007
漸く梅雨を抜けたことに安堵するが、さあ出番だとばかりに照り付ける太陽。なんともはや厳しいが、自分は未だに日本の四季を死期と読んだ人間を知らないので、一先ずは鬱蒼とした梅雨が去ったことを喜んでおく。
防ぎきれない、カーテンから盛大に漏れる日差しを一身に浴びる。普段家に籠りがちなこともあって、私の肌は白い。病的なほどではないが、その、何も刻まれていない肌を見て少し物悲しく思う。お天道様の光を一日中浴びていたら、ありふれている光なんて煩わしいとしか思わないだろう。虚弱だとか、病気ではないというのに、私は家に籠り切り。
しかし、仕方がないことであった。彼方で運動している、というのは詭弁でしかないにしても、そちらに掛かりきりになればこちらが疎かになるのは必然。勿論こっちでの生活を放棄だとかそういうことはありえないが、私の生活の比重があそこに偏っているのは間違えようのない事実だった。
「ああ、行くよ」
「迎えを遣したから」
「迎えられる方の気持ちも一度くらい考えてみろよ」
ゲーマーだから、という理由以前に、もう一つある。VR技術のテストプレイヤー、私の仕事だ。プロゲーマーとはちと違う、どちらかと言えば治験対象者。黒瀬と付き合っているのも、そういう理由が少なからず。もっとも、もっとズブズブな関係なのだが。
出迎えの黒長車に乗って、会社まで向かう。
「和辻さんですね、どうぞ。捨三様がお待ちです」
「ああ、もう待っているのか」
黒瀬捨三、黒瀬家を繁栄させた豪傑。今は経営から退いたが、VR技術に関してかなり出資等をしている。こんな私が雇われているのも、この人がいるからだ。恩人でもある。
「誉、よく来たな」
「毎回ちゃんと来ているつもりですが。今日も、ですか?」
「老後の楽しみだ。ちゃんと、長時間付き合ってくれるのはお前しかいない」
「どういう形であれ、お役に立てるなら光栄です」
「同調」
作り出された真っ白な空間。私と捨三さんが、そこに立っている。捨三さんは年を食って、身体も老いている。このVR空間なら間違ってもぎっくり腰になったりはしない、若い身体を操ることも出来る。但しそれには高いVR適性が必要だ。老人である捨三さんのVR適性は低い。かなり低いので、アバターを弄らなくても違和感があるはずだ。それでも、私は圧倒される。
「さあこい」
「お願いします」
一歩足を踏み出す、この空間にスキルも何も存在しない。試されるのは技量。拙いながらも、胸を張って大きく。
「ぃええあああっっ!!!」
声を挙げて。威圧せよ、鼓舞するんだ、叫べ。振り下ろす、命懸けろ! これは死合いだ。簡単に流されて抑えられ武器を奪われ喉を突かれる。
「ああアアぁ」
試されるのはもう一つ、精神。
「ああああああああっ!!」
刺されたって死にやしない、このVR空間では傷つかない。殺し殺されたとしてもこれっぽっちも、影響しない。だから怯むのは私の弱さなんだ。技術とかどうでもいいから噛みついて。
「そう、そう」
ああ、そうだ私は知っている。血潮は流れない、骨は砕けない。壊れていくのは精神だけ、魂の削りあい。この世界で何か捨三さんに勝てるとしたらそれはVR適性、私は私でなくなることが出来る。もっと冷酷に、感情という感情を爆発させながら殺せ。殺意を練り上げて純粋なる悪意へと昇華せよ。
「ああ、終わった」
蓄積した疲労で、立っていられない。
「大丈夫ですか?」
「ああ、悪いが、ちょっと、地面で寝かせてくれ」
「……運びますよ?」
今の戦闘のデータを記録していた職員が人を呼んできて私を運んでソファに載せた。それでいよいよ気を抜いて、一気に微睡む。勿論そのまま寝てしまって、家まで搬送されてしまった。
「髪、ぼさぼさだよ」
「いつものことだろう」
「いや、それはそうなのかもしれないけど特に」
「いいだろう、そんなことは。わたしゃ眠いんだ」
「ねぇ……」
「何だ?」
「本当に大丈夫なの?」
「何がだ」
「いや、その爺さんとのアレ」
「仮に大丈夫じゃないにしても、文句は言えんよ」
