008
熟考、というかまあ少し考えれば解ることだが私はこの世界で魔法を使ったことが無い。スキルの使用感がちょっと独特ではあったがそこまで変わりは無かったので、てっきり魔法も今までのように使えばいいと思っていたが、違うのか?
少し間をおいて罪禍を外した後、威力を出来るだけ小さくして何回か試した。おかげでポーションを全部使い切ってしまったが。
「黒瀬、暇か?」
「忙しいわけじゃないけど、どうしたの?」
「ポーションの補充、出来れば魔法についてのアドバイスが欲しい」
「もう使い切ったの? 分かった、持ってく。魔法についてはシルビアさんに訊いた方が早いと思うけど」
「咎人である私を匿ってくれているんだ、これ以上迷惑なんぞかけられるか」
「そういうの、好くないと思う」
「あ?」
「必要なら頼むだけでもするべきだよ」
「……必須ではないが、かなり有用な手札と成り得る。が、私の感情の方が優先されるな」
「今シルビアさんの屋敷に居るんでしょ? ちょっと届けるのは遅れるけど……」
黒瀬は一つの案を出した。かなり長ったるい・・・・・説明だったので要約してみる。
・僕はシルビアさんに魔法を習っていて、シルビア邸へ定期的に顔を出す。
・それは今日でもある。そして僕はポーションを君に今日届ける予定。
・君はシルビア邸に住んでいる。以上の事柄から考えて、シルビア邸で魔法を習う際にポーションを渡すべきだ。
・君は魔法について勉強する必要性を覚えている。
・シルビアさんは魔法のスペシャリスト(私としては若干疑わしいと思っているが、魔法に秀でた人物であることに疑いはない)であるから、私にも魔法を教えることは可能。
・僕より君の方がそれを必要としている
・結論。一緒に魔法を習うか、僕の時間を削ってシルビアさんに教えてもらう。
「いやー、黒瀬君。優しいのは結構なことで、そういうことを言ってくれるのは有難いが、一つ重要なことを忘れている」
「……何?」
朧側の反論
・それには時短だとかそういう西洋的合理化のような性急さが含まれていると感じる。
・具体的に言えば感情面などの問題である。
・当事者は三人。このうち黒瀬と私は無視して構わないが、シルビアがどう思うかが問題だ。
・シルビアには私に魔法を教えるメリット、義務、平たく言えば理由が無い。
・私とシルビアを結び付けているのは利害による一種の契約関係であり、それ以上ではない。
・黒瀬には魔法を教えているからというのは、シルビアが誰にでも魔法を教えるということを意味しない。
・断言こそ出来ないがエルフの扱いやすいプレイヤーだからと私は憶測する。
・というかこの魔法をシルビアに見せたくない。
「さっき自分の感情は無視していいと言ったくせに」
「いやぁ、ここは私の実益に係わるんでね。そう簡単に見せるものではない。油断し過ぎじゃないか? もっとも、平然と街に住む私が言えた義理ではないが。NPCは味方じゃないぞ? 当分は心配しなくてもいいだろうが、必ずしも友好的な態度をとってくれるとは限らない。頭の片隅くらいには入れとけ」
「どうしてそんなに懐疑的なの……」
「きな臭いからな、色々と」
結局シルビアに頼むこととなった。但しそれは契約の範囲内でということ、無理なら諦める。
「習いたいなら教えると言いませんでしたか?」
「……確かにそんなようなことを聞いた覚えがある」
「最初から頼めばよかったのに」
「それで、その魔法とは?」
「罪の炎、罪科の先にあるものだ。体力を削って使うことが出来る」
「…………古代魔法ですか。魔法使いの間でもあまり広くは知られてはいませんが、古代魔法という特殊な分類が存在します。定義としては文献の少なさも手伝って曖昧な部分が多いですが、よく言われるのが、現代の魔法――つまりそれに当てはまらない現代の魔法である近代魔法とは異なる形式であるということです。朧さんは魔力以外の力を利用していることから、古代魔法と考えるべきだと思います」
「具体的に何処が違う?」
「異なる形式ですから、異なる方法を用いて使われるということです。朧さん曰くそのいのちを燃やしている、とすればそれを魔力に置き換えるのが一番楽な方法ではないでしょうか」
「荒っぽいがそれでいいような気がする。参考になった」
「試しに使ってみてください、それが授業料です」
「…………了解した。”罪火”」
私の身体を薪として火が熾る。それは罪火だ。丁寧に、ゆっくりと。それでも勢いは加速度的に増してゆく。故に一点に収束させる。身体全体から燃え上がる火を、先の助言に従って魔力を運用するかのようにいのちを使い、操り、右の掌に収めた。
