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第四話

 千は、十二歳の時、ある研究所に入れられた。国が秘密裏に認可した、非合法の実験を行う実験施設。映画や漫画によくある、地獄の様な苦痛を与え続ける拷問紛いの人体実験とは違った。耐え難い苦痛は確かにあったが、命を奪う様な事はなかった。


 被験者は三人。千と《青》、そして《白》と呼ばれる女性の三人。


 三人が選ばれた理由は割と簡単だった。


 単純に実験中に死亡したとしても処理がしやすいからだ。三人とも、表社会との関わりが薄い。修行ばかりでろくに学校に通っていない千、喧嘩屋として日々暴力沙汰を起こしていた《青》、殺し屋を殺していた殺し屋狩りの《白》。


 死んだとしても自殺、もしくは事故として片付ければすぐに済む。誰も疑うことは無いだろう。千に至っては両親の承認も得ている。実験が漏洩する心配はどこにも無かった。


 三人は同じ部屋に入れられ、実験はすぐに始まった。内容は主に、薬物による治験。市販で売っていそうな錠剤を毎日、三錠飲むだけ。一見、簡単そうに見えた実験だが、すぐに問題は起きた。薬が持つ副作用だ。


 服用後、猛烈な眠気、頭痛が被験者三人を襲った。麻酔無しで頭を開けられたのかと錯覚する程の痛みが一日中続き、気絶しては、痛みでまた起きる。その繰り返し。気絶する以外に睡眠を取る方法は無かった。


 それでも死ぬことは無かった。どれだけ睡眠時間が短縮されようが、頭が割れそうな程の激痛が襲おうが、死ぬ事は無かった。


 慣れてしまったのだ。痛みも慣れてしまえばどうという事は無い。出血するわけでも、内臓が破裂する訳でもない。肉体が終わりを迎えることは無かった。


 それでも精神は違った。断崖絶壁に立たされ続けている様な、押さられればすぐに、崖下に突き落とされる様な状況に常に晒された三人の精神は徐々に歪みを生じていった。


 一年間に渡る薬物実験は、三人の被験者の肉体を、精神を大きく変えた。極限の精神状態は、三人からある感情を失わせた。


 倫理観だ。違法な人体実験は被験者の命を奪うような事にはならなかった。命の代わりに、心は著しく死に近づき、善悪を判断する普遍的な基準が、彼らの中で大きく捻じ曲がった。


 人を傷付ける事に躊躇いが無くなったと言ってもいい。人を傷付けてもいいのだと、国が人を傷付けているのに咎められない、誰にも気付かれなければ人を傷付けてもいいのだ、と三人の心の中から大事な何かが粉々に砕けた。


 迷いの消えた刃は、肉を切り、骨を断ち、心を砕いた。そして、千は血に塗れながら、骸を積み上げていった。


 精神の歪み、それが最も顕著に表れたのが千だ。まだ十二歳の少女の精神は簡単に壊れた。両親との修行によって擦り減らした精神。そこに追い打ちを掛ける様に、行われた人体実験。それだけならば、千の幼い精神は形を保てたかもしれない。


 だが、ある事実が千の心を完全に破壊した。研究所に千を入れる決断をしたのは、両親だった。その事実は遅効性の毒の様に千の心を蝕んでいき、最後には完全に壊してしまった。実験終了から数年間の記憶は千にとって、思い出したくもない辛い期間になった。


 薬物実験がもたらした代償は、もう一つ。


 実験後、三人の肉体には、それぞれ異なる変化が生じていた。精神面で最も分かり易く表れたのが千ならば、肉体面で最も分かり易く表れたのが《白》だ。


 彼女の虹彩は、白く変色した。真っ白な雪の様な瞳。変質したその瞳が、元の黒色に戻る事は無かった。それが《白》と呼ばれる事になった理由。


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