「けど……」
「こちとら命失っても文句一つ言わないと契約してんだ、お前が口挟めることじゃねえ」
「……わかった」
「それでいい。さ、授業だ! 気合い入れて寝よう」
「筋金入りだ」
ログイン。
「ん?」
『イベントのお知らせ』
『幾つかの街に転移ポータルを設置したので、そこからイベントエリアに移動できます』
エルフの街は東西の文化が共存していたように、その次の街では東西の交易、中継都市だとか交易都市、そういう風な街だった。我々プレイヤーはアイテムボックスやらインベントリやらよく分からん不思議ポーチを持っているが、それで持ち運べるのは少量だから経済を揺るがすようなことはない。
そして交易というのは即ち様々な場所とのやり取りでありつまりは多文化共生社会が自然に出来上がる。というよりは、多種族が正しいか? 人は勿論、前言っていたように竜人、魚人に鳥人、エルフもちらほら。軽く視回って、住み分けに気付いてしまったのは残念だった。所詮サラダボウル。
「これは?」
「ソイ」
「ソイ……ソース?」
「ノットソイソース、ソイ」
「あー……イエス」
醤油、というよりは魚醤らしきものがあったので買った。プレイヤーは食べなくても生きていられるが、やはり生きている限りは食べたいと思うのが常道だろう。病人だってそうだ。差し当たっては…………私が料理できない、刺身を酢で食べることにならない程度。
所詮嗜好品を脱せないから料理に関しての問題は後回しでいい、後々のことを考えるなら召喚獣に料理人でもと考えた辺りで馬鹿馬鹿しくなる。食べなくていいなら食べなくても宜しい。
そんな風にぶらついて、見つける転移ポータル。
『転移先を決定してください』
『初級推奨レベル1~5』
『中級推奨レベル5~10』
『上級推奨レベル10~15』
『超上級推奨レベル15~20』
『超上級に転移します』
こんな風に出されたら超上級をつい、反射的に選んでしまったが、私のレベルは幾つだったか。
朧LV13 咎人 スキル【暗殺12】【大物食い2】【片手剣9】【蹴り8】【疾走6】【召喚5】【ステップ6】【投擲7】【調教6】【跳躍7】【鷹の目6】【短刀9】【直感4】【掴み8】【博徒5】【二刀流6】【歩行4】
控え 【隠密5】
『咎人レベル12達成によりスキルを選択できます』
『条件の達成によりスキルがアンロックされました』
罪科を選択して習得。
『称号・罪を背負う者を取得しました』
「さて」
目の前には殺風景な大地が広がっている。イベント内容は確か、ゴブリンの大量発生。次々、ゴブリンがポップする。眼には殺意が燃えていた。
「月夜見!」
先手必勝。こういう輩に、調子づかせると不味いことになる。このポップをどれだけ捌ききれるか、それが問題だ。ズダンダダダンとゴブリンの足音が聞こえる。
「あんなの捌ききれるか!」
早々にギブアップする。とても、倒しきれない。その後上級にも挑んだがそれでも辛かった。多少粘ったがギブアップした、軽い気持ちで挑めるようなものじゃない。攻略するには、最低でも何回か死ぬ必要がある。そして手が足りない。試しに適当なゴブリンを召喚獣に仕立て上げようとしたのだが、全て失敗した。感触からして、そういう仕様らしい。だからといって、あれに対抗できるような魔物を他で探して契約するのも難しい。
「……しかし」
さっきは無視したが、【罪科】とは? 条件の達成という言葉が気に掛かる。それと……咎人という種族を選択した時から疑っていたカルマ値の存在。罪科として、蓄積されるのか? 意味として考えられるのは、悪しき行いもしくは処罰。処罰とは考えづらいので、法律や道徳に背く行いということだろう。差し当たって思うことは、罪科を重ねるとどうなるのだろうかということだ。これが運営の単なる悪意ならば、取るだけ損のスキル、そういう風に考えることも出来る。しかし任意習得だ。満たした条件はおそらく、PKを十余名かばかり殺したことだろう。これを何人のプレイヤーが成し遂げる?
