか、心がいきなり発生した大渦に、ぐちゃぐちゃにかき回されているからだろうか。
「……子供は? その子供は今どこにいるの?」
震えた《青》の声は、静かなこの部屋に虚しく響いた。
「私は知らない。研究所が何者かに襲われた時、私は《白》を逃がすだけで精一杯だったんだ。その後、彼女が子供を無事に産み終えたのを見届けた後、私は《白》とは別れた。子供の居場所までは分からないよ」
「お前は子供の姿を見たんだろう? 子供に何か変化は無かったのか? そのための実験だったんだろ?」
千が間髪を入れずに言った。
「……瞳の色。瞳の色は何色だったの?」
千と《青》の勢いに圧倒されたのか、慧は黙ってしまった。
《青》が息を呑むのが分かった。それを見て千も息を呑み、慧が再び口を開くのを待つ。慧の口が僅かに開いた。千は息を吸い込んだ。心臓の鼓動が爆発的に上がっていく。呼吸音が鮮明に耳に残る。慧の言葉がとても遅く聞こえ、無意識に腕を組んだ。スーツの袖を強く握り締め、動揺を打ち消そうと躍起になる。
慧が全てを言い切った時、千は眩暈を起こした。視界が一度白く染まり、体が真っ直ぐに立てず、ふらついた。額に浮かんだ汗の玉を手で拭う。平常心の仮面を被る様に、千は無表情を作った。
「その子の瞳は、血の様な赤色をしていたよ」




