表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/7

第一話

 ぎょっとした。

 森を切り拓いた交易路を歩いていると、騒音と馬の悲鳴が聞こえてきた。


「おいおい、嘘だろ……」


 カーブの先へ駆け込んで見れば、やはり。スカーフで顔を隠した六人ほどの野盗が馬車を包囲している。

 馬車では白いドレスに鍔広帽子(キャペリンハット)をかぶった線の細い女性が立ちすくんでいた。掘られた落とし穴に車輪を取られたようだ。


「おいやめろ、やめろ!」


 思わず叫んで、後悔した。野盗の一人が俺を見て目を見開く。


「でかいのが来たぞ」


 でかくて悪かったな……!

 もう逃げられない。馬車のお嬢様もキラキラした目で俺を見ている。野盗たちも、革鎧で要所を固めた剣士の姿に気色ばんでいた。

 忌々しい思いとともに担いでいた荷物を捨てて、剣を抜く。


「やっぱ戦争始まるとダメだな、どこも物騒だ!」


 剣を構えてにじり寄る俺を、野盗たちはそろって見上げている。そうだろう。俺は俺より大きい人間を今まで見たことがない。

 腕は野太く、肩は厚く、手のひらは大きい。両手で握る普通の長剣は柄が足りないほどだ。


「さぁ、来るのか! 来ないのか!」


 野盗は舌打ちした。

 互いに目配せを交わし、そうかと思った次の瞬間には風が引くように立ち去っていく。


「………………ほんとに逃げたのか?」


 俺はしばらく剣を構えて耳を澄まし、本当にいなくなったのかどうか念入りに確認した。影から覗う気配がない。どこにもいない。

 大きくため息をついて肩の力を抜く。


「ありがとう」

「うわァ!?」


 いきなり隣で声がした。

 見れば、上から下まで真っ白い上品な女性が、おっとりした顔に微笑をたたえて俺を見上げている。


「ありがとう、勇敢な剣士さん。おかげで助かりましたわ」

「あ、あぁ……いや、たまたまだ。戦いにならなくてよかった」


 心からそう思う。

 あの野盗たちは異様に統制が取れていた。おそらくステータスも鍛えているだろう。全員と同時に戦っていたら、勝てたかどうか。

 剣を鞘に収める。もう一度息をついた。

 剣を帯びるようになってだいぶ経つが、剣の重さにまだ慣れない。


「怪我はないか? ひとりか?」

「平気です。護衛を雇っていたのですが、見捨てられてしまいました」

「あぁ……運がなかったな」


 たまにいるのだ。護衛を「一緒に歩く」程度にしか考えていない輩が。

 捨てた荷物の土を払って、お嬢様の馬車を見上げる。

 一頭で()く小さな馬車だが、しっかりした作りで重そうだ。野盗から走って逃げていたところを嵌められたのに、壊れていない。

 馬も足や体を痛めた様子はなかった。足首も太くがっしりとして、いい馬だ。


「馬車は捨てていこう。馬に載せられるだけ荷物を移して、あとは諦めろ。近くの街まででよければ送っていく」

「まぁご親切に、ありがとうございます。ですが」女性は困り顔で馬車を振り返った。「馬車を置いていくのは困ります。お父様からの預かり物なので……」


 まあそうだろうな。

 馬車は頑丈に、そして設計を測って作るため金がかかる。喪失は避けたいはずだ。


「そうは言っても、車輪がしっかり嵌っちまってる。馬車を持ち上げでもしない限り、こいつを運ぶのは無理だ」


 言って、傾いた馬車の下端に手をかけた。渾身の力を込めて持ち上げる。

 ビクともしない。

 わかっていたことだ。

 はあっと息をついて、じんわり痛む手を振る。


「ほら、見ただろ。諦めなって」

「わたくしもやってみますね」


 女性はおっとりと馬車に歩み寄ると、見よう見まね、という手つきで馬車の下端をつかんだ。


「お、おいおい止めとけ。手を痛めるぞ」

「平気です。わたくし、よく分からないんですけど――」


 ふん、と女性が力を込めると。

 馬車が軋みを上げて持ち上がった。


「は?」


 俺の前にいるのは、紛れもなく今の女性だ。

 彼女のほっそりした腕が馬車をつかんで、白いドレスに馬車の泥が落ちて汚れる。

 彼女は馬車を担いだまま数歩動いて車輪を穴から外し、ゆっくりと馬車を下ろした。

 車軸が重たく悲鳴をあげて、馬車に押された馬が迷惑そうにいななく。


「は?」


 ふぅ、と上品に息をついた女性は優雅に振り向いて儚げに微笑んだ。


「わたくし、なんでも筋力のステータスがとても高いみたいですの」

「…………高いって」

「16ですわ」

「ゴリラじゃん」


 ローランドゴリラの筋力ステータスが14から20だ。人類という種の限界が18と言われている。


「ゴリラじゃん……」


 微笑んだまま小首を傾げる女性は、ゴリラ並みの筋力を持っていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