そして、悩んだ結果、罪を犯してみればその辺はっきりするのではと思い立った。しかしこの前大量殺人を行ったばかりである。捨三さんとの死合いに、殺意に塗れたゴブリンとの戦闘。私は少し疲れていた。
「このあたりでいいか」
人魚から貰った剣、衣装など失くしたくないものを適当な個所に隠し、私は自殺した。
『ポータルを決定してください』
『復活まで00:00』
『復活します』
「――ああ」
少しばかりの不快感を味わい、シルビア宅に復活する。そこには、偶々だろうがシルビアが目の前にいる。
「どうかしました?」
「少し借りさせてくれ。検証がしたい、幾つか訊きたいこともあるんだ」
「対価を」
「プレイヤーや咎人についての謎、気にならないか? 鑑定すれば解ると思う」
「……罪科ですか?」
「暫くここで死に続けたいんだ」
「確かに、興味深い事柄ですね」
「まあ…………いざという時のために、プレイヤーの殺し方を知ってるのはいいことだろう」
「誇りはないのですか」
「私はエルフじゃないんだよ。それに、人間の尊厳はこんなことで失われなどしない」
朧LV13 咎人 スキル 【罪科2】
控え【暗殺12】【大物食い2】【隠密5】【片手剣9】【蹴り8】【疾走7】【召喚5】【ステップ6】【投擲7】【調教6】【跳躍7】【鷹の目6】【短刀9】【直感5】【掴み8】【博徒6】【二刀流6】【歩行4】
「さてさて」
死亡するとまずデスペナルティとして経験値の減少(場合によってはレベルダウンも発生する)、所持金とアイテムが一部ばら撒かれポータルへの転移、そして一定時間(はっきりとした数値は無いが)ステータス、獲得可能な経験値が減少して僅かな時間を挟み、復活。それだけだ。
【罪科5】
「しかし、自殺することで罪科が溜まっていくというのは、観ていて不思議なものですね」
「まあ、自殺することは罪深いと昔から教えられてきたからな」
「確かに、罪深いですね」
「しかし、自殺は罪じゃないんだ」
【罪科9】
「……というと?」
「傲慢だよ、きっと。『どうして自殺してはいけないのか』とか『世界にはこんなに苦しんでいる人がいるのに』とか『神の云々かんぬん』といった全てが。彼らは哲学が何故これほどまでに愛されるかをこれっぽちも知らないんだよ」
「何故ですか?」
「哲学ってのは、自殺するかしないかを考える学問って言っても過言ではないから。要するに、未だはっきりとした答えは出ていない。今まで出て来たどれかを正解としない限りは。それなのにさも自分だけが正しいと他の人間の見解を認めないのは、愚かさか」
「しかしそれも一面的な見方では?」
【罪科13】
「勿論。私は自らが賢人か愚人かを問われたら間違いなく愚人だと答えるよ。何せ、生きるのには狡賢いくらいが丁度いいと考えているくらいだ。時に悪行さえ推奨する。それが生きるということだ」
「それが、愚人の答えですか」
「気まぐれだから何時正反対のことを言うか分からんよ。結局のところ、自殺は罪ではなく、自殺することが罪であり、自殺する存在こそが悪となり、その責任は世界へと行きつく。と、したところで死者も世界も何も語らない。語れない。解り切ってるのは、生きてみないと自殺が悪なのかは判らん」
「そんなことに意味などあるのでしょうか?」
【罪科17】
「無いと思う。だがしかし私達は、少なくとも私は、人生を意味のあるなしで生きている訳じゃない。何をしようが無意味で、だからこそ安心して生きていられるんだ。意味があるとしたらなんだ? 神の国へ逝くことじゃあるまいし。生き急ぐ必要など何処にも無いんだ。それでも精一杯生きて、その結末が自殺だとしたら、私は咎めんよ」
「悪人らしいですね」
【罪科20】
「自殺するのにそれっぽい理由をでっちあげるのは、正義を声高く主張するのと変わらないのではと思う。死にたいから死ぬのはわかるが、正義したいだなんて聞いたことがない。正しくありたいの間違いじゃないか。悪人にだって正義くらいあるだろう」
「そんなものを貫いたところで、何も……」
「人それぞれ、生き方の美学さ」
「少し、死に過ぎたからレベル上げを手伝ってくれないか」
「え?」
「鑑定して見れば解る」
此処はエルフの街だ。確か生産方面に進むことにした黒瀬はこの街に留まっている。というか、特に移動する理由が無い。それこそ開拓者か暇人でもなければ。忙しくはないだろと思い、再会も兼ねて呼び出した。
朧LV1 咎人 スキル 【◆】