「大分やりづらいとは思いますが、その火を身から離す方法について教えます。おそらくその魔法は、いのち単体ではなく外気に含まれる魔力を使った魔力反応を使っているのでしょう、よってその反応を身から離せばいいわけです。外気については溢れているので関係ありません、いのちの補給を止めれば勢いは自然と減衰し、切れば身体から切り離せます」
「切る………………こういうことか」
私は掌に収まった火を思いっきり投げた。すると火は飛んで行った。
「それも一つの手段ではありますが、推奨はしません」
「成程」
「成程じゃなくてさ、もっと別の手段……」
「じゃあやってみろよ」
「”ウォーターボール”」
黒瀬は水球を出現させ、少し手を振ると、全方面へ水球が拡散して水しぶきとなった。
「成程」
「・・・・」
「ノワール、見事です。今日の授業はやらなくてもいいでしょう。朧さんは残ってください」
「何を?」
「検証が必要かと。通常とは異なる力で作られた炎ですから、通常とは異なる炎であることは間違いないと思います」
「それを授業料にしてくれ」
こうして私は罪火の性能を殆どシルビアに知られてしまった。ここまでくると、シルビアは切れないか。関係を保っていくしかない。罪火はじわじわと燃えていくタイプの火だった。水を掛けられてもそう簡単には消えない。使える速度は遅めだから、気軽に使うのは難しいと思われる。
総括するとこんな感じ。
罪火 必要(魔力)体力コスト D 速度 D 威力 C 持続性 B
一言 開幕ぶっぱ+設置罠として一定の性能。
「で、どうなったの?」
「順調に封印だ、射出速度が遅すぎるんだよ。もっとも、活かす手がないわけでもないが……」
魔法系統のスキルは一切取っていない。一応召喚士というのは魔法職ではあるが、その要である召喚獣の月夜見があまり役に立っていないから、素直に剣士になっておけばよかったかなとも思う。しかし全ては終わった事、何が間違いだったかなんてそう簡単には判らないものだ。
「それでポーションだが……」
「そのついでに一つ頼み事があるんだ」
黒瀬のお願いとは、戦闘訓練だった。即ち稽古をつけてくれということ。
「普段ポーションの材料となる薬草を近くの森に行って採取しているのだけれど、もう少し品質のいい薬草が欲しくなって。そのためには森の奥に進まなければならない。手っ取り早く言えば力が欲しい」
「最初からその一言で十分さ。このナイフ一本で相手してやるよ――っと」
ナイフを出して、空中に放り投げ何回転かさせて掴む。そうして視線を集めた後、躊躇なくナイフを黒瀬へと放り投げると同時に走り出した。。予想外に黒瀬の動きが少し、停まる。
「”ウインドカッター”」
風の刃が私目掛けて放たれる。瞬間、威力が低そうだと判断し、腕で受けながらそのまま接近。そのまま喉に手を伸ばして掴み、押し倒してチェックメイト。
「これに、対応できるようになれよ」
「それは無理」
「んじゃ今度こそ短刀一本で。かかってこい」
「”ダブルウインドカッター”」
二つ以上使えるのか。黒瀬の両手に風刃が滞空し、腕が降られると同時に私へと飛んで行った。右に移動、片方を避けて片方を切る。
「”トリプルウォーターボール”」
少し速度は遅くなったが三つ。黒瀬に近づくというのはなしにして、捌く。まず一つ目を跳躍で回避、続く二つ目をステップ、三つ目をステップアンドジャンプで回避。その流れのまま鷹の目でロックオンしながら短刀を投擲、黒瀬に掠らせる。それだけでは大したダメージではないが、短刀には罪火を纏わせていた。服に燃え移る。黒瀬はウォーターボールでどうにか消火した。
「それが罪火の使い方?」
「持続性があるという点で考え付いた。一応注意しておくとさっきのナイフでやったら耐久度が全損して熔ける。壊れなくとも使っている間は耐久度を容赦なく削っていくから、耐久度無限でもない限り使えん。弱い初期武器へのパフだな」
随分変則的な使い方だが、致し方が無い。使い捨てる覚悟なら使えるが、そこまでの価値は無いというのが現状。ギリギリ安価な投擲用ナイフなら、許せなくもないが。…………武器破壊に使えるか? 悪くないアイデアだと思うが、使う状況が思い浮かばない。積極的にやるなら片手剣の方が適しているだろうが、対人戦では短刀の方をよく使うだろうし、そんなまどろっこしいことをやるなら鍔迫り合いなんぞ止めて頭突きした方がましだ。
