第二話
「わたくしは、コーネリアと申します」
ゴーリラ? あ、コーネリアか。
「俺はトールだ。よろしく」
馬車を御しているのはコーネリアご本人だ。意外にも達者な手綱さばきで馬を進ませている。
大して速くもない馬車の隣を歩いて周囲を警戒する。
とはいえ王国の前線地から離れに離れた内地だし、危ない話を聞かないからはるばるここまでやってきたのだ。そう何度も賊や魔獣を見かけたりしない。
「わたくしって、そんなに力が強いのでしょうか? たしかに、リンゴを握り潰す芸が子供のころから得意でしたけれど……」
「強いぞ。普通に生きている人間は素手でリンゴを握り潰せないからな?」
どうやら生まれつきステータスが高いらしい。
ちゃんと鍛えたら種族の限界まで届くかもしれない。
「トール様の筋力ステータスはいくつほどなのですか?」
「俺は……5だ」
「5?」
コーネリアがぱちくりと目をまたたかせて俺を見る。
バツの悪い思いを、顔を背けて耐えた。コーネリアのステータスを聞いた以上、俺が隠すのはフェアじゃない。
「それって、高いのですか?」
「低いよ。めちゃくちゃ低い」
そう。俺の筋力は異常に低い。
この長剣だって両手で持ってようやく、という重さなのだ。5なんて、それこそ深窓の令嬢ぐらいの筋力だろう。
一般的に、ステータスの高さと外見は似通っている。
筋肉の盛り上がってるやつは筋力が高いし、足がスラリと伸びるやつは敏捷が高い。
だが、たまに……ごく稀に、いる。
俺やコーネリアのように、見た目にそぐわないステータスを持ったやつが。
「トール様は、では筋力以外のステータスがお高くいらっしゃるのかしら。剣士をなさっているほどですものね」
「平均よりは高いが、程度問題だな。それと、見ず知らずの人にあまりステータスのことを話すなよ。あまり口にするものじゃない」
何ができて何ができないのか、ステータスを聞けば分かってしまう。赤裸々に話していいことじゃない。
女性のスリーサイズと同じだ、と聞いたことがある。
……俺はウッカリ女性のバストサイズをいきなり聞きつけてしまったことになるわけだ。
チラ、とコーネリアを見た。
おずおずと口もとに手を添えて困る彼女の身体は、ひどく主張が激しい。出るところが出すぎていて、引っ込むところが引っ込んでいる。
「まぁ……そうなのですね。失礼いたしました。ご気分を害してしまったかしら」
「い、いや。気にしないでくれ。嫌がる人もいるから気をつけろって話だ」
コーネリアと目が合って、思わず顔を背けてしまった。
それこそ彼女のスリーサイズを聞かされるほうが、並みの女性は嫌がりそうだ。
俺は周りを警戒しているだけとでも思ったのか、コーネリアは言葉を選びながらゆっくりと言う。
「ステータスのこと、あまり実感できないんです。そんなに変わるものですか?」
「……普通に生きていると、気にならない部分も多いかもしれないな」
コーネリアほどステータスが突出してるとそれでも気になるはずだが……見るからにお嬢様だから、力仕事の経験がないのかもしれない。
発揮することがなければステータスはただの数字だ。忘れるのもうなずける。
「コーネリア。木に小石を投げてみろ。全力で」
手近な石を拾って手渡した。
きょとんと俺を見るコーネリアに、自分でも拾ってある石を示し、お手本のように投げてみせる。
腕を引き、胸を張り、足を踏み出して勢いを乗せて、手首のスナップで全身のバネを石に乗せて――投擲。
シュッと飛んだ石が木の枝を打ってしならせた。
筋力5ではこれが限界だ。
「投げてみろ」
「は、はい」
コーネリアは御者台に座ったままのへっぴり腰で、手首を固くしたまま、腕で「えいっ」と石を投げた。
へたっぴだ。俺の半分も力が乗っているように見えない。
だが――
メギぃ! と直撃を食らった幹が弾けた。
「この違いがステータスだ」
筋力5の全力より、筋力16の不全のほうが力が強い。その単純な事実だ。
「まぁ……不思議。トール様のほうが強そうですのに」
「いや筋力=強さではないからな? そこだけは主張しておくぞ」
力比べしなくても戦う手段はいろいろある。でなければ向いてない剣士なんてやっていない。
不思議そうに首を傾げるコーネリアは、どうも興味がなさそうだけど。