第四話
帰る道すがら、コーネリアが話してくれる。
「わたくしの話でしたわね。なにからお話いたしましょう?」
「馬車は父親のと言っていたな。商人として独り立ちしたいのか?」
「ええ。帳簿や納入など裏方ばかりでしたが、わたくしも表に立ってみたいです」
苦笑してしまった。
この器量よしを表に立てないのは良い判断だ。
父親として娘を守りたい親バカだけの話じゃない。店にくるのは客ばかりではないからだ。
「世界にはいろいろなものがあるでしょう? いいものも、わるいものも。商人は、人や物をつなぐのがお仕事です」
商材はひとりでに生まれてくるものではない。売りたい人と買いたい人のために「商品」を作る。それが商人の役目と言える。
「きっと、戦争だって」
急に物騒な単語が出て驚いた。
コーネリアは俺を見て微苦笑を見せる。
「戦争だって、欲しいものの取り合いでしょう? なら、もっと大人しい取引の仕方があるはずです」
大人しい国家間の取引。
外交、と呼ばれるものだ。それはもはや、商人に留まる話じゃない。
「直接関わるつもりはありません。ただ、わたくしにできることを探したいんです」
すこし恥ずかしそうに付け足してコーネリアは早足になる。照れたのかもしれない。
大したもんだな。
小さくも大きい背中を見て素直にそう思った。
「トール様は?」
問いを発してから、コーネリアは俺を振り返る。
「トール様はどうして今の生活を?」
「大した理由はないさ。強いて言えば、俺は見た目のせいで散々な目にあってきたから、同じ場所に留まりたくなかったのかもな」
コーネリアは俺を見ていなかった。
彼女の瞳が大きく見開かれて、ふっくらした唇が開く。銀鈴の声が。
「危ない!」
ガツッ! と固い重さが頭のなかを打ち潰した。
赤くくらむ視界の中。
黒衣に身を包んだ人々にコーネリアが囲まれる。言い争いはわずか。振り返り振り返り、彼女は背を押されて連れ去られていく。俺の傍らに立っていた野盗の一人が追って歩く。
お嬢様が道の角を折れた。充分に離れたところで、ひとり最後に残った野盗がとどめを刺そうとナイフを抜いて歩み寄ってくる。俺の横で構えたところで、つかんで倒す。スカーフに隠された顎を殴り飛ばした。
「クソ……くらくらする」
運がよかった。もう少しいい当たりの一撃をもらったら死ぬか、気絶していた。
応援を呼ぶべきか? いや、今彼女を見失ったら元も子もない。
油断したのか、あっさりノされてくれた野盗を見て舌打ちする。アジトを聞き出せばよかった。……口を割らなければ時間を浪費するだけか。
どうも昼に逃した野盗が、そのまま追ってきたらしい。あれほど統率の取れた集団だ。工夫なく仲間を売るような真似はするまい。
今ならまだ普通に追ったほうが確実だ。
「追え、俺……! 痛がってる場合じゃない……!」
頭蓋骨が割れ潰れているような気さえする。きつい頭痛に歯を食いしばり、フラフラする足を出して歩く。
少し歩いただけなのに息が切れていた。恐ろしく消耗する。
展望台から街角まで下りてくるだけでも大変だ。膝に手を突いて、見えた。
石畳がくぼんでいる。
屈みこんで割れた破片を触ってみると、断面が新しい。
「まさか」
背筋が凍った。
「……コーネリア、足を踏みしめて歩いているのか……!?」
コーネリアはハイヒールを履いていた。
ハイヒールのまま、御者として馬の世話や御者台を移動していた。おそらく普通のヒールよりはるかに頑丈に作られている。
もしヒールが折れないものであれば、彼女の筋力でヒールの尖端を打ちつければ……石畳くらい割れるだろう。
彼女は、足跡を残している。
「それなら!」
このコンディションで追跡をしかけるのは分の悪い勝負だったが……これほど大きな手掛かりが残されているなら、話は別だ。
頭痛に軋む体を押して足を急ぐ。