「それで、自らの非力さくらい弁えていると思うがパーティか? そのくらいの伝手は作っているよな」
「一応、令息だから。最近景気もいいし」
「悪かったな」
「そっちに伝手はある?」
「パーティを組んでくれそうな奴は一人も知らん」
「それは……」
「リスクが増える。それは今絶対的に必要という訳ではない」
「あとで後悔すると思うけどな」
「今後悔するより後で後悔したほうが今気持ちがいいんだよ」
「暴論だね……まあ、僕も責任が取れるわけじゃないし。もう少し落ち着いてからでいいね」
「…………ああ」
黒瀬はあんなでも、というよりあんななのは黒瀬グループの令息だからだ。本来なら私程度の身分が会う、ましてや文句を言うのはありえないのだが、こんなだからな。捨三さんは血を重視していないから会社を継ぐということはありえない。適当に教育だけされて、放置されている。一応可愛がられているから、私が教育……もとい友人として接しているわけだが。純粋培養された善意、とは言い過ぎにしても…………世の中の辛苦を嘗めたことのない孫に理不尽として、駄目人間として立ちふさがっている。私と違って、いいやつだよ。
黒瀬のほうは無難に友人らを作って適時パーティを組んでいる。私は独りだ、咎人発覚のリスクを冒せない。今は大した問題ではない、しかし後に響く。特に、パーティを組むことが前提のイベント。であるならば、今のうちに多少のリスクを覚悟でも信頼できる仲間を見つけておいたほうがいいのではないか。
そんな理想を嗤う。
「よし」
中級をクリア。残るは上級と、超上級。風の便りでは上級はクリアされたらしい。だが未だ超上級をクリアしたプレイヤーはいない。イベントは残り数日、時間をかければ上級はクリアできるかもしれない。だが超上級は無理だ。明らかに、罪火を足したところで届かない。レベルは連戦で戻した。残りを、埋めなくては。
このままクリア出来ないだなんて恥だ。
「捕まられたら、戻ってくるよ」
「見せてくださいね」
あまりシルビア邸に長居は出来ない、そんな甘えは許されないからだ。目標は金烏、超上級クリアのためには絶対に必要な手札の一つ。捕まえられなかったらイベントは別のアプローチで行くか、最悪諦めるかだ。
「月夜見」
夜の平原に罪火を照らしながら、金烏探索。何日掛かるは分からないが、きっと見つかる。そんなような気がする。直感なんぞ当てにしたって仕方がないけれど。
「さてさて」
既に黒瀬へ頼んで剣と服を隣街まで回収してきてもらっている。それが絶対に必要な装備だったからだ。上手くいくかどうかは分からないが、一つのアイデアが自分の中にある。それは剣を受け取ってから思いついたことだ。
闇夜に潜む蒼一人。静かに鳥を探してる、青い鳥ではないけれど。確かに此処に居る筈だと、思っている。そう感じている。やがて、
――――――光が聴こえた・・・・。
「月夜見っ!!」
月夜見は玉兎である。持ち味はその素早さ、次々と放射される光線を走って躱していく。私も奔る。全速力で駆け行く月夜見とすれ違う。私に光線が飛ぶ。しっかり目視出来るほど太く、平原の表面が焼け焦げるほどに強い。まともに喰らったら即お陀仏だろう。ならば避けるが常道、どうやって? 剣を、掲げる。光が剣――結晶が散りばめられた剣によって屈折し、逸れる。
「よしいくぞ」
即座に剣を放棄、月夜見が私の下に戻って来る。月夜見を抱え、ステップからの跳躍で到達できる最高高度まで向かい、月夜見をブン投げた。兎はそのまま飛び蹴りへ移行、月夜見の持ちスキル全部合わせた一撃。更に、私が罪火で燃やした。燃えながらも高揚で意に介せず空へ舞う姿は、美しい。
両者燃えつつ落ちる、その途中で月夜見の体力が全損し強制帰還。一方金烏は素直に落ちてくれず、私に罪火を纏わせたナイフによる投擲で牽制を加えられつつも、体勢を整えかける。勿論それを許す訳がない。
「堕ちろ」
再び跳躍、金烏の所まで跳び罪火を纏わせた剣を突き刺して落とす。喚く金烏。全方向に光を放った。剣で散らせない、目を瞑りながら罪火の熱を感じて前へ。動きを読んで嘴の動き、最後の足掻きをステップで回避しつつ頭まで近づき。眼を見開いた。朧は金烏と一瞬の間見つめ合う。
「従え」
喉を掻っ切る。
『レベルが上昇しました』
『レベルが上昇しました』
『レベルが上昇しました』
『金烏を調教しました』
『称号・金烏の主を取得しました』
朧LV15 咎人 スキル【A12I6短刀10】【K8疾走8跳躍8】【召喚8調教9】【鷹の目9T9掴み9】【直感7博徒6】【罪火6罪禍3】【大物食い4】【片手剣10】【S8】
