第五話
本当にあっさりと。
アジトにたどり着いた。古びたアパートメントの一階だ。
「住民はいないか」
建物の中に人の気配はあるが物音はしない。ひとまず動きはないようだ。魔紋を仕込んだバンテージを頭に巻いて、布の触れる激痛に歯を食いしばる。
あまり手入れされていない街路樹に背中を預けて深呼吸する。
俺にできることは少ない。ささやかな剣の腕といくつか治療用の魔法具があるだけだ。その剣も、俺の貧弱な腕では長く使っていられない。そういえば預りものの小包を持ったままだな。
「せめて敵の数と、あと狙いがわかればいいんだが」
周囲に目を巡らせる。メインストリートから逸れた石畳や白煉瓦の街並みは暗く寂れて、ゾッとするほどひと気がない。絶妙に経路として必要とされない立地のようだ。
ひと目がないことを確かめて、扉の脇に駆け寄る。
昼の野盗がそのまま追ってきたなら、六人組だ。野盗はあれで全員なのか? 執拗にコーネリアを狙う理由はなんだ?
扉に耳を近づけて耳を澄ませる。
(どう、長兄。相手は乗ってくるの)
(使いには報せた。すぐに迎えに来るそうだ。……それにしても追いつくのが遅いな。なにかあったのか)
ささやくような話し声を拾い上げられた。
コーネリアを捕えた迎えがすぐに来る? 誰かに依頼されたのか。
血錆のような頭痛に舌打ちをこらえる。応援を呼びに行きたいが、時間のロスが怖すぎる。
ここで決着をつけるしかない。
気付けの魔法薬を腕に打つ。視界がハッキリしてきた。
せいぜい十分しか持たない。それまでにすべて済まさなければならない。
(様子を見てくる)
待ちに待った宣言が聞こえた。
背の高い手足を活かして街路樹に登る。じっとこらえて待っていると、周囲を警戒しながら野盗の一人がふらふらと現れた。スカーフで顔を隠し、ロングマントで体を隠す姿はいかにも野盗だ。市街戦に慣れていないと見える。
人影を気にして注意散漫に歩いてくる野盗に、上から襲いかかって黙らせた。
絞め落とした野盗は拘束せず、引きずってアジトの前の道路に寝かせる。
「昼に見かけた人数通りなら、あと四人か」
マントを派手に打ち鳴らし、鞘に収まったままの剣で石畳を殴る。すぐに建物の陰に身を隠した。
物音を聞きつけた野党の仲間が、二人組で出てくる。
「おい大丈夫か!?」
道路の真ん中に倒れる仲間に泡を食って駆け寄っていった。
命令系統は徹底されているが、思ったよりも洗練されているわけではないらしい。鞘の先端を握って、剣の柄をハンマーのように振りかぶる。
仲間の容態を見ているところを背後からガツン。
「な、なんだ!? ガっ……!」
うろたえた隙にもう一人も殴り倒す。こめかみを強かに打って気絶させた。
「ちっ、叫ばれた。だが……あと二人なら、このまま押し切れるか?」
これは賭けだ。もし人数を見誤っていれば、ただコーネリアを危険にさらすだけになる。
だが、野盗に人さらいをそそのかすばかりか、専門外である街に踏み入る決断をさせるほどの「取引」。すぐに迎えに行く、という相手の伝言が空恐ろしい。
俺は腰巻に収めていた小包を開封しておく。
……預かりものも、人助けのために使うなら依頼人も大目に見てくれるだろう。
「よし、行くぞ」
剣を逆手に抜いてアジトに駆け込む。
出会い頭に廊下で男と組み合った。剣を握る拳と手、腕と腕をつかみあっての押し合いだ。
まともに押し合ったら負ける!
力をすかして崩したところを一気に押し込む。壁に叩きつけて剣を引いて斬る。浅い、まだ倒せなかった。
だがこの距離なら分がある。柔術の要領で足払い、よろけたところに追い打ちで顎を打ち上げた。失神させる。
「動くな!」
アジトの一室。
壁材の露出した部屋で、野盗のひとりがコーネリアにナイフを突きつけていた。