第六話
コーネリアは少し青ざめた顔を少しだけ安堵に緩ませて、しかし警戒で唇を引き締めている。見たところ外傷はないようだ。白いドレスも帽子さえも変わっていない。後ろ手に回した腕を縄で縛られている。
「動くんじゃない。剣を捨てろ!」
野盗は殺気立った声でもう一度言った。
剣を捨てて手を上げる。
「よくも仲間をやってくれたな」
「さきに手を出したのはお前たちだ」
「黙れェ!」
野盗がコーネリアに向けていたナイフを、俺に向ける。
これを待っていた。
コーネリアから充分にナイフが離れた瞬間、
「今だっ!」
腰に挟んでいた拳銃を抜いて撃つ! 発砲の閃光と銃声の轟音にコーネリアは悲鳴をあげる。
野盗は身をかがめて銃弾をかわした。よっしゃあああっ!!
「死ねッ!」
「死んでたまるか!」
拳銃を放り投げて太腿に巻いてあったダガーを抜いた。野盗のナイフと打ち合う。
拳一つ分の鍔迫り合い。
「トール様っ!」
「コーネリア、頼む……くっ!」
部屋の外に押し出されて廊下の壁に背を打ち付ける。
額を突き合わせる距離で、憎悪に燃える野盗の目が俺を見据える。
「俺の仲間を傷つけた報いは受けてもらう」
「こっちのセリフだ。あんな無邪気なご令嬢をさらってどうしようって?」
「やつは戦争商人だ!!」
野盗は怒鳴った。
「戦争で荒稼ぎするクズなんだ! クズなら、俺たちのために金になったって当然の報いだろう?!」
「たしかに、ただ戦争で荒稼ぎしているだけならクズだろうな」
ふんと鼻を鳴らす。
「だが――妬む前に、やるべきことがあったな!!」
互いに抱きあえるような距離でダガーの押し合い。
力任せに押したら勝てない。俺はむしろ横合いの力を込めて、野盗の肘関節に負担をかけていく。
「貧民はお前たちだけじゃない! お前たちだけが私腹を肥やすのは許されることではないよなぁ!!」
業を煮やした野盗がナイフを持たない片手で俺を殴りつけた。殴る瞬間の呼吸を突いて、ナイフを押し込んでダガーが野盗の肩に触れるまで押し込む。
野盗はようやく、なにかがおかしいことに気づいたらしい。だが、抜け出す手段が見えていなければ同じことだ。
いつでもどこでも筋力ステータス最大のパフォーマンスを発揮できるわけじゃない。
俺は持ち前の小器用さを磨いて、ただ一つの戦術を鍛え上げてきた。
相手が全力を出せない状況、姿勢、間合いを常に作って戦うこと。
「それに! コーネリアたちが戦争で大きく儲けてみえるのは、お前の視野が狭いからだ!」
身を反らすような体勢で俺と押し合いをする野盗の男に、教えてやる。
「コーネリアの商会が額面上の売り上げを伸ばしているのは――貧民や戦争難民を片っ端から雇って、デタラメに商会の規模を広げているからだぞ!!」
動く金は大きくなっているだろう。だが、そのための初期投資や運転資金が深刻に増大したために、コーネリアの商会は商魂たくましく発展するしか倒産しない術がない。
今彼女たちは大赤字にあえいでいる。
商談を任せないほど大事にしている一人娘を、信頼もない安い護衛をつけるだけで街の外へ出すほどに。
それであの活況だ。
商会のメンバー全員が志を一つにして、逆境に燃えて団結してるのだろう。
コーネリアはその流れの中にあって、戦争を止める願いを持って商人なりに立ち上がろうとしている。
「少なくとも、お前程度の浅い欲望に巻き込まれていい女性じゃない……!」
目が霞んだ。
指から力が抜ける。頭痛に視界が歪んだ。自分の姿勢が一瞬わからなくなる。
「くそ……!」
薬が切れた。
野盗は俺の異変を察したらしい。押し込まれて転ばされた。自分のダガーを捨てて野盗の手首をつかむ。押しとどめようとしても、じりじりと下ろされていく。
最悪だ。力比べに持ち込まれた。
「コーネリア!」
叫ぶ。
まだほかに残党がいないか調べ切れていないが、やむを得ない。
「縛ってるのはただの綱だ! 引きちぎれ!!!」
一瞬だけ息を呑む声。
はい! とハキハキしたコーネリアの返事が聞こえた。
困惑する野盗の目は、すぐ驚愕に見開かれる。
メリメリメリミチミチブチブチ……ィィ! と世にもおぞましい乾いた断裂音が連なっていく。
「な、なんの音だ……!?」
答えなどひとつしかないのに、信じることができないでいる。
馬鹿め。自分がなにを捕らえたのか、彼らは知らなかったのだ。
「コーネリアを同じ人間と思うなよ」
「馬鹿な……」
おののく野盗をよそに、もう一度叫ぶ。
「銃を拾って壁を撃て! 上のほうな!!」
はい! と上ずった返事がすぐにきた。
野盗の怪訝は一瞬。目と口をあんぐりと開けて慌てふためいた。
だが、逃げる暇はなかった。
銃声と同時に壁が粉砕されて吹き飛び、木材の破片が縦横無尽に飛び散っていく。あまりの衝撃波に野盗は俺の上からひっくり返った。
「ゲホ、ゴホッ! でかした!!」
「も、もう一発ですか!?」
「やめて! もう撃つな! 撃たないでくれ! まじで!!」
野盗の両腕を縛りながら制止する。怒鳴ったつもりだったが、悲鳴だったかもしれない。
しかし、当然だろう。
現象はステータスに左右される。それは世界の物理法則だ。
俺の筋力ステータスで拳銃を撃っても豆鉄砲にしかならないが。
ゴリラの筋力で撃てば、ただの拳銃でもちょっとした大砲なみの威力が出るのだ。
「初弾を避けてくれてありがとう」
野盗に声をかける。
怪我すら負えない貧弱な銃弾を受けられていたら、企みがバレていたかもしれない。