控え 【二刀流6】【歩行4】
月夜見LV9 玉兎 【蹴り10】【跳躍9】【回避8】【奇襲9】【幸運7】【高揚5】【察知6】【疾走3】
金烏(名前を入力してください)LV1 金烏 スキル【偏光10】【放射10】【自動回復5】【飛行5】
「あら、戻ってきましたか」
「ま、有言実行さ」
「頼もしいですねでは見せてください」
「約束した覚えはないが……断る理由もない。火明!」
金烏が召喚される。自分は火明と名付けた、最初天照にしようかとも多かったが、流石に恐れ多かった。でもこれこそが真の傲慢なのかもしれない。
「少し、弱弱しいですね」
「まあね…………本来の強さにはちと劣る」
月夜見のときと同じようにさせてデータを取らせる傍らで、超上級のことを考える。ここから火明を鍛え、実用レベルまで持っていき、超上級で使うのにどれだけ掛かるか…………。
『火明のレベルが上昇しました』
『火明のレベルが上昇しました』
「足りんな」
初級でレベルを上げさせ、その後中級上級とステップアップさせる。火明は中々に使えたが光線を撃てなくなってからの使えなさが泣けた。レベルアップさせることでガス欠は遠のくが、無縁ではないので滑空と突撃を習得させた。突撃すると体力を消耗するが、自動回復とのセットで丁度いい塩梅になる。しかしそれにしても攻撃力が足りない。魔法には自動回復もあって強めだが、物理には弱いな。そういう分析をしながら、鍛え上げる。
「いいか、お前は弱い。私に負けたんだ。そんでもって、更に弱くなった。だから強くなれ。お前の先輩も居るんだ。お前の持ち味は何だ? 光線を撃てることだ、それ以外ない。出来るだけ高度を取って、上からぶちかましてやれ」
『再召喚可能まで00:00』
「連携だ! 空と地上だからそう露骨な失敗は起こらないだろうが、火明の光線に間違って当たるようじゃ目も当てられない。持ち場の確認とローテのやり方だ、ほら動け」
召喚獣が二匹に増えると、最近ようやく余るようになった魔力がまたカツカツになる。二匹だから、時と場合によって使い分けということになるだろう。特に火明の方は昼に。夜は弱体化している。
『月夜見のレベルが上昇しました』
『玉兎LV10到達により【月光】を習得します』
「……は?」
何だかよく分からんが月夜見の方も夜っぽいスキルを習得したので、今後は昼に火明で夜に月夜見という形になるだろうと思う。
まあ今回は二匹使うが。それだけやらないと勝てない。
『超上級に転移します』
「さあて」
迎えたイベント最終日。実は最上級が既にクリアされたらしい。それは残念だが、私も後に続こう。願わくば二番手であらんことを。クリアが出来るというのは証明されたんだ、やれる。
「罪火」
と同時にポーションを服用。平原をどんどん燃やして少しでも戦いづらくする。私と月夜見、火明で分担しながら敵を、主にゴブリンを殺していく。今回のイベントはゴブリンの大量発生だった。多分中には強盗ゴブリンなどが雑ざっている。火明には序盤光線を温存するよう指示を出したので、どうしても攻撃力不足になりそちらの方では敵の増大を許していた。月夜見は割とよくやっている、奇襲が様になっていた。が、そろそろキツイか。
「火明!」
遂に火明を撃たせた。それで空いたラインを私と月夜見が疾走して火明まで向かう。それでも一度罪火を使って体勢を立て直しつつ、火明を後方支援まで下げる。ある程度削ったんで、ここからは火明を私と月夜見で護りつつ戦う形に変更。上級までは一定数湧いて終了だった。全滅させるまで粘る。
「月夜見!」
ここで月夜見に高揚を指示。踏ん張りどころだ。誰かが投擲した手斧を私が蹴り落とす。やっぱりそんな空から一方的に撃って終了だなんてイージーウィンは許されないということか。
高揚の効果が切れた月夜見を見捨て、ガス欠となった火明を突撃させて散らせる。
「ふぅ……」
もうナイフは使い切った、投擲は出来ない。故に変則二刀流、片手剣二本だ。長時間の戦闘でかなり疲労が溜まっていることもあって、ステップに頼り切っている。本当はあまり好ましくないが。足下を掬われないようにステップ、からのジャンプ。縦回転も鷹の目でやろうと思えば出来る。明確なボスが出てこないのは楽で良かった。指揮官が居たら始末しない限り絶対にクリアできなかったに違いない。疾走しながら距離を取り、数匹相手なら負ける余地が無い。
そんな具合にチマチマ残りを削り、倒しきって全滅を勝ち取り、超上級のクリアを達成した。