控え【◆】【大物食い2】【◆】【片手剣9】【蹴り8】【疾走7】【召喚5】【ステップ6】【投擲7】【調教6】
「というのが結果だけど」
「黒瀬、レベルは幾つだ?」
「10」
「合致している」
「ああ……。どういう経緯でレベル1になったの?」
「自殺して」
「なんで……まあいいや、レベル上げを手伝えばいいの?」
「まあ、手伝ってくれると有難いが…………ポーションをくれ、勿論金は払う。色を付けてもいい」
「そっちか」
「短期間のレベリングはアイテムを使った方が効率的だからな、あるだけ買わせてもらう」
私にゃ月夜見が居る。レベル一の魔力じゃそう長い間は出せないが、それをマジックポーションの服用で補うつもりだ。幸せなことにイベントはレベル一のプレイヤーでも参加できるよう配慮されている。
『初級に転移します』
月夜見は怒った、主が弱くなったのだ。兎はその理由を知っている。検証のために月夜見を召喚したまま主が死んだのだ。月夜見は笑いながら死んでいく主の姿をじっと見ていることしか出来なかった。訳の分からぬまま主に飛びかかった。一瞬で封殺された。
「お前の動きを一体何回見たと思ってる。黙って従え」
それで、主は主であることを再確認するのだった。どうせまたすぐに強くなるだろう。
『レベルが上昇しました』『レベルが上昇しました』『レベルが上昇しました』・・・
【罪科24】
『レベルが下降しました』『レベルが下降しました』『レベルが下降しました』。。。
【罪科27】
『レベルが上昇しました』『レベルが下降しました』『月夜見のレベルが上昇しました』(8、9)
月夜見は何時になく主の役に立ったが、喜びは感じなかった。主を強くして還り、また召喚されたとき主はまた弱くなっていて業だけが深まっていたから。
【罪科30】
『罪科のレベルが上限に達しました』
『派生します』
『【罪火】を習得します』
『【罪禍】を習得します』
「ん…………」
30カンスト、ざいかを派生させたらざいか二つってのは洒落か。注目は罪火だろう。これって魔法系スキルじゃないか? 随分と変則的に取得してしまったが。
しかしである。
朧LV4 咎人 スキル
控え【暗殺12】【大物食い2】【隠密6】【片手剣9】【蹴り8】【疾走8】【召喚7】【ステップ7】【投擲8】【調教8】【跳躍7】【鷹の目7】【短刀10】【直感5】【掴み8】【博徒6】【二刀流6】【歩行4】【罪火1】【罪禍1】
「多い」
控えにして使うスキルの数は整理できる。だが、毎回入れ替えるのは面倒で数が多い。どうにか出来ないかと考え、纏め機能を発見する。最初からこれを使えばよかった。
控え 【暗殺12隠密6短刀10】【蹴り8疾走8跳躍7】【召喚7調教8】【鷹の目7投擲8掴み8】【直感5博徒6】【罪火1罪禍1】【大物食い2】【片手剣9】【ステップ7】【二刀流6】【歩行4】
「いやいや」
控え 【A12I6短刀10】【K8疾走8跳躍7】【召喚7調教8】【鷹の目7T8掴み8】【直感5博徒6】【罪火1罪禍1】【大物食い2】【片手剣9】【S7】【二刀流6】【歩行4】
「こんなものか」
なるだけ縮めてみた、多少無理矢理ではあるが。
少し疲れたので一休みした後、また転移ポータルで初級に飛ぶ。初級をクリアして思ったのが、レベル5あってもクリアするのはキツイということ。かなり容赦なく湧くから安全にクリアするなら7か8は欲しい。私にはこれが運営の悪意なのか、それとも本気でそう思ってるのか判断できない。
確かにパターンを覚え、スキルレベルを上げればレベル一でもクリアは不可能ではなかった。親切なことに撤退は簡単に出来るからそれがやりやすい、死に戻りなしで何回も挑戦できるからそれを推奨しているのだろうか?
今度は中級に飛ぶ、どうでもいいがこれで全部に挑戦したな。では試してみるか。
「罪火」
私の身体から火が起こり、熾り、まるでそれを使ったか報いのような、代償を払うように、私を焼く。焦がす。燃やし尽くす。それは浄化だろうか?
「ふぅー…………」
私は落ち着いて大地をコロコロ転がって消火活動を行ったが消えない、仕方がないので息苦しいのを無視して一応買っておいたポーションをがぶ飲み、身体にぶっ掛け、体力を無理矢理回復して凌いだ。言うまでもないがとっくに退却している。
「暫く封印だな」
【罪科】道徳、宗教などの掟に背いた罪。
【罪火】特殊魔法スキルの一種。そう簡単に消えず、身を削ることにより熾る。
【罪禍】道徳に背いた行い、に補正が掛かる。(具体的に言えば規模増大)